表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嫌われ魔女と体が入れ替わったけれど、私は今日も元気に暮らしています!  作者: 江本マシメサ
第一部・一章 雪の国の王女は悪しき魔女となりて

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/39

召喚の儀式

 王太子ユウェルと婚約してから、早くも八年経った。

 マリエッタは十七歳になる。

 日の出前に侍女に起こされ、湯浴みの時間を迎える。

 髪は丁寧に梳られ、体はフワフワに泡立てた石鹸で磨かれた。

 暖炉の前で、丁寧に髪を乾かす。

 マリエッタの腰まであるミルクティー色の髪は、焼きごてを当てずとも美しく巻き上がっている。侍女は、妖精に愛されし髪だと絶賛していた。

 白い肌はなめらかで、高級な磁器のよう。

 ぱっちり開いた瞳は、新緑色に輝いている。

 唇はさくらんぼのように艶やか。

 手足はすらりと長く、立ち姿は愛らしいの一言。

 マリエッタは美しい。

 それなのに、王太子ユウェルは婚約式以来、一度も彼女に会いにきていなかった。

 手紙のひとつも、寄越しはしない。

 侍女達は嘆いていた。

 仕える主人であるマリエッタは、こんなにも美しいのに、見向きもしないと。

 マリエッタ自身も、ユウェルと仲良くしたいと思っていた。

 けれども、向こうが接触してこないのに、一方的に望むのはどうかと思って何もしなかった。

 愛想のない王太子よりも、マリエッタの興味は魔女術にあったのだ。


 王太子ユウェルの二十歳の誕生日が一年後に迫ると、マリエッタを取り巻く環境は変わっていく。

 侍女の数が増えて、美容にかける時間が長くなった。

 ジルヴァラ国の王は、二十歳になると即位する。

 併せて、彼の妻となるマリエッタは王妃となるのだ。


 聖獣召喚の儀式は結婚式の前に、大聖堂で執り行われる。

 もしも失敗したら、なんて不安がまったくなかったわけではない。

 けれどもマリエッタは前向きな性格で、きっと聖獣は召喚に応じてくれるだろうと考えていた。


 一年後――マリエッタは十八歳となる。

 夜中にたたき起こされ、湯浴みが開始された。半日以上かけて、結婚式を執り行うため、身なりを整えるようだ。


 純白の婚礼衣装をまとい、丁寧に化粧を施された。

 歴代の花嫁達は緊張のあまり、食事を口にできなかったらしい。

 けれども、マリエッタは朝からしっかりと食べた。

 ジルヴァラ国の歴史の中で、初めて結婚式の当日に食事をした花嫁として記録された。

 塔を出る前に、精緻せいちな花模様が刺されたベールが下ろされる。

 夫となるユウェルの手によってベールが上げられるのは、聖獣召喚を成功させてから。それまで、マリエッタの視界の半分は遮断された。


 王宮から迎えの馬車がやってきて、マリエッタは八年ぶりに塔の外に出る。

 いつもは窓越しに感じていた太陽の光が、さんさんとマリエッタに降り注いだ。

 今日はいい天気。素晴らしい一日になるに違いない。

 マリエッタの胸には、希望が溢れていた。


 それなのに、それなのに――彼女は予想外の事態に襲われる。


 マリエッタが連れてこられたのは、結婚式が執り行われる大聖堂。

 結婚式の前に、ユウェルと茶の一杯でも飲んで話す時間があると思っていたのに、即座に儀式を執り行うらしい。

 心の準備なんて、できていなかった。

 けれども、やるしかない。


 聖獣召喚後に、結婚の誓約が交わされる。

 マリエッタはひとりで、大聖堂へと足を踏み入れた。

 参列客の視線が、一気に集まる。

 七色のステンドグラスが太陽の光によって照らされ、バージンロードを美しく彩っていた。


 祭壇の前には、ユウェルが立っている。

 八年ぶりだった。

 思い出すのは、蔑むような冷たい視線。

 それも無理はなかったのかもしれない。マリエッタは、魔法が使えなかったから。

 少年だった彼も、二十歳の誕生日を迎え、大人の男性となっていた。

マリエッタ同様、純白の婚礼衣装をまとっている。遠いので、表情はわからない。

 ただ、花嫁を慈しみ、迎えようという態度でないのは確か。


 冷え切った目が、マリエッタに突き刺さっているような気がした。恐ろしくなって、視線を逸らす。


 急に、マリエッタは恐怖に襲われた。

 もしも、召喚を失敗したら、父王が処罰されるのではないか?

