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嫌われ魔女と体が入れ替わったけれど、私は今日も元気に暮らしています!  作者: 江本マシメサ
第一部・三章 朝霧の魔女は、奮闘する!

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パーティーを開こう!

 まず、マリエッタは肌にいい石鹸を作ることにした。

 これまで使っていたのは、夜霧の魔女が使っていた石鹸。おそらく、安物を買っていたのだろう。ほとんど泡立たない粗悪品だった。

 魔女オススメの石鹸は、オリーブの実を搾った油から作った石鹸。

 匂いは少々独特だが、保湿力に優れ、顔や体だけでなく髪も美しくしてくれるのだという。

 ちょうど、森にはオリーブの実が自生していた。

 リスの兄弟妹の手を借りて採り、家に持ち帰る。


 オリーブの実から油を絞るのは、魔法で行ったら一瞬だ。

 マリエッタは自分で絞ってみようと思い、挑戦する。

 まずオリーブの実をきれいに洗い、虫食いや腐っているものは取り除く。その後、桶の中でめん棒を使って潰していく。なかなか堅く、大変な作業だった。

 若干後悔しかけたものの、なんとか頑張る。


 水分でじゅくじゅくになった実を煮沸消毒しゃふつしょうどくした布でし、しっかり絞る。

 その後、分離するので、オイルのみを掬い取り、さらに漉す。

 残ったものが、オリーブオイルである。

 これを主な材料として、オリーブ石鹸を作るのだ。


 石鹸作りは、魔女術を用いて作る。

 危険な薬品を使うので、石鹸作りの素人であるマリエッタにも安心である。

 材料はオリーブオイルに苛性かせい曹達ソーダ、精製水、オリーブオイル。


 この材料の中で危険なのは、苛性曹達という薬品。触れると皮膚がただれ、目に入ると失明の可能性がある。誤って口にすると、口腔や喉、食道や胃が炎症を起こすという。

 そんな危険な薬品であるものの、石鹸作りに使われているようだ。

 他にも苛性ソーダはラオゲン液という、パンに褐色の色合いと風味を出すものとして使われている。もちろん、そのまま使うわけではなく、希釈してからパン生地に浸すらしい。ちなみに、加熱することによって、劇薬としての効果はなくなるという。

