美しく粧う
ディーの姿が見えなくなったあと、マリエッタは大慌てでグリージャのもとに報告に行った。
「グリージャ、大変!」
『なんですの? どうせ、しようもないことでしょうけれど、聞いて差し上げますわ』
マリエッタは胸を押さえ、高鳴りが落ち着くのを待った。けれど、いっこうに治まりそうにない。仕方がないので、ドキドキしたまま話し始める。
「わ、わたくし、どうやら、ディー様のことが大好きみたいなの! これって、恋よね?」
『あなたが恋と思うのならば、恋なのでは?』
「ああっ!」
マリエッタは長椅子に倒れ込む。
ドキドキして、胸が苦しくって、時に楽しく、時に辛くなる。これが、恋。
魔法書のどこにも、書いていなかった。初めての感情だ。
「ディー様は、わたくしのこと、どう思っているのかしら?」
『正体不明の魔女ではなくて?』
「正体不明?」
『だってあなた、いつも顔を頭巾で隠しているでしょう?』
「あ、そう、だったわ」
頭巾で顔を隠しているのが当たり前すぎて、すっかり体の一部のようになっていたのだろう。
ディーは監視に来たのではなく、マリエッタに会いにきたと言っていた。
このまま彼と交流を続けるのであれば、顔を隠したままというのは失礼になるだろう。
いつか目と目を見て、話をしたい。
顔を見せても、いいだろうか?
マリエッタは立ち上がり、鏡がある洗面所を目指した。
頭巾を取ると、額に火傷の痕がある女性が鏡に映る。
そっと、火傷の痕に触れた。
彼女はいったいどうして、このような傷を負ったのか。わからない。
家にある鏡という鏡を隠していたくらいなので、受け入れがたいものであるのは確実だろう。
改めて、マリエッタと夜霧の森の魔女はそっくりだ。
火傷の痕がなければ、そのままのマリエッタだろう。
これまで、他人の体を乗っ取っているという後ろめたい気持ちから、顔を頭巾で隠してきた。
けれども、この火傷の痕がなければ、本来のマリエッタの姿となる。
化粧をした状態であれば、ディーの前に顔をさらしてもいいのではないか。
「そうだわ! もともとのわたくしであれば、顔を見せても問題はないはず!」
これまで、自分のために時間を使うのは後回しにしていた。
それよりも、〝嫌われ者の、夜霧の森の魔女〟として、街の人達に対して何かをしたいと考えていたからだ。
その働きは十分とは言えないが、少しくらい美容に時間をかけることは許されるだろう。
思い立ったマリエッタの行動は早かった。
もちろん、化粧品なんて魔女の家にはない。作るしかないのだ。
まず、肌を美しく見せる白粉は、顔料と水分、油分から作られている。
その昔、水銀や鉛など、毒性のある素材が化粧品に使われていた。猛毒であるヒ素ですら、美白液として浸透していた時代があったようで、マリエッタは恐ろしく思っている。
魔女術を用いて作られる化粧品は、鉱物が持つ毒素を取り除くので、安全とされていた。
とっておきの製法で作られた化粧品を、魔女達は貴族女性に売らずに美しさの秘密を独占していた期間もあったらしい。
金に目が眩んだ魔女が魔女術の秘密を暴露し、現代では魔女だけの魔法というわけではなくなっている。
そんなわけで、マリエッタも魔女術を用いた化粧品の作り方を知っているというわけだ。
化粧に必要な素材を、リストアップしていく。
「必要なのは、絹雲母という鉱物。それから、乾燥粘土、粉末真珠に、天然色素、亜鉛白、銀白色などなど」
これらの素材は、振り子魔法で探す。
必要なのは、円錐体にカットした魔石と銀のチェーン。これらを組み合わせ、呪文を唱えながら歩く。探している品物があれば、魔石が反応しくるくる回るのだ。
銀のチェーンは夜霧の魔女の、所持品の中にあった。魔石は、魔法を付与させたナイフでカットする。
銀のチェーンと魔石を繋げたら、完成である。
マリエッタはさっそく、化粧の材料を求めて森へ出かけた。
一歩外に出たところで、リスの兄弟妹に出会う。
『おう、マリエッタじゃないか!』
『こんにちはー!』
『いいお天気だね』
「そうね」
『何しにいくんだ?』
これから絹雲母を探しに行くと言ったら、思いがけない情報を提供してくれた。
『絹雲母だったら、この近くの岩場にあるぜ』
「え、そうなの!?」
『ああ。細かく砕いて、家の塗料にしているんだ』
