魔女の記憶
「待ってください。あなたと、話したいことがあったのです」
「わたくしと?」
「ええ」
ディーは手を握ったまま、離さなかった。どこか、思い詰めた表情でマリエッタを見つめている。
「どうか、なさったの?」
「この一か月もの間、あなたについて、調べました」
「わたくしに、ついて?」
「ええ」
どくんと、胸が跳ねる。
マリエッタの素性に気づき、雪深い国の王女だとバレてしまったら大変な事態となる。
ディーは気づいているのだろうか?
ちらりと見たら、瞳と瞳が交わる。
「あなたは、この国の者ではありませんね?」
「わたくしは……!」
突然、目眩を覚える。目の前がぐらりと歪み、真っ暗になった。
膝の力が抜けて、意識が混濁する。
誰かの声が聞こえた。
ディーのものではない。
ざわざわと、落ち着きがなく、耳障りが声が響き渡る。
――双子は、破壊の象徴である! 殺すべきだ!
あまりの強い感情に、マリエッタは意識を失う。
真っ暗闇の中で、どろりと誰かの記憶が流れ込んできた。
この世に落とされた、ふたつの命。
それは、忌むべき存在である。
雪深い国では何度も、双子の王子が内乱を引き起こした。
そのため、双子が産まれたら、片方を殺すようにしていた。
けれども、待ったをかけたのは国の宰相である。
子は女で、男ではない。
国王に女の子はおらず、殺すには惜しい。
ジルヴァラ国に王女を捧げなければならないので、ひとりでも多くいたほうがいいだろう。
百年前、王女がおらずにジルヴァラ国から冷遇された歴史がある。
そのため、忌むべき双子であったが、生かすこととなった。
ただ、表向きは双子の王女と公表せず、あとから産まれた王女は予備とした。
生まれた王女は、マリエッタと名付けられる。
予備の王女は、クローデットと名付けられた。
マリエッタ王女は光ある場所で育ち、クローデット王女は暗い場所で育った。
双子の王女は、平等ではなかったのだ。
クローデットは忌み子として、侍女やメイドから虐げられていた。
まともな食事など与えられず、痩せ細り、息も絶え絶えだった。
一方で、同じ王女として生まれたマリエッタは、周囲から愛されて育つ。
なぜ、こうも境遇が違うのか。
クローデットはマリエッタが憎たらしくてたまらなかった。
ある日、クローデットはメイドから、暴行される。
火かき棒を振り回し、額に火傷を負った。
当時の彼女は十歳。
このままでは、殺されてしまう。
命からがら城を抜け出した。
ボロボロになったクローデットを拾ったのが、魔女だった。
魔女はクローデットを憐れみ、助けの手を差し伸べる。
クローデットは魔女から、さまざまな魔法を習った。
立派な魔女になって、侍女やメイド、そしてマリエッタに復讐してやる。
彼女を突き動かす衝動は、他人を恨む気持ちだけだった。
クローデットには魔法の才能があった。
魔女が舌を巻くほどである。
魔力も人並み以上にあり、その実力は魔法を倒した聖女に匹敵するという。
ありあまる魔法の才能や魔力のせいか。
魔女はクローデットを利用し、邪竜の召喚を目論む。
その召喚は、クローデットの命と引き換えに行うものだった。
魔女は国で指名手配されるほどの、悪い魔女だったのだ。
多くの少女の命と引き換えに、若さを保っていた。
邪竜を使役したら、多くの命が集まる。そうすれば、永遠の若さが手に入れられる。そんな野望を抱いていた。
直前に気づいたクローデットは、魔法を書き換える。
邪竜を、聖なる竜に。
対価をクローデットの命から、魔女の命に。
竜は召喚に応じた。
聖なる純白の竜が、現れたのだ。
魔女は死に、クローデットは魔女のもとから逃げ出す。
そして、竜に乗ってたどり着いた地が、ジルヴァラ国と敵対する大国ハウトゥ。王都から西に位置するヴァルク・リオン家の領地〝クリスタリザーシー〟だった。
そこでクローデットは、復讐を計画する。
ジルヴァラ国の王太子ユウェルと婚約したマリエッタと、体を入れ替えてやる、と。
――マリエッタ、赦さない!! 絶対に、赦さない!!
魔力も、魔法の才能もないくせに、幸せな王女だったマリエッタ。
彼女だけ幸せなのは、不平等だ。
この、夜霧の森の魔女の体を得て、不幸になるといい。
それが、王女クローデットの願い。そして、復讐だった。
「マリエッタ! マリエッタ!」
「ご、ごめんなさい」
「マリエッタ!!」
ディーの叫びで、ハッと目を覚ます。
マリエッタはディーの胸に抱きかかえられた状態だった。
「ディー、様……?」
「私の家に運びます。そこで、しばし休んでください」
「大丈夫。わたくしは――」
ポロポロと、涙が零れてくる。
意識を失っている間に、夜霧の森の魔女の人生をみた。記憶が、流れ込んできたのだ。
否、これは夜霧の森の魔女の体なので、記憶が甦ったと言えばいいのか。
この体の持ち主――クローデットは、マリエッタの双子の妹だったのだ。
同じ日に、同じ両親のもとから生まれた。それなのに、マリエッタとクローデットの人生は、天と地ほども違っていた。
クローデットは魔力が豊富で、魔法の才能もずば抜けていた。
ジルヴァラ国の王妃としての器だったのに、忌み子として扱われ、虐げられていたのだ。 本当の忌み子は、魔力がなく、魔法の才能がなかったマリエッタのほうだった。
マリエッタには、クローデットの存在すら知らされていなかった。
彼女が歩むべき光ある道をマリエッタが歩き、のうのうと暮らしていたというわけになる。
「ああ……ああ……!」
記憶が一気に甦ったマリエッタは、真実を受け止めきれずに意識を手放す。
マリエッタと呼ぶディーの声が、遠ざかっていった。




