宿へ
街の探検はこれくらいにして、宿に向かうことにした。
「たしか、この辺りに転移魔法がある拠点があったはず」
「ディー様、あの辺りで人が消えたわ」
「でしたらそこが拠点ですね」
何もない場所にやってきた商人らしき格好をした男性が、パッと手の平を広げる。
すると数秒もせずに姿が消えた。
「どこかへ転移したのね」
「そうですね」
拠点の目印は特になく、皆だいたいの位置を把握しているらしい。
「先ほどの男性がしていたように手を広げると、行き先が浮かんできます」
「見えないわ」
「触れていたら、見えるようになります」
そう言いながらディディエがマリエッタの手を握った。
「まあ、本当!」
マリエッタだけでなく、グリージャにも見えるようになったようだ。
「一緒に転移する場合は、このように触れていなければなりません」
「そうだったのね!」
ディディエが行き先の文字を指先でぱちんと弾くと、転移魔法が発動される。
パチパチ、と瞬きをしているうちに、目的地の宿に到着したようだ。
「ここが今晩宿泊する宿です」
「とっても大きいわ!」
貴賓が宿泊するために建てられた高級宿らしい。
十二階建てで、最上階にあるホールでは夜会も開催されるようだ。
中に入ると、巨大な水晶のシャンデリアがマリエッタを迎える。
大理石の床はピカピカに磨かれていて、豪奢な像や絵画など、エントランスの内装も洗練されていた。
にこやかな笑みを浮かべるコンシェルジュを名乗る者がやってきて、部屋へ案内してくれるという。
「ディディエ様、マリエッタ様、猫妖精グリージャ様、大精霊メルヴ・トゥリー様、ようこそおいでくださいました! どうぞこちらへ!」
コンシェルジュについて行きつつ、マリエッタはこっそりとディディエに話しかける。
「ディー様、どうしてわたくし達ってわかったのかしら?」
「祖父が手続きをしたからだと思いますよ」
特徴の詳細などもリードが伝えていたため、コンシェルジュがすぐに気付いたのだろう。
「プロのお仕事だわ」
「ええ」
宿泊するのは十一階にあるスイートルームだという。
転移魔法で行くのかと思いきや、魔導昇降機と呼ばれる物があるという。
「こちらの魔導昇降機はたった数十秒で十一階まで到達することができる、とっておきの装置なんです」
マリエッタは「すごいわ!」と言おうとしたが、お上りさんみたいだと思ってぐっと我慢する。
生まれて初めて魔導昇降機に乗る。
内部はガラス張りになっていて、外の景色が見えるようになっていた。
魔導昇降機は王都ディアマンテの豊かな様子を一望できるもので、マリエッタは「ほう」と熱いため息を吐く。
浮遊感などなく、あっという間に十一階に到着した。
スイートルームは二部屋あるようで、マリエッタはグリージャと一緒に使い、もう一つをディディエとリード、メルヴ・トゥリーで使うようだ。
マリエッタとグリージャが使う部屋の扉の前に、女性のコンシェルジュが待っていた。
「お待ちしておりました、マリエッタ様、グリージャ様、中をご案内します」
男性陣とはここでしばしのお別れらしい。またあとで、と言ってから別れることとなった。
スイートルームの部屋の内部も豪華絢爛そのもので、どの部屋を見てもマリエッタはため息ばかり零れる。
「こちら、ウエルカムドリンクとスイーツを用意しておりますので、お好きなだけお召し上がりくださいね」
テーブルにはケーキやクッキー焼き菓子だけでなく、サンドイッチやカナッペ、果物などの軽食が用意されていた。
飲み物も紅茶からジュース、酒まで用意されている。
「何かわからないことがありましたら、いつでもお呼びくださいね」
コンシェルジュはそう言って一礼し、部屋から去って行った。
ここでやっと、グリージャは安心することができたらしい。
ふかふかの長椅子に着地し、ぐーーっと背伸びをする。
「グリージャ、爪とぎも持ってきているわよ」
『まあ、気が利くこと!』
家から持ってきていたお気に入りの切り株を、魔法の鞄から取りだして置いた。
スイートルームには似合わない物だが、森の家にあった切り株があるとマリエッタはホッとしてしまう。
グリージャは一日の鬱憤を晴らすかのように、切り株で爪をバリバリ研いでいた。
「グリージャ、たくさん連れ回してごめんなさいね」
『よろしくってよ、お上りさんが心配でしたし』
「やっぱりわたくし、お上りさんだった?」
『ええ!』
「でも、魔導昇降機のときは我慢していたの!」
『まあ、そうでしたの。大人しかったので、はしゃぎ疲れたものだと思っておりました』
ひとまずグリージャには休んでほしい。なんて思ったものの、二人してお腹がぐーっと鳴った。
「まずは軽食を少しいただきましょうか」
『そうですわね』
グリージャと一緒に、マリエッタはお茶会を開いてお腹を満たしたのだった。
◇◇◇
一日目はクリスタリザーシーから王都ディアマンテに移動し、宿に一泊。
二日目はハウトゥ大国の名家の一つ、ランゲンブルグ公爵家から招待を受けているようだ。
一夜明け、宿までランゲンブルグ公爵家から迎えがやってきていた。
馬車ではなく、魔法の力で走行する魔導車と呼ばれるものらしい。
操縦席に運転手が一人いるだけで、大勢の人を運ぶことができるという。
初めての乗り物を前に、マリエッタは緊張しつつ乗車した。
運転手の「出発します」という声を合図に、魔導車は走り始める。
馬やワイバーンがいないのに、走り始める様子を目の当たりにしたマリエッタは、驚きで声を失っていた。
「王都ディアマンテの人達は、みんなこの魔導車を所持しているの?」
「いいや。国内でも、この魔導車を所有している者はごくごく一部なんだ」
リードが優しく説明してくれる。
魔導車はランゲンブルグ公爵家の出資で完成に至った、魔技巧品の最高傑作と呼ばれる物らしい。
「ランゲンブルグ公爵は王族の右腕と名高い一族で、古くからよく仕えていると有名な一族で――」
そんなランゲンブルグ公爵家へ挨拶に行くと聞いて、マリエッタは背筋が伸びるような気持ちとなる。
「ランゲンブルグ公爵家には、マリエッタさんと同じ年ごとのご令嬢がいるのだが……」
リードが珍しく歯切れの悪い物言いをする。
何かあったのか。
なんて聞く間もなく、ランゲンブルグ公爵家に到着したようだ。




