王都ディアマンテ
「わあ……!」
ワイバーン車は大空をゆうゆうと飛んでいた。
マリエッタは窓に張り付き、その眺めを堪能している。
メルヴ・トゥリーも一緒になって、窓の外の世界を覗き込んでいる。
『猫サン、スゴイ眺メダヨ!』
『私はいいわ。興味ないの』
グリージャはきっと怖いのかもしれない。
慣れていないリードや、ディディエが同じ空間にいることも理由の一つだろうが。
空の上からの景色に、マリエッタは心を奪われていた。
緑の美しさ、湖の青さ、草原の豊かさ――どれを切り取っても美しい。
「クリスタリザーシーは空から見ると、宝石箱みたいにきれいだわ」
マリエッタがそう口にすると、リードが苦笑しながら言葉を返す。
「前回の、ジルヴィラ国の王妃殿下の竜では、見る余裕なんてなかったからね……」
マリエッタは忘れもしない。
クローデットの竜の背中に乗って、クリスタリザーシーからジルヴィラ国へ渡った日のことを。
竜に乗って行くと聞いて、ワクワクしながら当日を迎えたのだが、実際に乗って空を飛ぶというのはなかなか過酷だったのだ。
クローデットとの入れ替わり以来となる、久しぶりの再会となった竜は人なつっこいようで、御者の言うことはよく聞くようだった。
契約者であるクローデットがいなくとも、人を乗せた状態で飛行を可能とするらしい。
そんな竜に剥き出しの身で背中に乗ったのだが、上空は酷く冷える。
防寒魔法を施していたのだが、それでも完全に寒さがしのげるものではなかった。
さらに竜の鞍に跨がってベルトで固定していたのだが、それでも強い風が吹いたさいには、落ちやしないかと心配になった。
下を覗き込もうならば、そのまま地上に吸い込まれてしまうのではないか、とマリエッタは思っていた。
ディディエも同じことを考えていたのか、マリエッタを落とすまいと、ずっと背後から抱きしめてくれていたのである。
飛行中は気が気でなかった。そんな感じで、恐怖の中でジルヴィラ国に到着したのである。
竜に直接騎乗する飛行と比べて、竜車はなんて快適なのか、とマリエッタは感激する。
寒くないし、落ちる不安というものがないし、飛行も安定していた。
なんといっても、景色を楽しむ余裕があるのだ。
マリエッタはハウトゥ大国の王都ディアマンテに到着するまで、メルヴ・トゥリーと空の景色を楽しんだのだった。
二時間後――王都ディアマンテに到着する。
そこは白亜の王城がそびえる、魔法に溢れた街だった。
まず、目に飛び込んできたのは、空中を走る飛行船である。
魔法仕掛けの乗り合いの飛行船で、王都を行き来するのに利用するらしい。
街灯はすべて魔石灯で、魔法の手紙や荷物も上空を行き交っている。
さまざまな場所に呪文が刻まれていて、王都ディアマンテに暮らす人々が魔法と共に生活していることを垣間見ることができた。
「ここが、ディー様が生まれた街なのね」
「ええ」
ただディディエがいたときよりも、街並みは変わっているという。
「私がいなかったときは、ここまで魔法が街中に溶け込んでいなかったのですが」
「そうだったのね」
慣れた様子でいるかと思っていたディディエだったが、変化に驚いているという。
少し滞在しただけでも、ハウトゥ大国が豊かな国だということをマリエッタは肌で感じていた。
ここでリードが思いがけないことを提案する。
「疲れていなければ、二人で街を散策してみたらどうだろうか?」
マリエッタはディディエをちらりと見ると、にっこり微笑み返してきた。
「せっかくですので、少し街を見て回りましょう」
「いいの?」
「もちろん」
メルヴ・トゥリーはリードと共に宿に行くという。
「猫さんはどうしますか?」
リードに話しかけられたグリージャは、かごから跳びだし、マリエッタの首に巻き付く。
『わたくしは、マリエッタの襟巻きをしておりますので』
「いいの?」
『ええ!』
ハウトゥ大国の王都ディアマンテはクリスタリザーシーより北のほうにある。
街中は除雪されているようだが、外は雪が積もっていたのだ。
「待って! よく見たら、石畳に雪を溶かす魔法が刻まれているわ」
「そのようですね」
「なんて便利な魔法なの!?」
このような魔法が可能なのも、ハウトゥ大国に世界樹が存在するからだという。
リードからその話を聞いたメルヴ・トゥリーは、誇らしげな様子で胸を張っていた。
「では、あとは若い二人で」
『楽シンデキテネエ!』
リードはそう言うやいなやメルヴ・トゥリーを抱き上げ、地面の石畳をトントントンと足先で叩く。
すると魔法陣が浮かび上がり、姿を消した。
「なっ、ど、どうして!?」
「この街には、至る場所に転移陣があるのですよ」
「ええー!」
先ほどリードが使った転移陣は、宿まで移動できるものらしい。
街の拠点となる場所には、このように転移陣があるという。
「すごいわ! 便利だわ!」
ただ便利な暮らしは、クリスタリザーシーに移住することになったディディエにとって苦労する結果となったらしい。
「クリスタリザーシーにはこのように転移陣がありませんので」
「いちいち歩くのが大変だったのね」
「ええ」
この街で育ったディディエが、よく森の中を五時間もかけて魔女討伐にやってきたものだ、とマリエッタはしみじみ思う。
「あのときは、これ以上夜霧の魔女に好き勝手させるものか、という執念しかありませんでした」
「そうだったのね」
ただ、やってきた先にいたのが夜霧の魔女ではないとわかってからは、別の感情になっていったという。
「あなたは何者なのか、気になって仕方がないという好奇心でしたね」
「そんな感じには見えなかったわ」
「そうでしたか?」
「ええ」
出会った当初のディディエは常に淡々としていて、何を考え行動しているのか、マリエッタには読めなかった。
「でも今はディー様の気持ちがわかるわ」
「でしたら今、何を考えているのかわかりますか?」
他の人から見れば無表情に近いが、穏やかな瞳でマリエッタを見つめていた。
「二人きりになれて嬉しい」
「ええ、そうですね」
「やっぱり!」
なんて盛り上がっていたら、グリージャが声をあげる。
『私もいますけれど!』
「グリージャ、ごめんなさい」
『あなた、私のことを本物の襟巻き扱いしていませんこと?』
「そんなことないよー」
マリエッタとグリージャのやりとりを聞いていたディディエが、くすくす笑い始める。
出会った当初に比べて、ディディエは明るい表情を見せるようになった。
よかった、と思うマリエッタだった。




