決意のマリエッタ
ホッとしたのもつかの間のこと、畑の被害を思い出す。
「そうだわ。ディー様、畑の水も、ついでにどうにかしましょう」
「今から、ですか?」
「ええ、今から」
再び馬に跨がり、街の郊外にある畑へ向かった。
畑は辺り一面、水没している。
余計な水はすべて蒸発させたが、ダメになった野菜はどうにもならない。
葡萄の木は根が水没したからか、元気がなくなっていた。
収穫間際だったジャガイモも、地上に飛び出ている。腐っているようだった。
「あ……」
「これは、仕方がないですね」
畑は、助けられなかった。マリエッタはがっくりと、肩を落とす。
「大丈夫です。畑は、人がいる限り再生できますから。あなたは、領民を救いました。感謝しても、しきれません。深く、感謝します」
「ディー様……」
街の人達の誤解を解いて、マリエッタの奮闘を伝えたい。ディーはそう望んだが、マリエッタは首を縦には振らなかった。
「きっと、街の人達は片付けなどで忙しいと思うわ。また今度、落ち着いた頃にくるから」
「わかりました。今回の大雨は、あなたが起こしたものではないと、誤解を解いておきますので」
「ありがとう」
マリエッタはメルヴ・トゥリーの転移魔法で帰宅する。
家の前には、グリージャが待っていた。
『マリエッタ、お帰りなさい』
「グリージャ、ただいま」
マリエッタは泥だらけだったが、グリージャは気にせず抱きついてきた。
『よかった、無事で』
「ええ」
『ワア、見テ見テー!』
メルヴ・トゥリーが、何かを発見したようだ。
グリージャを抱き上げ、街のある方向を振り返る。
晴れ渡った大空には、虹がかかっていた。
「きれい」
『本当に』
頑張りに対する報酬のような虹に、ひたすら見入ってしまった。
◇◇◇
大雨から一か月後――復興は完了したというので、マリエッタは街へ足を運んだ。
ディーが街の人達を集めて、街を救った張本人であると知らせてくれる。
感謝の言葉に包まれていたが、そればかりではなかった。
「皆、騙されてはいけない! この魔女は、ここを霧に覆う魔法をかけた悪い魔女なんだ!」
暖かな雰囲気が、一瞬にして凍り付く。
「どういうつもりで、霧なんか発生させたんだ!」
「そうだ、そうだ!」
ひとりが叫んだら、他の者達も続く。ディーが「止めなさい!」と言っても、治まらない。
「この、魔女め!!」
石が飛んできた。
マリエッタは避けずに受け止めるつもりだったが、ディーが剣の鞘で弾いた。
「誰です、今、石を投げたのは!?」
シーンと、静まり返った。
せっかくディーが用意してくれた場だったのに、このザマである。
マリエッタは深々と、頭を下げた。
「ごめんなさい。いくら謝っても、犯した罪はなくならないでしょうけれど。わたくしは、一生、皆様に償うつもりでいます」
ディーがこの場から、マリエッタを連れ出す。追いかけてまで、責める者はいなかった。
街にある騎士隊の詰め所にたどり着いた。客間に通され、休むように言われる。
「紅茶を用意しましょう。ジュースのほうがいいですか?」
「ディー様、どうかお構いなく」
それよりも、話したいことがある。そう言って、ディーを引き留めた。
「初めてディー様に出会ったとき、わたくしは、お願いをしたわね」
「あなたが悪い魔女か否かの監視、ですか?」
「ええ」
マリエッタの思っていた通り、ディーは公正な態度で監視を続けていた。
「ディー様は、わたくしを悪い魔女ではないと、判断した、と言ってもいいのかしら?」
そう問いかけると、ディーは深々と頷いてくれる。
胸にあった靄がかった感情が、薄くなっていった。
「すべての人達に認めてもらうのは、とても難しいことなのかもしれないわ」
マリエッタは誠意を示し続けていたら、きっと理解してもらえると信じて疑わなかった。けれども、現実は厳しい。
「犯した罪は消えない。被害に遭った人達の心も、完全に癒やされることはない。ナイフで深く傷つけた怪我の跡が一生消えないように、なかったものにはできないの」
マリエッタは、夜霧の森の魔女の体を乗っ取った。
彼女の体や魔力だけ、自分のものにするのは都合のいい話である。その罪までも、自身のものにしようという覚悟を決めていた。
しかしながら、人々の怒りを目の当たりにしたときになって気づいた。
罪までも背負うことの、過酷さを。
「ディー様、今後、街で困ったことがあれば、助けの手を差し伸べたい。でも、こうして顔を合わせて会うのは、最後にしたほうがいいと思うの」
「なぜ、ですか?」
「わたくしと関わることによって、ディー様まで悪く言われてしまいそうで、怖くて」
マリエッタは魔法鞄から、紙の束を取り出す。
それは、手紙を書いて折りたたむと、マリエッタのもとへと飛んでいく魔法をかけた便箋であった。
「何かあったら、このお手紙を使って。ディー様や街の人達に危機が訪れたら、飛んでいくから」
顔は、上げられない。ディーが怒っている気配を、これでもかと感じていたから。
マリエッタは立ち上がり、深々と頭を下げる。
「では、ディー様、さようなら」
魔法鞄の中から転移魔法の巻物を取り出し、呪文を指先でなぞる。すると、魔法が発現された。
「マリエッタ、待ってくだ――」
ディーの言葉は最後まで届かず、マリエッタの体は魔法の光に包まれて消えた。
家に戻った途端、マリエッタは迎えたグリージャの前で泣いてしまう。
『ちょ、ちょっと、何がありましたの!?』
「うううっ……わああああっ!」
もう二度と、ディーには会えない。
それがどうしようもなく、悲しかったのだ。
胸が引き裂かれるような思いを味わう。
マリエッタはグリージャに抱きつき、小さな子どものように泣きわめいてしまった。




