ディディエの訪問
翌日――マリエッタのもとを、ディディエが訪れる。
以前まではクリスタリザーシーからマリエッタの家まで五時間もかけてやってきていた。けれども今はメルヴ・トゥリーがクリスタリザーシーとマリエッタの家を繋ぐゲートを魔法で作ったので、一瞬で行き来できるようになったのである。
「マリエッタ!」
「ディー様、会いたかったわ!」
つい三日前にも会ったというのに、久しぶりの再会のような熱い抱擁を交わす。
ずっとこうしていたい、とマリエッタは思ったものの、忙しいディディエが予告もなくやってきたのは急ぎの理由があるのだろう。
離れがたいと思いつつも、マリエッタはディディエから離れる。
「今日はどうしたの? 何かあったのかしら?」
「ええ……」
ディディエは憂鬱そうな表情で頷く。
「温かい薬草茶を淹れるわね。森で採れた花蜜をたっぷりかけましょう」
紅茶とクッキーを囲み、ディディエの話に耳を傾ける。
「実は、王都から手紙が届きまして」
ディディエがテーブルに置いたのは、封筒に金の封蝋が押された手紙だった。
「それは――!」
「国王陛下からの手紙です」
ディディエの言う国王陛下というのはハウトゥ大国の、である。
「王都で何かあったの?」
「いえ、悪い話ではなくて……」
それを聞いてホッと胸を撫で下ろす。
「先日、マリエッタと結婚するという話を、国王陛下に報告したんです」
ディディエの母親はクリスタリザーシーの領主だったリードの娘だが、父親は国王陛下なのである。
王位継承権こそないものの、国王陛下の子として一目置かれる存在なのだ。
「それで、一度王都にやってきて、マリエッタを紹介するように言われまして……」
貴族は基本的に国王陛下の承認がないと、結婚できない。
けれども二人の結婚は、間にリードが入り、国王陛下から許可を得ることができたのだ。
「わたくしが貴族ではないから、国王陛下は気になったのでしょうか?」
マリエッタはリードが後見人となったものの、貴族出身の娘ではない、ということはすでに国王陛下に報告している。
一度は許したものの、引っかかりを覚えたのか。マリエッタは不安になる。
「一度は祖父の口車に乗って結婚を許したものの、私がどのような女性と結婚するのか、気になったのでしょう」
国王陛下は好奇心旺盛なお方だという。
それを聞いてマリエッタの不安は和らいだものの、別の問題に気付く。
「国王陛下はわたくしの事情について、どれくらいご存じなのかしら?」
「まったく知らないと言っても過言ではありません」
ディディエ側も〝貴族出身の娘ではないが、よい娘である〟程度の報告しかしていないという。
「しかしながら、クリスタリザーシーに出入りしている者から漏れた情報もあるでしょう」
「それは――!」
マリエッタが〝嫌われ者の夜霧の魔女〟の疑いがあること、である。
おそらく国王陛下がどこからかその話を耳にしたので、ディディエとマリエッタを王都へ呼びだすような事態となったのだろう。
「ごめんなさい、わたくしのせいで……」
「いいえ、マリエッタのせいではありませんよ」
ディディエはそう言ってくれたが、魔女として生きることを決めたのはマリエッタである。
クローデットとの再会が済んだあと、彼女の夫でありジルヴィラの国王となったユウェルは一つの道を示した。
それはクローデットとマリエッタの入れ替わりをスニューウ側に説明するということ。
マリエッタは王女として国へ帰れるよう、取り計らうと言ってくれたのだ。
けれどもマリエッタはすぐに拒否した。
スニューウにはクローデットを虐げた侍女やメイド達がいる。
それを思うと、怖くて帰ることができない。きっとクローデットの体が痛みや苦しみを覚えているので、このような拒絶する気持ちがあるのだろう。
両親のことは今も愛しているものの、本来であれば同じ王女であるクローデットの状況を把握せず、長年放置していたというのも引っかかる。
マリエッタは国だけでなく、両親に対しても信じられないような気持ちになっていたのだ。
それにもしかしたらユウェルの話を信じず、本当のマリエッタはジルヴィラの王妃として存在する。もう一人のマリエッタは偽物ではないか。なんて思われる可能性だってあった。
国へは帰れない。
スニューウの王女に戻れたとしても、ハウトゥ大国の貴族であるディディエとの結婚なんて許されないだろう。
それにスニューウの王女に戻ったら、クリスタリザーシーの森へ二度と行けない。
二度とグリージャやメルヴ・トゥリー、森の仲間達と会えないなんて、耐えられない。
マリエッタの幸せのすべては、クリスタリザーシーにあった。
そのためユウェルの申し出を断り、マリエッタは朝霧の魔女として生き続けることを決意したのである。
その決定を、ディディエも喜んでくれたのだが――。
「まさか国王陛下からお声がかかるなんて」
「大丈夫ですよ。軽く話をするだけで、すぐに解放されるでしょうから」
本当にそうだろうか? マリエッタはディディエの言葉を疑ってしまう。
「王命だから、お断りすることはできないのよね?」
「そう、ですね。嫌ですか?」
「不安というのもあるけれど……」
マリエッタはディディエが心配だった。
なんせ王都にはディディエの命を狙っていたという、腹違いの兄もいるのである。
「もしかして、私と兄の関係を心配してくださっているのでしょうか?」
「ど、どうしてわかったの?」
「マリエッタはすぐに顔に出ますので」
それはよくないことだ。そう思いつつ、マリエッタは頬の筋肉を両手で包んでぐいぐいマッサージする。
「その点は心配ありません。私は兄に何があろうと、国王陛下の子であると名乗るつもりはありませんし、王位も継承しないという宣言をしておりますので」
再度、命を狙ってくるほどディディエの兄も愚かではない。
そう言われても、不安なものは不安なのである。
「暗殺の件は、表沙汰になっておりません。祖父がもみ消しました」
「リード様が?」
「ええ」
もしも明るみになれば、王太子である兄でも無事では済まない。
その点を利用し、リードは王太子に今後ディディエに手を出さない代わりに、二度と干渉しないように交渉を持ちかけたようだ。
「さすが、リード様だわ!」
「元外交官の手腕なんでしょうね」
マリエッタは何も心配することはない。
そこまで言われてしまうと、王都に行けない理由が尽きてしまう。
「一緒に来ていただけますよね?」
「ええ、わかったわ」
そんなわけで、ディディエと共にハウトゥ大国の王都へ向かうこととなった。




