冬を迎えた森と、朝霧の魔女マリエッタ
ハウトゥ大国の辺境にある領地、クリスタリザーシーの森の奥地には、〝嫌われ者の、夜霧の魔女〟と呼ばれる悪しき魔女が棲んでいると言われていた。
けれどもその魔女は心を入れ替えたのか、それともまったくの別人なのか、〝朝霧の魔女〟と名乗るようになったという。
その朝霧の魔女はクリスタリザーシーが災害に襲われたさい、土地と領民らを守った。
けれども領民らは朝霧の魔女に対し、懐疑的な考えを捨てきれず、暴行に出ようとする者もいた。
そんな中、領主であるディディエだけは朝霧の魔女を信じ、傍に居続けた。
ディディエは悪しき魔女に唆されているのだ、なんて心ないことを言う領民もいる。
ただそれは全員が全員というわけではない。
朝霧の魔女が顔を出すようになってから、以前のように酷い自然災害に襲われることはなくなった。
それどころか天候に恵まれ農作物は大豊作、領民らの暮らしはよくなっていく。
さらに、無愛想だった領主ディディエが笑顔を見せるようになったのだ。
朝霧の魔女は悪しき魔女ではない。
そう思えるようになっていく領民も増えていっているという。
状況は少しずつではあるが、変わっていった。
◇◇◇
クリスタリザーシーにある森の奥地にて、のほほんと暮らす魔女マリエッタがいた。
王女として育った身分であるにも関わらず、彼女は平々凡々とした暮らしの中に身を置き、その毎日を楽しんでいるのである。
今日も深い雪に包まれた畑に立ち、今日も鍬を握り、世界樹の大精霊メルヴ・トゥリーと一緒に野菜の収穫をしていた。
「よいしょっと!!」
かけ声と共に鍬を持ち上げると、真っ白なジャガイモが次から次へと地上に顔を出す。
「雪ジャガイモ、たくさん採れたわ!!」
『大豊作ダネエ!』
「ええ、本当に」
雪ジャガイモは真冬に魔力が豊富な森で採れる〝森野菜〟と呼ばれるもので、マリエッタが栽培を得意とする農作物であった。
メルヴ・トゥリーが森の中で雪ジャガイモの種イモを発見したので、栽培に繋げることができたのである。
「この雪ジャガイモで、クリームシチューを作りましょう」
『イイネ! 猫サン、喜ブヨ!』
「そうだといいけれど」
メルヴ・トゥリーの言う猫さんとは、マリエッタの家を守護する家猫妖精グリージャのことである。
「たっぷり作りましょう」
『ウン!』
土まみれの雪ジャガイモを洗わないといけない。
けれども今のシーズンは水仕事をしたら、あっという間に手が荒れてしまう。
そんなときこそ役に立つのが、マリエッタが使う魔女術だった。
「――湧き出ろ、水よ」
魔力と引き換えに水が生まれる。
けれども水を作りだしただけでは、雪ジャガイモを洗うことはできない。
続けて、マリエッタは呪文を唱えた。
「――巻き上がれ、竜巻よ」
魔法で作り出した水を竜巻が飲み込み、ぐるぐる回転し始める。
そこに雪ジャガイモを放り込むと、水と風の力で土が取り除かれていく。
あっという間に雪ジャガイモはきれいになった。
「これでよし、と!」
魔法が解けると、雪ジャガイモは雪原に着地する。
マリエッタはしゃがみ込み、メルヴ・トゥリーと一緒に雪ジャガイモを回収していった。
『雪ジャガイモ、キレイニ、ナッタネエ』
「ええ!」
魔女術というものは本当に便利だ、とマリエッタは改めて思う。
けれどもそれに依存しきるというのも、よくないことだと考えていた。
魔力が少なくなったり、魔法が使えなくなったり、不測の事態はいくらでも思いつく。
そのためマリエッタは週に何度か〝魔法に頼らない日〟を設け、自分で料理をしたり、家事をしたり、畑仕事をしたりしている。