 マリエッタは文献を読んだだけでも、苛性ソーダを使うのが恐ろしくなっていた。魔女術のおかげで、安全に作れる。ひたすら感謝しかないと、マリエッタは思っていた。


 魔法陣を描き、材料を上に並べていく。そして、呪文を唱えた。


「――泡立つ塊となれ、石鹸ゼープ!」


 材料が、ひとりでに動き始める。

 耐熱ボウルに精製水を入れ、そこに苛性曹達をゆっくり、ゆっくりと加えた。

 精製水の中に苛性曹達。手順はこれで正解のようだが、この方法だと飛沫が上がって危ない。そのため、逆の順番で入れるように書いてある本もあらしい。

 魔女術で作る石鹸は、人の手で作るわけではない。そのため、正しい方法で作る。

  しっかり混ぜた精製水と苛性曹達を冷ましたあと、同じ温度にしたオリーブオイルに混ぜていく。そこから、三十分くらい泡立て器で混ぜ続ける。

 もったりしてきた生地を、細長いパウンドケーキの型に流し込む。魔法の力ですぐに固まると、型から取り出す。

 石鹸はそのままの状態では使えない。通常、一か月ほど熟成させる必要があるのだ。

 魔女の石鹸は、熟成も魔法で行う。


「――ふかまれ、熟成エージング!」


 熟成状態になったら、魔女石鹸の完成だ。

 使いやすいよう、カットしておく。

 オリーブカラーの、美しい色合いの石鹸が仕上がった。マリエッタは思わず頬ずりしてしまう。

 これで、肌や髪もきれいになるだろう。あとは、マリエッタの努力次第だ。


 ◇◇◇


 先日メルヴ・トゥリーと植えた森野菜は、大雨にも負けずに立派に成長していた。

 森の仲間達やディーを招いて、収穫祭をする。

 マリエッタは昨日から、大忙しだった。

 猫の手も借りたいくらいバタバタしていたので、グリージャにも手伝ってもらう。

 森野菜を収穫し、井戸水で泥を落とし、種類ごとにカゴに詰める。

 動物達用の森野菜は、生のまま。

 ディーに出すものは、調理する。

 まず、茎ニンジンを使ってケーキを作った。

 細かく刻んだ茎ニンジンを乳鉢で擂り、ケーキの生地に混ぜて焼くのだ。

 鮮やかな、橙色のケーキが焼き上がる。

 茎ニンジンは驚くほど甘いので、砂糖不使用だ。グリージャと共に味見をしてみたが、おいしく仕上がっていた。

 他に、野菜スープや、野菜のテリーヌも仕込んでおいた。


 収穫祭は庭で行うが、もしかしたら家の中で休むかもしれない。いつもより丁寧に、掃除を行った。


 当日も、朝から料理を作る。

 森野菜の大盛りサラダに、甘露タマネギのグラタン、小玉ジャガイモのパイ、花トマトのカプレーゼなどなど。種類が多いので、魔女術を使いつつの調理となった。


 食堂にある食卓を、メルヴ・トゥリーと一緒に外に出し、テーブルクロスをかける。そこに、料理を並べていくのだ。

 動物用の野菜も皿に載せ、ふかふかとした芝の上に置いておく。


「これでよしっと!」


 様子を見にきたグリージャが、マリエッタに一言物申す。


『ねえ、あなたの身なりが整っていないのではありませんか?』

「わ、わたくし? 別に、今のままでも問題ないけれど」


 いつもの魔女装である。どこかおかしいのか、グリージャに聞いてみたら怒られてしまった。


『いや、あなた、ここ最近ずっと、美容に力を入れていたでしょう? きれいにお化粧をして、華やかな服を着てから、収穫祭に挑むべきでは?』

「そ、それはそうだけれど、なんだか恥ずかしくなってしまって」


 それに、華やかな服なんてない。

 美容については、効果は格段にあったように思える。

 オリーブ石鹸で洗った肌はすべすべ、ぴかぴか。

 髪も艶がでて、サラサラである。

 以前のマリエッタと変わらない状態になっていた。

 けれどもずっと顔を隠し続けていたので、今更さらけ出すことに羞恥心を覚えてしまったのだ。


『あなた、呆れるくらい奥手ですのね』

「だって、誰かに恋するなんて、初めてなんですもの」

『恋、ねえ。そういえば、マリエッタ。あなたは、あの騎士とどうなりたいと考えていますの?』

「どうなりたい、というのは?」

『関係性についてですわ』

「関係性!?」


 グリージャの質問に、マリエッタは目を見開く。

 そういうことは、いっさい考えていなかったのだ。


『考えていない、ですって?』

「ええ」

『では、あの騎士が好きで、一緒にいるだけで幸せ、としか思っていませんでしたの?』

「そうだけれど」


 グリージャは呆れるあまりか、白目を剥いてしまった。戻ってきてくれと、体を揺する。


『ハッ! あまりの初心さに、気を失ってしまいましたわ!』

「そんなことで気を失うなんて……」

『別に、おかしなことではないかと』


 ディーとの将来なんて、マリエッタはまったく考えていなかった。

 相手は立派な騎士である。一方で、マリエッタは森の奥地で暮らす魔女だ。

 ふたりの関係を繋ぐ縁は、これっぽっちもない。


「だから、うーん、なんて言ったらいいのかしら? わたくしの身分では、人目があるところでディー様と一緒にいることすら、許されていないと思うわ」

『どうしてですの?』

「ああいう上流階級生まれの方は、身分がすべてなの」


 結婚相手だけでなく、友人や知人でさえ、つり合う家柄同士でないといけない。

 格下相手との付き合いは、あってはならないというのが社交界の鉄の掟だ。


『だったら、あの騎士はどうして、マリエッタのもとへ遊びに来ていますの?』

「上流階級の方の中には、魔女と契約して、付き合いを持つ人もいるという話よ」


 魔女は普通の魔法使いが知り得ない知識を持っている。

 たとえば気のない相手を惚れさせたり、髪の毛が生える妙薬を作れたり。

 大金と引き換えに、願いを叶えてもらうのだ。


『ふうん。マリエッタはあの騎士から、女性から言い寄られる薬が欲しいと言われたら、作りますのね?』

「それは、作ろうと思えば作れるけれど、とても複雑だわ」

『そこは、正直ですのね』


 マリエッタはポツリと呟く。ディーとの関係を望んだとしても、よくて愛人だ。

 月に一度ここを訪れたディーに、愛してもらう。

 それも、考えようによってはロマンチックだ。

 けれども、一夫一妻という夫婦のありようを幼少時から叩き込まれたマリエッタにとって、家に帰ったら本妻がいるという状況を考えると、悪事に荷担している気になってしまう。


「愛人は、嫌だわ」

『でしたら、本妻を狙ったらいかが?』

「それは無理よ。ディー様が社交界で、後ろ指をさされるのは申し訳ないもの。というか、まだディー様のお気持ちを聞いていないのに、いろいろ想像するのは図々しい話だわ」

『お気持ちって、あなたね。なんとも思っていない女のところに、長い時間をかけて逢いにくるわけがないでしょうが!』

「そうなのかしら?」

『間違いありません! ここ一か月分のデザートを賭けてもいいかと』

「いや、デザート作るの、わたくしなんだけれど」


 とにかく、今日は収穫祭に集中したい。顔をさらすのは別の機会にしよう。そんな決意をグリージャに語った。


『だったらせめて、新しい服になさいな。黒くてよくわからないけれど、野菜のソースやドレッシングが飛び散っていますわよ』

「あら、本当! 着替えなきゃ」


 収穫祭は昼過ぎから。まだまだ時間はある。

 マリエッタは部屋に戻って、身なりを整えた。


 外套とワンピースを脱ぎ、クローゼットの中を覗き込む。

 同じような、黒い外套と灰色のワンピースばかりであった。

 春の日差しのようなクロームイエローのドレスなんて、あるわけがない。


 だったらせめて、化粧くらいはしてみようか。

 魔女術を用いて、化粧を施した。

 髪はいつもおさげにするばかりだったが、今日は結い上げよう。これも、魔女術を使う。

 櫛を魔法で操り、呪文を唱える。

 腰まである長い髪は丁寧に編み込まれ、後頭部でくるりとまとめる。仕上げに、リネンの端で作ったリボンが結ばれた。夜会に参加できそうなくらいの優雅なアップスタイルである。

 化粧や髪型は完璧な淑女そのものなのに、合わせるのは灰色のワンピースと黒い外套。 華やかなワンピースの一着でも、買っていればよかった。


「まあ、買いに行くお金も場所もないのだけれど」


 マリエッタは自由な魔女の体を得た。それ以上の物を望むのは、贅沢なのだろう。そう、自らに言い聞かせる。


 外から、グリージャの声が聞こえた。収穫祭に招待した動物達がぞくぞくとやってきているらしい。


『マリエッタ、早くいらっしゃい』

「今、行くわ!」


 多くを望んではいけない。今の暮らしは、とても幸せだ。

 マリエッタはかぶりを振り、気持ちを入れ替える。

 いつものように、外套の頭巾を深く被って外に出た。

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