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嫌われ魔女と体が入れ替わったけれど、私は今日も元気に暮らしています!  作者: 江本マシメサ
第一部・四章 朝霧の魔女は、秘密を知る

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決意のマリエッタ

 それから一か月もの間、ディーはやってこなかった。

 寂しい気持ちがこみ上げていたものの、マリエッタはマリエッタで毎日やることがある。

 ここ最近は、庭に薬草園を作るため、土壌作りやら、温室作りやらで忙しかった。

 動物達や妖精達が困ったことがあると相談しにもくるので、森を駆け回る毎日である。

 今日も、リス一族の木の実の配分について揉めているので、仲裁に来てほしいと頼まれた。

 マリエッタは真剣に話すリス達の間に入り、時に意見し、時に喧嘩を仲裁しながら、問題解決へと導いた。


 森野菜の栽培に、石鹸や化粧品などの美容品の作成、料理などなど、やることは山のようにあった。

 最近は、服作りにも挑戦している。いつか、自分でデザインしたワンピースを作るのが夢だ。


 バタバタしている中で、グリージャがマリエッタに物申す。


『ねえ、マリエッタ。最近、無理していますでしょう?』

「え? どうして?」

『無意識でしたの?』

「な、何が?」


 メルヴ・トゥリーもマリエッタのもとにやってくる。心配そうに見上げ、自らの葉っぱを引きちぎると、差し出してきた。


『最近、チョット頑張リスギカモ?』

「ええっ、メルヴ・トゥリーから見ても、そう見えるの?」

『ウン』


 グリージャに言われて、長椅子に腰を下ろす。ドッと、疲れに襲われた。


「え、何、この疲労感は?」

『あなた、朝から一回も休まずに、ばたばた走り回っているのよ。そういう生活を、ずーっと続けているの』

「そ、そうなんだ」

『また、他人事のように言って……』


 一度座り込んだら、二度と立ち上がれないくらいの疲労感であった。マリエッタはメルヴ・トゥリーから貰った葉っぱを、そのまま囓る。

 肉厚で、パリパリしていて、甘い。


「お、おいしい!」

『デショウ? マダ、食ベル?』

「いいえ、大丈夫。ありがとう」


 疲労感はきれいさっぱり消えた。

 しかしながら、どうしてここまで働いていたのか。マリエッタは小首を傾げる。


『あなたね、気づいていないようだから言わせてもらいますけれど、恋患こいわずらいにかかっていますのよ』

「こ、恋患い!?」

『そう。あの騎士に会いたくて会いたくて、でも会えないから、仕事をして気を紛らわせるために、働いている、と』

「ええっ、そんな……!」


 けれど、ふと手持ち無沙汰になったときに、マリエッタはディーについて考えてしまう。それが嫌で、常に動き回っているのだろう。


『たまには、あなたのほうから逢いに行ったらどう?』

「わたくしが、街に行ってディー様のもとへ? そんなの、怖いわ」

『どうして怖いの?』

「ディー様が魔女と関係を持っているって、街の人達が後ろ指をさすかもしれないし」

『そんなのを気にしていたら、何もできませんわ』

「いいの、それで。わたくしは、今の生活に満足しているから」

『本当に? 騎士がこのままやってこなくても、いいと思っていますの?』

「そ、それは……」


 ディーに逢いたいという気持ちは、日に日に募っていたのだろう。

 こうして話していると、途端に逢いたくなってくる。


「ど、どうしましょう!?」

『逢いにお行きなさいな。花びらで染めたワンピースでも着て』

「へ!?」

『作ったのでしょう? とっておきの一着を』


 マリエッタは森で集めた花を使って、布を染めた。それを使って、一着のワンピースを仕立てたのだ。いつか、ディーに見せたいと思っていた姿である。


『魔女の恰好ではなく、ただのワンピース姿だったら、ただの街娘にしか見えないでしょうから』

「そ、そうかな?」

『ええ。胸を張って、逢いに行けばいいかと。ちょうど、年に一度の謝肉祭カルナヴァルのシーズンですから、人混みに紛れることもできますでしょう』


 別に、話さなくてもいい。ひと目、ディーの姿を目にしたら気持ちが治まるかもしれない。

 マリエッタは街へ行く決意を固めた。


 試着以外で初めて、ワンピースに袖を通す。

 貴族の間でローブ・モンタントと呼ばれる、詰め襟で長袖の露出がないデザインである。街で流行っている袖がふんわり膨らんだ形は、魔女術の本に作り方など書かれていなかった。百年以上前に書かれた本なので、無理もないだろう。

