お食事会
急いで台所に行き、シチューがコトコト煮込まれる鍋を覗き込んだ。
おたまで掬って、味見をしてみる。
「うん、いい感じ!」
とてもおいしくできあがっていた。さすが、魔女術で作ったシチューである。
「あ! 最後に仕上げをしましょう」
マリエッタは指揮者のようにおたまを振って、魔法をかける。
それは食べた人が、幸せになりますようにという、魔女の祝福。
「これでよしっと」
次は、パンを選ぶ。
シチューならば、パンはバゲットがいいだろう。
作り置きしているパン棚から、細長いパンを引き抜いた。
三日前に作ったパンなので、カチコチだ。食べやすいよう、薄くカットする。
飲み物は何がいいだろうか。
一応、昨日もらった葡萄酒がある。しかしながら、ディーは街に帰らなければならないだろう。酒が入った状態で、森を歩くのは危険だ。
「だったら、ベリージュースがいいわ――」
『マリエーーーッタ!!』
グリージャが、すさまじい表情で台所に駆け込んできた。
「あら、グリージャ、どうかしたの?」
『どうかしたではありませんわ! なぜ、騎士がいるのです?』
「わたくしが心配で、いらっしゃったみたい」
『あなた、騎士との接触が、どれだけ危険か、さっきお話ししたでしょう!?』
「あ、そうだったわね」
『なんって、なんっって、脳天気な娘ですの!?』
グリージャは調理台に跳び乗り、マリエッタの頬を肉球で突いてくる。
『この、この、このーーーー!!』
「グリージャ、くすぐったいわ」
『くすぐっているのではありません!!』
グリージャの言うとおり、ディーとの接触は危険だ。マリエッタの正体がバレたら、腰に佩いた剣で一刀両断されてしまうかもしれない。
けれども、マリエッタを心配してやってきたディーを警戒し、帰るように突き放すことなんてできなかったのだ。
「大丈夫よ、グリージャ。わたくし、へまはしないわ」
『あなたの大丈夫は、心配しかありません』
「もしものときは――」
『ときは?』
「一緒に逃げましょう」
『あなたねえ……!』
安心させるようにグリージャの頭を撫でると、盛大なため息をつかれる。
『わかったわ。食事の様子を、私が見守ってあげますから』
「一緒に食べないの?」
『妖精族だと勘づかれたくありませんので』
「そう。だったら、よろしくね」
『ええ。しっかり見張らせていただきます!』
シチューを入れる皿を取り出そうとしたが、同じ形の深皿はなかった。おそらく、これまで誰かを誘って食事をするということはなかったのだろう。スプーンやフォークも、銀と木でできたものがひと組ずつあるばかりだ。
魔女はグリージャとも打ち解けず、孤独だったのだろう。
胸がぎゅっと切なくなる。
と、考え事をしている場合ではなかった。急いでシチューをよそい、カゴの中に入れる。
そのまま、食卓がある部屋へと運んだ。そんなマリエッタのあとを、グリージャが続く。
「ディー様、お待たせしました!」
グリージャは気配を殺し、マリエッタの影と同化しているようだった。そのおかげか、ディーはグリージャの存在に気づいていない。
シチューをディーの前に置く。ここで、ナプキンの用意がなかったと思いだした。慌てて取りに行ったが、真っ白なリネンなど魔女の家にはない。間に合わせの布で、我慢してもらう。
ベリージュースをグラスに注いで、食事が始まった。
「ディー様、どうぞ召し上がれ」
「ええ、いただきます」
ドキドキしながら、ディーが食べる様子を見守る。
シチューを口にした瞬間、眉間にあった皺が解れた。
口角も、わずかに上を向く。
感想は期待していないので、食べたときの反応でおいしいかまずいか、確認したわけである。この様子だと、口に合わないわけではないのだろう。
ごくんと呑み込んだあと、ディーはハッと肩をふるわせた。
「あの、どうかなさったの? お口に合わなかった?」
「いえ……」
ディーはスプーンを置いて、腕をじっと見つめていた。いったいどうしたというのか。マリエッタは首を傾げる。
「昨晩からずっと、古傷が痛んでいたのですが、シチューを食べた瞬間、痛みが一気に引いたので、驚いてしまって」
「まあ、そうだったのね」
その傷は、十年ほど前に負ったものらしい。
剣を握れなくなるのかもしれない。医者はそう診断したが、奇跡的に治った。
だが、雨の日は慢性的に傷が痛む。止んでからも、鈍痛が続くことがあった。
「昨晩、少し雨が降っただけなのに、ずっと痛みを感じていたのですが」
「シチューに祝福をかけているから、それが作用したのかもしれないわ」
「なぜ、祝福を?」
「料理にかける魔女の祝福は、ちょっとしたスパイスなの」
「スパイス、ですか」
「ええ。少しだけ、幸せにしてくれる力があるのよ」
「幸せに、ですか。そういえば、あなたからもらったジャムを食べた乳母も、腰の痛みが急に消えたと言っていたのですが、まさかあれにも祝福を?」
以前マリエッタがあげたジャムを、ディーは乳母に分けたようだ。これまでそんなことがあるのかと不思議がっていたようだが、祝福のおかげだと気づいたらしい。
「あ!」
「え、まだ何かあった?」
「この前、布団の中に紛れ込んでいた毒蛇に噛まれなかったのも、祝福の作用ですか?」
「ど、どうして、毒蛇がお布団に?」
「誰かが入れたのでしょう」
毒蛇ならば、悪戯では済まないだろう。
いったいどういう環境に身を置いているのか疑問に思ったが、深く突っ込めるような話題ではない。
「朝、毒蛇の存在に気づいたのですが、どこも噛まれていなくて」
「は、はあ」
「そういえば、以前、あなたが私の手に、祝福を施してくれたことがあったな、と」
「あったわね」
「噛まれずに済んだのは、幸運だと思っていましたが、あなたのおかげだったようです。ありがとうございました」
「祝福が役立って、何よりだわ」
と、お喋りばかりしていては、シチューが冷めてしまうだろう。
「ああ、ごめんなさい。どうぞ、残りも召し上がって」
「ええ」
まさか、祝福がディーの古傷に作用するとは想定外であった。
楽になったと言われたので、ホッと胸をなで下ろす。
味は、どうだろうか?
ついつい、ジッと見つめてしまう。
ディーはマリエッタの視線に気づいたのか、顔をあげる。逆に、マリエッタは顔を逸らした。
「何か気になることでも?」
「あ、その、お口に合ったのか、気になってしまって」
「おいしいです」
「ほ、本当? よかった!」
ホッとしたところで、マリエッタも食べ始める。
会話はなかったが、どこか温もりある雰囲気だった。
なぜだろうか? よくわからないが、気まずくはなかったのだ。
ディーはすぐに帰ると言う。
もともと、マリエッタの容態を見に来ただけだったので、長居するつもりはさらさらなかったのだろう。
マリエッタは玄関先まで、ディーを見送る。
「ディー様、今度はゆっくりお茶をしましょうね」
「ええ、気が向いたら」
「待っているわ」
ぶんぶんと手を振って、ディーを送り出した。




