謝肉祭にて
謝肉祭というのは、異世界から伝わった祭りらしい。
一年に一度、救世主が復活する。その期間は節制に努めなければいけない。
具体的には酒を断ち、肉や魚などの命を奪う食べ物を口にせず、贅沢な甘い物なども経つ。
そんな救世主復活の期間が訪れる前に、目一杯食べて、飲んで、踊って楽しもう、という主旨の祭りなのだ。
街は花や色とりどりの布テープで飾られ、賑やかだった。
街の人達は、動物を模った仮面を被ったり、魔女や悪魔の姿に仮装していたりする。
露天も多く出店されており、仮装アイテムが売られていた。
『猫サントカ、犬サントカ、仮面、カワイイネエ』
「ええ、そうね」
ぼんやりと、街並みを眺めていたら子ども達が走ってやってくる。羊と牛の仮面を被っていた。
頭巾を被ったメルヴ・トゥリーをのぞき込んだので、マリエッタはギョッとする。
「わー、この仮装、よくできているねえ」
「なんの仮装?」
『メルヴ・トゥリー、ダヨオ』
「メルヴ・トゥリーって、森の大精霊じゃん!」
「へえ、こんな姿なんだ」
カッコイイと褒められ、メルヴ・トゥリーは照れているようだった。
怪しまれずに済んだので、マリエッタは内心ホッとする。
先ほどから、チラチラと見られている。メルヴ・トゥリーを連れているからかと思っていたが、違った。皆、マリエッタを見ている。
周囲の人達は皆、仮装していた。素顔を晒しているのは、マリエッタだけ。
何か、仮面を買って付けたほうがいいのだろう。
マリエッタは急いで、近くの店で仮面を購入する。
たくさん種類があって迷ったが、グリージャに似た灰色の猫の仮面があった。それを選んで付ける。
猫の仮面を付けたら、注目されなくなった。ホッと胸をなで下ろす。
露天では、さまざまな品物が売られていた。
地方の伝統工芸品に、喋るぬいぐるみ、夜闇の中で光る小鳥、水晶魔石などなど。
食べ物も、多く売られていた。
特製のソースを付けて焼いた串焼き肉に、魚のすり身を丸めて揚げたもの、米粉を練って作った団子に蜜を垂らしたもの。
見て回るだけでも楽しい。
メルヴ・トゥリーと手を繋ぎ、会場を見て回る。
広場では、音楽隊が愉快な楽曲を演奏し、男女が手を取り合って踊っていた。
仮装しているので年齢などははっきりわからないものの、動きを見ているとどうやら年若い男女のようだ。
近くで、兎の仮面を被った女性と、猪の仮面を被った男の会話が聞こえた。
「なあ、俺達も踊ろうぜ」
「あの踊りは恋人達のダンスでしょう? お断りするわ」
「ちょっ!!」
曲によって、誰と踊るかというのが決まっているようだ。
断られた猪の仮面の男を内心気の毒に思っていると、視線が交わってしまった。
「あ、あんた――!」
「え?」
猪の仮面の男はずんずんと接近し、マリエッタの肩を掴む。
「さっき街の入り口にいた、仮面を被っていなかった女だろう?」
「そうだけれど」
肩に手は置いたまま、猪の仮面の男は話し続ける。
年齢は、二十歳前後だろうか。栗色の髪に、オリーブ色の瞳を持つ。
ディーに触れられたときはドキドキするばかりだったが、猪の仮面の男に触れられるとゾクゾクと寒気がする。居心地の悪さを覚えていた。
「すっごい美人だったから、注目を集めていたんだけれど、やっぱりわざとだったの?」
「な、何が?」
「ああやって、仮面を被らないでのこのこやってくるのは、男漁りにきている証なんだ」
男漁りと聞いて、いまいちピンとこなかった。
しばし考えた結果――とんでもなくはしたない行為だったと気づく。
肩にあった手を払おうとしたが、びくともしなかった。
「ダンス、一緒に踊ってやろうか?」
「い、いいわ。わたくし、そういうつもりで、来たのではないの」
「はは。今更上品ぶっても、遅いんだよ」
「な、何を――」
