決意のマリエッタ
それから一か月もの間、ディーはやってこなかった。
寂しい気持ちがこみ上げていたものの、マリエッタはマリエッタで毎日やることがある。
ここ最近は、庭に薬草園を作るため、土壌作りやら、温室作りやらで忙しかった。
動物達や妖精達が困ったことがあると相談しにもくるので、森を駆け回る毎日である。
今日も、リス一族の木の実の配分について揉めているので、仲裁に来てほしいと頼まれた。
マリエッタは真剣に話すリス達の間に入り、時に意見し、時に喧嘩を仲裁しながら、問題解決へと導いた。
森野菜の栽培に、石鹸や化粧品などの美容品の作成、料理などなど、やることは山のようにあった。
最近は、服作りにも挑戦している。いつか、自分でデザインしたワンピースを作るのが夢だ。
バタバタしている中で、グリージャがマリエッタに物申す。
『ねえ、マリエッタ。最近、無理していますでしょう?』
「え? どうして?」
『無意識でしたの?』
「な、何が?」
メルヴ・トゥリーもマリエッタのもとにやってくる。心配そうに見上げ、自らの葉っぱを引きちぎると、差し出してきた。
『最近、チョット頑張リスギカモ?』
「ええっ、メルヴ・トゥリーから見ても、そう見えるの?」
『ウン』
グリージャに言われて、長椅子に腰を下ろす。ドッと、疲れに襲われた。
「え、何、この疲労感は?」
『あなた、朝から一回も休まずに、ばたばた走り回っているのよ。そういう生活を、ずーっと続けているの』
「そ、そうなんだ」
『また、他人事のように言って……』
一度座り込んだら、二度と立ち上がれないくらいの疲労感であった。マリエッタはメルヴ・トゥリーから貰った葉っぱを、そのまま囓る。
肉厚で、パリパリしていて、甘い。
「お、おいしい!」
『デショウ? マダ、食ベル?』
「いいえ、大丈夫。ありがとう」
疲労感はきれいさっぱり消えた。
しかしながら、どうしてここまで働いていたのか。マリエッタは小首を傾げる。
『あなたね、気づいていないようだから言わせてもらいますけれど、恋患いに罹っていますのよ』
「こ、恋患い!?」
『そう。あの騎士に会いたくて会いたくて、でも会えないから、仕事をして気を紛らわせるために、働いている、と』
「ええっ、そんな……!」
けれど、ふと手持ち無沙汰になったときに、マリエッタはディーについて考えてしまう。それが嫌で、常に動き回っているのだろう。
『たまには、あなたのほうから逢いに行ったらどう?』
「わたくしが、街に行ってディー様のもとへ? そんなの、怖いわ」
『どうして怖いの?』
「ディー様が魔女と関係を持っているって、街の人達が後ろ指をさすかもしれないし」
『そんなのを気にしていたら、何もできませんわ』
「いいの、それで。わたくしは、今の生活に満足しているから」
『本当に? 騎士がこのままやってこなくても、いいと思っていますの?』
「そ、それは……」
ディーに逢いたいという気持ちは、日に日に募っていたのだろう。
こうして話していると、途端に逢いたくなってくる。
「ど、どうしましょう!?」
『逢いにお行きなさいな。花びらで染めたワンピースでも着て』
「へ!?」
『作ったのでしょう? とっておきの一着を』
マリエッタは森で集めた花を使って、布を染めた。それを使って、一着のワンピースを仕立てたのだ。いつか、ディーに見せたいと思っていた姿である。
『魔女の恰好ではなく、ただのワンピース姿だったら、ただの街娘にしか見えないでしょうから』
「そ、そうかな?」
『ええ。胸を張って、逢いに行けばいいかと。ちょうど、年に一度の謝肉祭のシーズンですから、人混みに紛れることもできますでしょう』
別に、話さなくてもいい。ひと目、ディーの姿を目にしたら気持ちが治まるかもしれない。
マリエッタは街へ行く決意を固めた。
試着以外で初めて、ワンピースに袖を通す。
貴族の間でローブ・モンタントと呼ばれる、詰め襟で長袖の露出がないデザインである。街で流行っている袖がふんわり膨らんだ形は、魔女術の本に作り方など書かれていなかった。百年以上前に書かれた本なので、無理もないだろう。
せめてもと思い、襟や袖にフリルを施してみた。
魔女術を用いて化粧を施し、髪は高い位置でまとめてリボンで結ぶ。
ディーから貰った懐中時計はチェーンをボタンに繋いで、ポケットの中に忍ばせた。
スカートの裾を掴み、くるくる回っておかしなところがないか確認する。
ジルヴァラ国にいたときは、最新のドレスに髪型、化粧を侍女達が施してくれた。
それに比べたら、どこか野暮ったい印象である。けれども、マリエッタは以前よりも今の自分のほうが好きだった。