 国民も、不遇の目に遭うかもしれない。

 それらの事情を理解できないまま、マリエッタはやってきた。

 習ったときものほほんとしていたのに、今になってとてつもない重圧のなかにいるのだと気づく。

 従属国である祖国は、ジルヴァラ国の支援がなくてはとても暮らせない。

 雪深く、作物はほとんど育たないという。

 食料のほとんどは、ジルヴァラ国からの輸入頼りだ。

 マリエッタの召喚が失敗し、罰として食品の輸入が制限されたら――?

 国民の命を、マリエッタが背負っているのも同然なのだろう。


 何がなんでも、召喚の儀式を成功させないといけない。

 マリエッタは決意と共に、一歩、一歩と前に進んでいく。


 祭壇の周辺には、召喚に使う魔法陣が描かれていた。

 王妃となる花嫁は、そこで召喚魔法を使って国を守護する聖獣を呼ぶ。


 そのため花束の代わりに、婚礼衣装に魔法使いの杖を持って結婚式に挑むのだ。

 両手に握るのは、白銀の杖。先端には、大粒のルビーがあしらわれていた。

 歴代の王妃が、聖獣召喚のさいに使った伝統の杖である。


 魔法陣にたどり着いたマリエッタは、静寂の中で召喚の呪文を読み上げた。

 緊張で、ガタガタと震えている。

 凜としていなければ。

 マリエッタは祖国を代表して、魔法陣の上に立っているのだ。

 大きく息を吸い込んで、はく。

 大丈夫、大丈夫と何度も言い聞かせた。

 箒のように柄の長い杖で、魔法陣の中心を叩く。

 それは、儀式開始を合図するものだった。


「――求めよ、求めよ、求めよ、さすれば、汝は求めるものを、受け取るだろう。叩け、叩け、叩け、さすれば、叩いた門が、汝の為に開かれるだろう」


 マリエッタの美しい声で紡がれる呪文に、参列者はほうとため息をつく。

 聖獣よ、現れてくれ。

 マリエッタは縋るような気持ちで、呪文を唱えていた。

 詠唱と共に、ステップを踏む。

 タン、タタンと、魔法陣に描かれていた呪文を踏んでいくのだ。

 靴底に呪文が刻まれており、魔法陣に描かれた呪文と摩擦することによって、魔法が完成していく仕組みであった。

 くるりと一周すると、魔法陣が発光しはじめる。


 ――やった!


 マリエッタの心は、歓喜に震えた。

 聖獣が、召喚に応じてくれたのだ。


 現れたのは、大きな黒い竜。

 竜は聖獣の中で、最強だと言われていた。

 ジルヴァラ国の長い歴史の中でも、竜を召喚した王妃はいなかったはずだ。


 まさか、竜が召喚に応じるなんて。


 竜が魔法陣に下り立った瞬間、契約完了の魔法が自動で浮き上がる。

 召喚の儀式は、成功したのだ。


 きっと、ユウェル殿下も喜んでくれるはず。

 マリエッタは振り返ったが、その先は真っ暗だった。

 まるで舞台の幕が下りた時のように、視界が閉ざされていく。


「え!?」


 ぞっと、全身に悪寒が走りぬけた。

 同時に、頭巾で顔を覆った女が、真っ逆さまの状態で落ちてきた。

 辺りは暗いのに、女の姿だけははっきりと見える。

 女はマリエッタの頬を両手で掴んで、口元を歪ませながら叫んだ。


「この、恵まれた王女の体は貰った!!」


 その瞬間、景色がぐるりとひっくり返る。


 二本の足で立っていたはずなのに、真っ逆さまになっていた。

 それだけでなく、ぐんと引っ張られる。


 マリエッタの体は、下に、下にと落下していった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