ランゲンブルグ公爵とその娘
ランゲンブルグ公爵はハウトゥ大国の国内でも三指に入るほどの名家の一つで、王都ディアマンテの一等地に立派なタウンハウスを持つ。
大きく美しい庭園を囲むように、豪壮とした邸宅を構えていた。
玄関前まで馬車で行ける広さがあって、出迎える使用人の数も多い。
たったそれだけでランゲンブルグ公爵家の裕福さがよくわかった。
客間に案内されると、ランゲンブルグ公爵とその娘ゾフィーが出迎えてくれた。
「お三方とも、よく来てくれた!」
ランゲンブルグ公爵は丁寧に整えられた口ひげを生やし、好奇心旺盛そうな瞳を持つ、朗らかで明るい人物という印象だった。
そんな父親の隣に立つ娘ゾフィアは、縦ロールを崩すことなく結い上げた髪型が印象的な美しい娘である。
勝ち気な様子で、胸を張ってふんぞり返っていた。
マリエッタを見るなりふん! と鼻を鳴らし、偉そうな態度で見つめてくる。
「ディディエ様の婚約者と聞いてどんなお方かと思ったら、ちんちくりんで地味な娘じゃないの!」
マリエッタは突然そのようなことを言われ、目が点となる。
ランゲンブルグ公爵はリードとディディエに睨まれたからか、慌てた様子で娘を窘めるように言った。
「ゾフィアちゃん、本音が丸聞こえになっているよ!」
娘に注意する言葉として、それは適切なのか。なんていうリードのぼやきを聞いたマリエッタは、これ以上雰囲気が悪くならないよう、明るく自己紹介した。
「初めまして。わたくし、マリエッタと申します!」
それに続くように、ゾフィアは言葉を付け足す。
「〝夜霧の魔女〟の?」
「――!!」
夜霧の魔女の噂話は王都ディアマンテまで届いているらしい。
どういう反応をしたらいいものか迷っていたら、マリエッタよりも先にディディエが物申す。
「ゾフィア嬢、彼女は〝夜霧の魔女〟ではなく、〝朝霧の魔女〟。噂になっていた魔女とは別人です」
「朝だか夜だか存じないけれど、時代遅れの古くさい魔女であることは、変わりないのね!」
王都ディアマンテの魔法の発展具合を見ていると、そういうふうに感じ取られてしまうのも無理はない。そう、マリエッタは思った。
「マリエッタ、彼女はランゲンブルグ公爵の一人娘ゾフィア嬢です」
「どうぞよろしく――」
「あなたとよろしくするつもりはないわ!」
ぴしゃりと言われ、マリエッタは跳び上がりそうになるほど驚いた。
ディディエは隣で「はーーーー」と盛大なため息を吐いている。
目に余るようなゾフィアの様子に、リードが眉間に皺を刻みながら苦言を呈する。
「ランゲンブルグ公爵、娘さんの躾を今一度、見直したほうがよいかと」
「あはははは! 妻を若くして亡くしてから、王女様みたいに育ててしまってねえ!」
ランゲンブルグ公爵にとってゾフィアは目に入れても痛くない、愛娘だというわけだった。
そんなゾフィアはランゲンブルグ公爵よりも一歩前に出て、ビシッとマリエッタを指差すと、思いがけないことを言ってきた。
「あなたがディディエ様の結婚相手として相応しいか、私が見極めてあげるわ!!」
「こらこら、ゾフィアちゃん、彼女失礼だよ~」
娘を溺愛しているように見えるランゲンブルグ公爵も、この発言はさすがにないと思ったのか。すかさず、穏やかな様子だがしっかりと注意を促す。
「だって、納得いかないもの!! ディディエ様は国王陛下のご子息で、他国の王女様と結婚するだなんて言われていたのに、どこぞの馬の骨と結婚するなんて!!」
「ゾフィアちゃん、馬の骨呼ばわりはさすがに失礼だよ。それに、王女様と結婚するとでも言わないと、ゾフィアちゃんはディディエ君のことを諦めなかったでしょう?」
「嘘吐き!! お父様なんて大嫌いよ!!」
ゾフィアはぴしゃりと叫ぶと、この場から走り去ってしまった。
ランゲンブルグ公爵は「がーーん!」と言ってショックを受けたようだったが、ゾフィアを追いかけることはなかった。
「マリエッタ嬢、ゾフィアちゃんが失礼な発言をしてしまい、申し訳なかったね」
普段のマリエッタであれば、のほほんとしながら「お気になさらず」と言っていただろう。
けれども今、マリエッタはディディエの婚約者としてここにいる。
こういう場での愚弄するような発言はマリエッタに向けられたものだとしても、婚約者であるディディエをも中傷するような意味合いもあるのだ。
そのため、大丈夫なんて言って簡単に許してはいけない。
マリエッタの中に根付く、スニューウの王女としての矜恃でもあった。
ここでメイドが紅茶を運んでくる。
「どうぞかけて、ゆっくり過ごしてくれ」
こんな険悪な雰囲気の中で、どう過ごせというのか。
リードとディディエは、明らかにピリピリしていた。
ランゲンブルグ公爵だけが、笑みを絶やさないでいる。大物だ、とマリエッタは心の中でひっそり思った。
今回、国王陛下の招待に関わることは、ランゲンブルグ公爵が間に入って進められたようだ。
「今晩はうちで、歓迎の晩餐会を開くんだ」
なんと、ゾフィアが料理をプロデュースしたという。
「二人の婚約を祝すための晩餐会だ。ディディエ君の好物ばかり、用意したそうだよ」
その発言に、リード様がぴくりと反応する。
「マリエッタさんとディディエの婚約を祝すものなのに、どうして片方の好物しか用意しないのだろうか?」
「それは、知り得なかった情報だから仕方ないよね?」
「しかし、好物くらい手紙でディディエに聞くこともできただろうに」
「まあまあ、子どものしたことだから、そこまで気にしないで」
明らかに腹を立てて発言するリードに対し、ディディエは腕組みをして静かに怒っている様子だった。
空気はどんどん悪くなっていく一方である。
「マリエッタ嬢、どうだろうか? 一度、ゾフィアとお茶の一杯でも飲んで、仲よくしてくれないかい?」
「ええ、ぜひ!」
言葉を交わしたら、少しは仲よくなれるかもしれない。
「ゾフィア嬢は、何が好きなのかしら?」
「それは――ディディエ君?」
ランゲンブルグ公爵の発言に、その場がぴしっと音を立てて凍り付いた。




