世界樹の大精霊
翌日――マリエッタは外にでて驚く。
家の前に、キノコや果物、魚など、食品が届けられていたのだ。
「こ、これは!?」
驚いているところにコッコがやってきて、卵を産み落としていく。
「えっ、ええ~~!?」
コッコはマリエッタに会釈し、去って行った。
グリージャが家からひょっこり顔を覗かせる。
『マリエッタ、どうしましたの?』
「グリージャ、見て。食料が、こんなにいっぱい!」
『まあ!』
葉っぱに何か引っ掻いたようなものが添えられてあった。
「これ、何かしら?」
『妖精語ですわね。〝森をきれいにしてくれて、ありがとう〟と書かれてありますわ』
「では、これらはお礼の品々なのね」
『そうみたい』
ありがたく、いただく。
キノコはオイル漬けにしたり、乾燥させたり。
果物はジャムやシロップ漬け、ジュースにする。
魚は燻製にした。
あっという間に、食料棚が潤う。
「これで、しばらく食料に困りませんわね!」
『お店屋さんみたいですわ』
昼食は、保存食作りのさいに余った魚の骨で出汁を取ったスープ。
グリージャが大絶賛してくれた。
昼からはビスケットを焼いて、グリージャと共に森へ行く。
妖精や動物達の「ありがとう」という囁きが、どこからか聞こえてきた。
直接礼を言う者達へは、お近づきの印としてビスケットをあげた。
たどり着いた先は、森でもっとも大きな樹が生える場所。
ここに、森の精霊が棲んでいるという。
『この樹は、世界樹の種から生まれた樹ですの』
「そうなの」
世界樹――それは、月から降り注ぐ魔力を溜めることができる、唯一の樹だ。
溜めた魔力を精製し、供給している。世界の核とも言えるものなのだ。
どこにあるのかは明らかにされておらず、世界樹自体が創作なのではと囁かれるくらいである。
「ということは、こちらの樹は、小規模な世界樹、というわけなの?」
『ええ、そうですわね』
守護する精霊を、グリージャですら見たことがないという。
街ができる前から立ち、この地を守っているようだ。
おそらく、大精霊が宿っているのだろうとグリージャは推測している。
マリエッタはドキドキしながら、大樹を見上げた。
神聖は気を、これでもかと感じる。
だが、ずっとこうしているわけにもいかないだろう。
何事も挑戦だと思い、声をかけてみる。
「ご、ごきげんよう」
声をかけると、樹が淡く光った。
魔法陣が浮かび上がり、精霊が姿を現す。
精霊は、どんな姿をしているのか。
その詳細は、どの魔法書を読んでも曖昧だ。
美しい女性の姿だったり、逞しい男性の姿だったり。
見たことのない四足獣だったり、光の塊だったり。
また、姿も声もないけれど、存在を感じるという記述のある魔法書もあった。
妖精のように、姿は一定ではなく、見た本人の想像力に依存している、という研究報告も見かけた。
ようは、精霊の姿を見た人はほとんどおらず、各々自由に想像し解釈しているのだろう。
ドキドキしながら、精霊が現れるのを待つ。
魔法陣が消え、精霊の姿が明らかになった。
天を衝くような大樹の前に、毒大根に似た、目と口、手足がついた生き物が立っていた。
大きさは、生まれたばかりの赤子くらいか。
木の枝と葉っぱの手を、サッと挙げて言葉を発する。
『ハジメマシテ、〝メルヴ・トゥリー〟ダヨオ』
「メ、メルヴ・トゥリー?」
『ウン、ソウ』
摩訶不思議な生き物は、メルヴ・トゥリーと名乗った。
マリエッタは震える声で、問いかける。
「あなたが、この森を守護する精霊なの?」
『ソウダヨー』
手足をジタバタさせながら、言葉を返す。
どうやら、この大根のような生き物が、この森を守護する大精霊らしい。
厳かな雰囲気は、これっぽっちも感じなかった。どこか愛嬌があって、可愛らしいと言えばいいのか。
マリエッタは横目でグリージャを見る。目を見開き、信じがたいという視線を向けていた。
『ヨロシクネー』
「あ、えっと、よろしく」
メルヴ・トゥリーは、サッと手を差し出してくる。握手を求めているのか。
マリエッタは恐る恐ると接近し、メルヴ・トゥリーの手を握った。
触れた瞬間、ほわっと心が温かくなる。
自身の中にある不安や焦る気持ちが浄化されたような、不思議な感覚になった。
『コレカラ、困ッタラ、メルヴ・トゥリーガ、助ケテ、アゲルカラネエ』
「あ、ありがとう」
これにて、精霊メルヴ・トゥリーとの会話は終了となった。
暖かな風が吹くのと同時に、メルヴ・トゥリーの姿は消えてなくなる。
しばしぼんやりしていたが、グリージャの叫びでハッと我に返った。
『ちょっとマリエッタ! あなた、大精霊と契約状態になっていますわよ!』
「え!?」
グリージャは手の甲を見ろと言う。
「え、何これ!?」
いつの間にか、手の甲に葉っぱに似た紋章が浮かび上がっていた。
大精霊メルヴ・トゥリーとの、契約の証らしい。
「い、いつの間に契約したの?」
『握手したときですわ、きっと!』
「ええーーーー!?」
メルヴ・トゥリーとの間に結んだ契約は、極めて珍しいものだという。
通常、精霊や妖精と契約を結ぶさい、対価を必要とする。
けれども、マリエッタとメルヴ・トゥリーが交わした契約は、対価はない。無償でメルヴ・トゥリーはマリエッタの呼び出しに応える、と紋章に書かれてあるという。
「こんなのって、ありなの?」
『ありえないですわ』
イマイチ実感しないまま、帰宅する。
「あら?」
家から賑やかな声が聞こえた。
なんと、熊や兎、鳥達が庭で列を成していたのだ。
いったい何をしにきたのか。マリエッタは背伸びをして様子を窺う。
『これ、魔女さんに。いいカゴが作れると思うよ』
鹿が、角に絡めた蔓を持ってきていた。
『アリガトネエ』
大精霊メルヴ・トゥリーが、うやうやしく受け取っているではないか。
熊は木の皮を、鳥達は珍しい花をマリエッタに持ってきていた。
森をきれいにしてくれた、感謝の気持ちだという。
慌てて出て行ったら、ありがとうの大合唱を受ける。
「えっと、ど、どういたしまして……」
食料だけ押しつけるのも迷惑だろうと思い、暮らしに使える素材を持ってきてくれていたようだ。
それを、マリエッタと契約したメルヴ・トゥリーが受け取っていたというわけである。
メルヴ・トゥリーと一緒に、去りゆく動物達へ手を振った。
「まさか、わたくしよりも早くやってきていたなんて」
『森ノ中ハ、自由ニ、行キ来、デキルンダヨオ』
「そ、そうなのね」
どうやら、メルヴ・トゥリーも一緒に住むらしい。
グリージャは仕方がない、という表情でいた。
マリエッタは、当然大歓迎である。
そんなわけで、マリエッタの家に新しい住人が増えた日の話であった。