『ヤメテー!』
メルヴ・トゥリーが猪の仮面の男とマリエッタの間に割って入り、ぴょんぴょんと跳びはねている。
「邪魔なんだよ、ガキが!」
あろうことか、猪の仮面の男はメルヴ・トゥリーを足で追い払おうとした。
その瞬間、マリエッタの体が動く。
素早く猪の仮面の男の手を払いのけ、メルヴ・トゥリーを庇うように抱きしめた。
結果、蹴り上げた足はマリエッタの背中に届こうとしていたが――。
「何をしているのですか!」
衝撃は、届かなかい。雄々しい鷹獅子の仮面を被った青年が、猪の仮面の男の首根っこを引っ張っていたから。
猪の仮面の男を乱暴に払い除け、鷹獅子の仮面の青年はマリエッタに手を差し伸べる。
「お嬢さん、大丈夫ですか?」
声を聞いて、すぐに気づく。彼は、ディーだ。
マリエッタはこくりと頷き、手を取った。
「こちらへ」
「え!?」
人の注目が集まる中、鷹獅子の仮面の青年はメルヴ・トゥリーを抱き上げ、マリエッタを連れ出す。
「あ、あの――!」
引き留めようと声をかけたが、歩みは止まらない。
強引さはない。
手も、振り払おうと思えばできるだろう。
歩みも、そこまで早くはなかった。
触れた手が、熱い。
先ほどのように、悪寒が走ることもなかった。
路地を曲がり、どんどん人込みから遠ざかっていく。
警備の騎士がいる階段を上り始めた。いったい、どこに連れて行くのだろうか。
マリエッタはあとに続く。
階段を上った先にあったのは、街を見下ろす灯台だった。
大きな魔石が填め込まれており、魔物避けとして機能しているらしい。
見張りがいることから、人の立ち入りは禁じられているのだろう。
ここまで来られたのは、鷹獅子の仮面の青年が領主であるディーだからだ。
鷹獅子の仮面の青年は振り返り――仮面を外した。
済んだ青い瞳が、マリエッタを見つめる。
同じように、マリエッタも仮面を外した。
「すみません、マリエッタ。こんなところにまで連れ出して。静かなところが、ここしか思いつかなくて」
やはり、ディーはわかっていてマリエッタを助け、連れ出したようだ。
「その、ありがとう」
「いえ」
「どうして、わたくしだとわかったの? 声?」
「声が、聞こえたのです。こっちだ、と」
「声?」
「ええ。どこかで聞き覚えのある声でしたので。ああ、あなたの家にいる、猫妖精の声に似ていたかなと」
「そういえば、グリージャが祝福をかけてくれていたのを忘れていたわ」
グリージャがディーを導いてくれたようだ。
「目にした瞬間、あなただとすぐにわかりました。普通の女性とは違いますから」
「そ、そう?」
グリージャにどこからどう見ても箱入り娘だと言われたことを思い出す。
ディーにも、マリエッタは危うい存在として認識されているのだろう。
「ごめんなさい。騒ぎを起こすつもりはなくて」
「わかっています。向こうが、勝手に絡んできたのでしょう?」
「あ、えっと、私もあの男性を見ていたから、悪かったというか、なんと言うか……ごめんなさい」
はあ、と盛大なため息が返される。
ディーをひと目見るだけのつもりが、とんでもない事態を引き起こしてしまった。マリエッタは反省する。
「あなたを、謝肉祭に誘おうと思っていたんです」
「どうして、誘ってくださらなかったの?」
「あのように大勢の人がいますので、何かあったら大変だと思い、誘えなかったのです」
「そう、だったのね」
ディーの気遣いなんか知らずに、マリエッタは街で騒ぎを起こしてしまった。
いたたまれない空気になる。
領主であるディーの招待がないのに、参加すべきではなかったのだ。
「ご、ごめんなさい。お祭りの空気は十分楽しんだし、ディー様にも会えたから、もう帰るわ」
メルヴ・トゥリーに向かって差し出した手だったが、握りしめたのはディーだった。