「そういえば、白くてきれいな家だったね。あれ、絹雲母から作った塗料だったんだ」
マリエッタは何度か、リスの兄弟妹の家に招待され、遊びに行ったことがある。
ドーム状の、可愛らしい家に棲んでいるのだ。
リスサイズなので中には入れなかったが、部屋には小さな寝台や食卓があった。
リスの兄弟妹の案内で、絹雲母があるという岩場に連れて行ってもらった。
『ここだ。魔法を使って確認してみろよ』
「ええ、ありがとう」
振り子魔法を展開すると、チェーンの先端にぶら下がった魔石がぐるぐる回った。
「本当だ。ここに、絹雲母があるんだ」
『採ってやろう』
リスの兄弟妹が、岩場に囓りつく。丈夫な前歯で、カリコリと岩を砕いた。
岩の中から、真っ白い石が出てくる。これが、絹雲母らしい。
拳大の絹雲母を三つ、採ってくれた。
『これだけで足りるか?』
「ええ、ありがとう!」
ここで、リスの兄弟妹と別れる。
「えーっと、他の材料は」
材料が書かれた紙を見ていたら、鹿の父子がやってきた。
『朝霧の魔女様だ!』
『お久しぶりです』
「お久しぶりね」
一か月ほど前、鹿の子の角が折れ、治療してあげたのだ。以降、すれ違うたびに挨拶をしてくれる。
『何かお困りですかな?』
「化粧品の材料を探しているの。残りは、乾燥粘土、粉末真珠に、天然色素、亜鉛白、銀白色……かな」
『銀白色でしたら、存じております。案内しましょう』
「本当に? ありがとう! 助かるわ」
このような状況が続き、マリエッタは森の動物達の協力で化粧品の材料を得ることができた。
素材を魔法陣の上に集め、呪文を唱える。
「――数あるものよ一つとなれ、結合」
魔法陣が強く発光し、素材が分解され、化粧品となる。
あっという間に、白粉が完成となった。
「できたわ……!」
だが、これだけで化粧はできない。化粧水や、下地、頬紅や口紅なども必要となる。
どれも、森に材料があるはずだ。
「もう少しだけ、頑張りましょう!」
三日間を費やし、マリエッタはついに化粧品を完成させた。
化粧に必要なブラシは、動物達が分けてくれた毛で作った。
世界にふたつとない、森の天然素材で作った化粧道具である。
マリエッタは鏡の前で深呼吸する。
久しぶりに、化粧を施すのだ。もちろん、魔女術を使う。
ドキドキと高鳴る胸は落ち着きそうにない。仕方がないので、このままの状態で化粧を始める。
震える声で、呪文を唱えた。
「――美しく飾れ、化粧!」
化粧品が、ガタガタと動き始める。
まず化粧水の蓋が開き、小さな水滴となって肌に着地する。小雨が降るように降り注ぎ、肌に浸透していった。
顔だけでなく、首筋から胸元辺りまで塗るらしい。そういえば、侍女達もそうしていたなと思い出す。きっと、顔だけ化粧をしても、首から下が違う色合いだったら違和感となるのだろう。
続いて、美容液が塗布される。アプリコットと月光草を配合した、とっておきのひと品だ。こちらは、化粧水に比べて少なめに。薄く塗られていく。
あっという間に肌がぷるぷるになった。その状態を保つために、乳液で覆う。
乾燥しやすい口元には、蜜蝋クリームを塗り込んだ。
美肌術が終わったら、次は化粧の下地を施す。
日焼け止めを塗り、上から下地を薄く重ねていく。偏りがでないよう、丁寧に丁寧に施した。
火傷の痕には、隠し下地を刷毛で被せていく。
ここで、白粉の登場だ。
白山羊の毛で作ったブラシで、とんとんと丁寧にはたいていった。
頬紅、口紅を塗ったあと、状態保持の魔法がかけられる。
あっという間に、化粧が完成となった。
マリエッタはドキドキしつつ、再度鏡を覗き込む。
「まあ、わたくしだわ!!」
鏡には、体が入れ替わる前のマリエッタの姿が映っていた。思わず、久しぶりだと声をかけてしまった。
やはり、夜霧の森の魔女とマリエッタは驚くほどそっくりだった。
火傷の痕も、化粧でわからなくなっている。ホッと胸をなで下ろした。
ただ、完全に元通りというわけではない。
パサパサの髪に、あかぎれだらけの手――まだまだ、治すべきところがあった。
けれども、魔女術を使ったら、元通りになるだろう。
食生活や家事は、魔女術に頼らない生活をしている。
美容のみ、少しの間だけ使わせてもらおう。マリエッタはそんなふうに考えていた。




