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嫌われ魔女と体が入れ替わったけれど、私は今日も元気に暮らしています!  作者: 江本マシメサ
第一部・三章 朝霧の魔女は、奮闘する!

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ディーの過去

 ディーは薬草茶を飲みつつ、静かに話し始める。


「私は、父の愛人の子どもなんです。妙に義理堅い父は、私を兄と分け隔てなく育てました」


 それが、悲劇の始まりだったという。


「私は何をするにも、兄より上手くできてしまったのです」


 勉強も、剣の稽古も、社交だって、ディーの能力がずば抜けて高かった。

 そのうち、ディーのほうが後継者として相応しいのではと、囁かれるようになる。


「当然、兄は面白くありません」


 むしゃくしゃしたのだろう。兄は使用人や友人、知人にディーの母親が卑しい者で、同じ気質を息子である弟も引き継いでいると触れ回る。その結果、ディーと母親は孤立してしまった。


「驚くべきことに、周囲にいた者達はよい話よりも、悪い話を聞きたがり、あっさり信じてしまうのです」


 ディーが正妻でも、妾でもないのは紛れもない真実。

 けれども、さほど気にしてはいなかった。母親が殺されるまでは。


「母を手にかけたのは、兄の一派でしょう。私も、何度か殺されそうになりました」

「まさか、ディー様の寝台に、毒蛇を仕込んだのも?」

「ええ、兄が命じたものかと」

「そんな……!」

「兄は私が、跡継ぎの座を狙っていると、勘違いしているのでしょう。私は、そんなものなど興味がないと言っているのに」


 ディーを担ぎ上げようとする者達がいるのが、よくないのだろう。彼らにいくら言っても、聞く耳はもたなかったという。


「もう、家にいないほうがいい。そう思い、出奔しゅっぽんしようと考えていましたが、父に気づかれてしまいまして」


 父親はディーに、領地と騎士の位を授けた。

 引き継いだ土地が、ここ、ヴァルク・リオン家の領地〝クリスタリザーシー〟というわけである。


「もしかして、ディー様は領主様なの!?」

「ええ」

「そんな、まさか!」

「気づいているものだと思っていましたが」

「ぜんぜん! まったく! あ、でも、ディー様のことを、街の人達はディディエ様、と呼んでいらしたわ」

「はい。私の名は、ディディエ・ヴァルク・リオンです」


 ディーというのは、幼少期の渾名あだなだったという。


「どうして、渾名を名乗ったの?」

「領主としての立場であれば、今すぐあなたを殺さなければいけませんでした。しかしながら、マリエッタ、あなたは悪い魔女には見えない。だから、私個人の目で、あなたが悪しき者か、善き者か調べようと思ったのです」

「そうだったのね」


 領地を危機に陥れた、悪しき夜霧の森の魔女。

 彼女は一度だけ、ディーの夢の中に現れたという。


「彼女は私に復讐をしないかと、契約を持ちかけました」


 領地の霧は晴らしてやる。その代わりに、憎むべき者の命を捧げよ、と。


「私は、兄を殺したいほど憎んでいるわけではありません。だから、契約を断り、夜霧の森の魔女を殺すと宣言しました」


 夜霧の森の魔女を手に掛けるつもりで、ディーはやってきた。

 それなのに、家から飛び出してきた魔女は別人のように天真爛漫だった。


「人をリスと間違うお人好しが、人に復讐しろと囁く魔女なわけがない。そう、思っていました。マリエッタ、あなたは、この地に霧をもたらした悪しき魔女ではありません」

「わ、わたくしは――」


 夜霧の森の魔女の体を乗っ取った、雪深いスニューウの王女マリエッタである。

 彼女の罪までも、自分のものにしようと引き受けた。

 それなのに、ディーはマリエッタの罪ではないと言う。


「あなたは、どこの誰なのですか? そして、夜霧の森の魔女は、どこにいるのです?」

「わたくしは――いいえ。わたくしが、夜霧の森の魔女だった、のよ」

「違います。私は、覚えていますから。夜霧の森の魔女の顔や、声を。額に、火傷の痕がありました。目は、野良猫のように鋭くて、声は低かった」


 そもそも、最初から違和感があったという。


「あなたの振る舞いや仕草は、上流階級の娘そのものでした。とても、礼儀を習っていない魔女のものとは思えなかった――」


 そこから、ディーは引っかかっていたという。


「あなたは、名家の生まれではないのですか? それも、家族から愛され、大事にされて育った娘のように思えてならない」


 眦から、涙が滲む。

 確かに、マリエッタはジルヴァラ国に行くまで、周囲の者達から愛されてきた。ディーの孤独を思うと、なんだか泣けてくる。


 ディーは立ち上がり、マリエッタの目の前に膝を突く。

 顔を覗き込まれるのではと思ったが、ディーはそれ以上動こうとしない。


「マリエッタ、顔を、見せてください。あなたはきっと、夜霧の森の魔女ではないのでしょう?」


 ふるふると、首を横に振った。

 マリエッタは夜霧の森の魔女として、ここにいる。だから、マリエッタ自身を、見透かされてはいけないのだ。


 ディーはマリエッタに、手を差し伸べた。

 もう、自分を偽る必要はない。助けてあげよう。なんて、言っているように聞こえてしまった。

 そんな都合のいい話なんて、あるわけがないのに。

 マリエッタはディーの手を、拒絶しようとした。

 その瞬間、窓から強い風が流れ込む。

 マリエッタが深く被っていた頭巾が、外れてしまった。


「あ――!」


 風のせいで、素顔を晒してしまった。マリエッタは恥ずかしくなり、すぐに頭巾を被り直そうとする。

 しかし、その手をディーに阻まれてしまった。


「やはり、あなたは夜霧の森の魔女ではなかった」

「いいえ、わたくしは夜霧の森の魔女よ。火傷の痕も、化粧の下にあるの」

「そうだとしても、マリエッタ、あなたはあなたです。夜霧の森の魔女とは、まったくの別人だ」


 堪えていた涙が、ポロリと零れた。

 ディーは、夜霧の森の魔女の体に宿るマリエッタに、気づいてくれた。

 こんな奇跡など、ないだろう。


 ディーはマリエッタの体を引き寄せ、ぎゅっと抱きしめる。

 彼の温もりを感じていると、ますます泣けてきた。

 マリエッタはずっと、ディーにこうしてほしかったのだ。

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