「うん、大丈夫!」
グリージャの勧めで、メルヴ・トゥリーに同行してもらうこととなった。
目立ってはいけないので、全身を覆う外套を着せておく。これは、畑仕事をするさいに泥だらけにならないよう、マリエッタが作った物である。
頭巾を被った姿は、三歳児くらいの男の子にしか見えなかった。
「じゃあ、メルヴ・トゥリー、行きましょう」
『ウン!』
転移魔法で街まで連れて行ってくれるというので、ありがたくお言葉に甘えた。
『マリエッタ、気を付けてくださいまし』
「グリージャ、ありがとう」
『知らない人に、ついていったらダメですからね』
「わかっているわ」
『騎士の知り合いだと言っても、信じないように』
「ええ。もちろんよ」
グリージャは訝しげな目で、マリエッタを見つめていた。きちんと返事をしているのに、怪しいと踏んでいるのだろう。
『メルヴ・トゥリー、マリエッタのこと、頼みますね』
『任セテ!』
「もう! グリージャは心配性なんだから!」
『あなたは箱入りだから、いとも簡単に誘拐されそうで、恐ろしいの』
「知らない人は信じないわ。それから、迷子にならないようにするし、落ちている物も食べない。約束する。これでいい?」
『はあ、心配』
「グリージャったら!」
マリエッタは手を差し出すように言われる。
「お小遣いでもくれるの?」
『違います。……わたくしが、あなたを守る力があれば、どこへだってついてゆくのですが』
グリージャは肉球をマリエッタの手のひらへと押しつける。魔法陣が浮かび上がり、ふんわりと光った。
「これは、祝福?」
『ええ。妖精族の祝福なんて、稀少ですからね』
「グリージャ、ありがとう!」
マリエッタはグリージャをぎゅっと抱きしめる。嫌がるかと思いきや、マリエッタの抱擁を大人しく受け入れてくれた。
『最後に、マリエッタ、お財布は持ちました?』
「え、お財布?」
『ええ。お店で買い物をするときには、お金が必要ですわよ』
「それくらい知っているわよ。ちなみにお財布は、持っていないわ」
『持って行きなさいな! もしかしたら、欲しい品があるかもしれないでしょう?』
「無理よ。わたくし、お金を持っていないもの」
『お金を、持っていない!?』
グリージャは開いた口が塞がらないような状態になっていた。
マリエッタはこれまで、自給自足の暮らしをしてきた。
食料は庭の畑で取れた森野菜をメインに、森の動物達やディーが持ってきた食料で日々の料理を賄っていたのだ。
『基本、自給自足で、動物達や騎士から貰った食料で暮らしていた、ですって? 童話に登場する魔女のほうが、まだ人間らしい暮らしをしているのでは?』
「そうかもしれないわね。わたくし、ずっと皆さんに甘えていました」
これからは、美容石鹸や化粧水を売って、商売しようか。なんて提案をすると、グリージャに止められる。
『止めておきなさい。あなた、商才はなさそうだから。どうしてもお金が必要なときは、騎士に品物を渡して、街で売ってきてもらうようにお願いなさい。絶対、あなたひとりでしたら、悪い商人に騙されてしまいますので』
「商売って、恐ろしい世界なのね」
『そうですわ。あなたみたいな世間知らずは、瞬く間に食い物にされてしまいます』
「わかったわ。商売には、手を出さない。もしかしたらディーは、二度とここにやってこないかもしれないけれど」
『何を弱気になっていますの? 見つけ次第、たまにはここにやってくるよう、しっかり言ってくださいませ』
「でも、迷惑かもしれないし」
『言うだけ無償ですわ』
「まあ、それもそうね。もしもディー様がいたら、言ってみるわ」
『約束ですわよ』
「ええ、約束するわ」
グリージャはマリエッタに少し待つように言う。
五分後、グリージャは口に小さなベルベットの袋を銜えて戻ってきた。
それを、足下に落とす。拾い上げた袋の中身には、硬貨が入っていた。
『お金を、貸してさしあげますわ』
「え、グリージャ、お金を持っていたの?」
『ええ。森で旅人が落としたお金を、何か役に立つと思って取っていましたの』
「そうだったんだ」
『謝肉祭で豪遊するくらいの金額は、入っていてよ』
「でも、悪いわ。グリージャが一生懸命集めたお金でしょう?」
『誰も、あげるとは申しておりません。貸すだけです。きっちり揃えて、返してくださいませ』
「そう。だったら、借りようかしら」
『ええ、ええ。遠慮なく、使ってくださいね』
「グリージャ、ありがとう」
今度こそ、出発する。手を振って、家を出た。
メルヴ・トゥリーの魔法で、街へと移動した。