 せめてもと思い、襟や袖にフリルを施してみた。

 魔女術を用いて化粧を施し、髪は高い位置でまとめてリボンで結ぶ。

 ディーから貰った懐中時計はチェーンをボタンに繋いで、ポケットの中に忍ばせた。

  スカートの裾を掴み、くるくる回っておかしなところがないか確認する。

 ジルヴァラ国にいたときは、最新のドレスに髪型、化粧を侍女達が施してくれた。

 それに比べたら、どこか野暮ったい印象である。けれども、マリエッタは以前よりも今の自分のほうが好きだった。


「うん、大丈夫!」


 グリージャの勧めで、メルヴ・トゥリーに同行してもらうこととなった。

 目立ってはいけないので、全身を覆う外套を着せておく。これは、畑仕事をするさいに泥だらけにならないよう、マリエッタが作った物である。

 頭巾を被った姿は、三歳児くらいの男の子にしか見えなかった。


「じゃあ、メルヴ・トゥリー、行きましょう」

『ウン!』


 転移魔法で街まで連れて行ってくれるというので、ありがたくお言葉に甘えた。


『マリエッタ、気を付けてくださいまし』

「グリージャ、ありがとう」

『知らない人に、ついていったらダメですからね』

「わかっているわ」

『騎士の知り合いだと言っても、信じないように』

「ええ。もちろんよ」


 グリージャは訝しげな目で、マリエッタを見つめていた。きちんと返事をしているのに、怪しいと踏んでいるのだろう。


『メルヴ・トゥリー、マリエッタのこと、頼みますね』

『任セテ!』

「もう! グリージャは心配性なんだから!」

『あなたは箱入りだから、いとも簡単に誘拐されそうで、恐ろしいの』

「知らない人は信じないわ。それから、迷子にならないようにするし、落ちている物も食べない。約束する。これでいい?」

『はあ、心配』

「グリージャったら!」


 マリエッタは手を差し出すように言われる。


「お小遣いでもくれるの?」

『違います。……わたくしが、あなたを守る力があれば、どこへだってついてゆくのですが』


 グリージャは肉球をマリエッタの手のひらへと押しつける。魔法陣が浮かび上がり、ふんわりと光った。


「これは、祝福?」

『ええ。妖精族の祝福なんて、稀少ですからね』

「グリージャ、ありがとう!」


 マリエッタはグリージャをぎゅっと抱きしめる。嫌がるかと思いきや、マリエッタの抱擁を大人しく受け入れてくれた。


『最後に、マリエッタ、お財布は持ちました?』

「え、お財布?」

『ええ。お店で買い物をするときには、お金が必要ですわよ』

「それくらい知っているわよ。ちなみにお財布は、持っていないわ」

『持って行きなさいな! もしかしたら、欲しい品があるかもしれないでしょう?』

「無理よ。わたくし、お金を持っていないもの」

『お金を、持っていない!?』


 グリージャは開いた口が塞がらないような状態になっていた。

 マリエッタはこれまで、自給自足の暮らしをしてきた。

 食料は庭の畑で取れた森野菜をメインに、森の動物達やディーが持ってきた食料で日々の料理を賄っていたのだ。


『基本、自給自足で、動物達や騎士から貰った食料で暮らしていた、ですって? 童話に登場する魔女のほうが、まだ人間らしい暮らしをしているのでは?』  

「そうかもしれないわね。わたくし、ずっと皆さんに甘えていました」


 これからは、美容石鹸や化粧水を売って、商売しようか。なんて提案をすると、グリージャに止められる。


『止めておきなさい。あなた、商才はなさそうだから。どうしてもお金が必要なときは、騎士に品物を渡して、街で売ってきてもらうようにお願いなさい。絶対、あなたひとりでしたら、悪い商人に騙されてしまいますので』

「商売って、恐ろしい世界なのね」

『そうですわ。あなたみたいな世間知らずは、瞬く間に食い物にされてしまいます』

「わかったわ。商売には、手を出さない。もしかしたらディーは、二度とここにやってこないかもしれないけれど」

『何を弱気になっていますの? 見つけ次第、たまにはここにやってくるよう、しっかり言ってくださいませ』

「でも、迷惑かもしれないし」

『言うだけ無償ただですわ』

「まあ、それもそうね。もしもディー様がいたら、言ってみるわ」

『約束ですわよ』

「ええ、約束するわ」


 グリージャはマリエッタに少し待つように言う。

 五分後、グリージャは口に小さなベルベットの袋を銜えて戻ってきた。


 それを、足下に落とす。拾い上げた袋の中身には、硬貨が入っていた。


『お金を、貸してさしあげますわ』

「え、グリージャ、お金を持っていたの?」

『ええ。森で旅人が落としたお金を、何か役に立つと思って取っていましたの』

「そうだったんだ」

『謝肉祭で豪遊するくらいの金額は、入っていてよ』

「でも、悪いわ。グリージャが一生懸命集めたお金でしょう?」

『誰も、あげるとは申しておりません。貸すだけです。きっちり揃えて、返してくださいませ』

「そう。だったら、借りようかしら」

『ええ、ええ。遠慮なく、使ってくださいね』

「グリージャ、ありがとう」


 今度こそ、出発する。手を振って、家を出た。

 メルヴ・トゥリーの魔法で、街へと移動した。

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