ここでの暮らしが永遠ではいかもしれない、という考えも頭の片隅に置いていた。
『雪ジャガイモ、真ッ白!』
「美しい森野菜だわ」
『ダネ!』
考え事は止めて、家に戻って料理をしよう。
マリエッタはそう思い立ち、庭をあとにしたのだった。
帰ってくるなりグリージャが小走りでやってきて、マリエッタを出迎えてくる。
『まあまあまあ、顔を真っ赤にして。外で何をしていましたの?』
「森野菜を収穫していたの」
『真冬に採れる野菜なんかあるのですか?』
「ええ! 見て、雪ジャガイモっていうの!」
『雪玉のように真っ白ですのね』
「そうでしょう?」
この雪ジャガイモを使ってクリームシチューを作るのだと言うと、グリージャは尻尾をピン! と立てて喜ぶ素振りを見せてくれる。
しかし、すぐに我に返ったようで、マリエッタひ小言を言い始める。
『料理よりも先に、暖炉で体を温めることが先ではなくって?』
「畑仕事の前に、屋根の雪下ろしもしていたの。寒いどころか、体はぽかぽかなのよ」
今、暖炉の火に当たったら暑くてバテてしまう、とマリエッタはグリージャに訴えた。
「グリージャ、いつも心配してくれて、ありがとう!」
『なっ、べ、別に心配なんてしていませんわ! あなたが風邪を引いて寝込むと、わたくしが看病しなければならなくなるから!』
グリージャはマリエッタを母のように、姉のように見守り、優しく接してくれていることを知っている。ツンとした言葉も、マリエッタには微笑ましいと思ってしまうのだった。
グリージャは『ふん!』と言っていなくなる。
食事ができたら機嫌か治ることを、マリエッタは知っていた。
「さてと、作りますか!」
『メルヴ・トゥリーモ、オ手伝イスルヨ~!』
そんなわけで、マリエッタはメルヴ・トゥリーと一緒にクリームシチュー作りを始めた。
「メルヴ・トゥリーは、材料を切ってくれる?」
『ワカッタ!』
メルヴ・トゥリーは自らの葉をナイフのように鋭くさせ、雪ジャガイモの皮を剥いて一口大にカットしていく。
手際はよく、任せてもよさそうだ。
マリエッタはベシャメルソースを作る。
鍋にバターを入れてじっくり溶かし、溶けてきたら小麦粉を入れた。
混ざった材料がまとまり、クリームみたいになってきたら、別の鍋で温めていたミルクを注ぐ。
泡立て器を使ってくるくる丁寧に混ぜ、ふつふつと煮込んでいく。
とろとろになってきたら、塩とコショウ、ナツメグなどのスパイスを入れて味を調える。
具材はブイヨンスープで煮込んで、じっくり火を通しておく。
そこにベシャメルソースを加えて煮込んだら、クリームシチューの完成だ。
朝、焼いたパンと一緒に食べることにした。
食卓の準備が整ったら、グリージャを呼ぶ。
「グリージャ、食事の準備ができたわ」
マリエッタの声を聞いたグリージャは走ってやってきて、椅子の上にぴょこんと軽快に飛び乗る。
その隣にメルヴ・トゥリーも腰掛けた。
「メルヴ・トゥリーには、蜂蜜水ね」
『ヤッター!』
グリージャはクリームシチューを前に、瞳を輝かせている。
『マリエッタ、いただきましょう』
「ええ」
グリージャは猫舌なので、少し冷ましたクリームシチューを用意していた。
手と手を合わせて祈りを捧げたあと、食べ始める。
雪ジャガイモはほくほくで、甘みもある。クリームシチューと相性抜群な森野菜だった。
「グリージャ、どう?」
『最高ですわ!』
「よかった!」
メルヴ・トゥリーも嬉しそうに蜂蜜水を飲んでいる。
幸せな食卓だな、と思うマリエッタだった。




