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嫌われ魔女と体が入れ替わったけれど、私は今日も元気に暮らしています!  作者: 江本マシメサ
第一部・二章 新米魔女は、騎士と邂逅する

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お食事会

 急いで台所に行き、シチューがコトコト煮込まれる鍋を覗き込んだ。

 おたまで掬って、味見をしてみる。


「うん、いい感じ!」


 とてもおいしくできあがっていた。さすが、魔女術で作ったシチューである。


「あ! 最後に仕上げをしましょう」


 マリエッタは指揮者のようにおたまを振って、魔法をかける。

 それは食べた人が、幸せになりますようにという、魔女の祝福。


「これでよしっと」


 次は、パンを選ぶ。

 シチューならば、パンはバゲットがいいだろう。

 作り置きしているパン棚から、細長いパンを引き抜いた。

 三日前に作ったパンなので、カチコチだ。食べやすいよう、薄くカットする。


 飲み物は何がいいだろうか。

 一応、昨日もらった葡萄酒がある。しかしながら、ディーは街に帰らなければならないだろう。酒が入った状態で、森を歩くのは危険だ。


「だったら、ベリージュースがいいわ――」

『マリエーーーッタ!!』


 グリージャが、すさまじい表情で台所に駆け込んできた。


「あら、グリージャ、どうかしたの?」

『どうかしたではありませんわ! なぜ、騎士がいるのです?』

「わたくしが心配で、いらっしゃったみたい」

『あなた、騎士との接触が、どれだけ危険か、さっきお話ししたでしょう!?』

「あ、そうだったわね」

『なんって、なんっって、脳天気な娘ですの!?』


 グリージャは調理台に跳び乗り、マリエッタの頬を肉球で突いてくる。


『この、この、このーーーー!!』

「グリージャ、くすぐったいわ」

『くすぐっているのではありません!!』


 グリージャの言うとおり、ディーとの接触は危険だ。マリエッタの正体がバレたら、腰に佩いた剣で一刀両断されてしまうかもしれない。

 けれども、マリエッタを心配してやってきたディーを警戒し、帰るように突き放すことなんてできなかったのだ。


「大丈夫よ、グリージャ。わたくし、へまはしないわ」

『あなたの大丈夫は、心配しかありません』

「もしものときは――」

『ときは?』

「一緒に逃げましょう」

『あなたねえ……!』


 安心させるようにグリージャの頭を撫でると、盛大なため息をつかれる。


『わかったわ。食事の様子を、私が見守ってあげますから』

「一緒に食べないの?」

『妖精族だと勘づかれたくありませんので』

「そう。だったら、よろしくね」

『ええ。しっかり見張らせていただきます!』


 シチューを入れる皿を取り出そうとしたが、同じ形の深皿はなかった。おそらく、これまで誰かを誘って食事をするということはなかったのだろう。スプーンやフォークも、銀と木でできたものがひと組ずつあるばかりだ。

 魔女はグリージャとも打ち解けず、孤独だったのだろう。

 胸がぎゅっと切なくなる。

 と、考え事をしている場合ではなかった。急いでシチューをよそい、カゴの中に入れる。

 そのまま、食卓がある部屋へと運んだ。そんなマリエッタのあとを、グリージャが続く。


「ディー様、お待たせしました!」


 グリージャは気配を殺し、マリエッタの影と同化しているようだった。そのおかげか、ディーはグリージャの存在に気づいていない。


 シチューをディーの前に置く。ここで、ナプキンの用意がなかったと思いだした。慌てて取りに行ったが、真っ白なリネンなど魔女の家にはない。間に合わせの布で、我慢してもらう。


 ベリージュースをグラスに注いで、食事が始まった。


「ディー様、どうぞ召し上がれ」

「ええ、いただきます」


 ドキドキしながら、ディーが食べる様子を見守る。

 シチューを口にした瞬間、眉間にあった皺が解れた。

 口角も、わずかに上を向く。

 感想は期待していないので、食べたときの反応でおいしいかまずいか、確認したわけである。この様子だと、口に合わないわけではないのだろう。


 ごくんと呑み込んだあと、ディーはハッと肩をふるわせた。


「あの、どうかなさったの? お口に合わなかった?」

「いえ……」


 ディーはスプーンを置いて、腕をじっと見つめていた。いったいどうしたというのか。マリエッタは首を傾げる。


「昨晩からずっと、古傷が痛んでいたのですが、シチューを食べた瞬間、痛みが一気に引いたので、驚いてしまって」

「まあ、そうだったのね」


 その傷は、十年ほど前に負ったものらしい。

 剣を握れなくなるのかもしれない。医者はそう診断したが、奇跡的に治った。

 だが、雨の日は慢性的に傷が痛む。止んでからも、鈍痛が続くことがあった。


「昨晩、少し雨が降っただけなのに、ずっと痛みを感じていたのですが」

「シチューに祝福をかけているから、それが作用したのかもしれないわ」

「なぜ、祝福を?」

「料理にかける魔女の祝福は、ちょっとしたスパイスなの」

「スパイス、ですか」

「ええ。少しだけ、幸せにしてくれる力があるのよ」

「幸せに、ですか。そういえば、あなたからもらったジャムを食べた乳母も、腰の痛みが急に消えたと言っていたのですが、まさかあれにも祝福を?」


 以前マリエッタがあげたジャムを、ディーは乳母に分けたようだ。これまでそんなことがあるのかと不思議がっていたようだが、祝福のおかげだと気づいたらしい。


「あ!」

「え、まだ何かあった?」

「この前、布団の中に紛れ込んでいた毒蛇に噛まれなかったのも、祝福の作用ですか?」

「ど、どうして、毒蛇がお布団に?」

「誰かが入れたのでしょう」


 毒蛇ならば、悪戯では済まないだろう。

 いったいどういう環境に身を置いているのか疑問に思ったが、深く突っ込めるような話題ではない。


「朝、毒蛇の存在に気づいたのですが、どこも噛まれていなくて」

「は、はあ」

「そういえば、以前、あなたが私の手に、祝福を施してくれたことがあったな、と」

「あったわね」

「噛まれずに済んだのは、幸運だと思っていましたが、あなたのおかげだったようです。ありがとうございました」

「祝福が役立って、何よりだわ」


 と、お喋りばかりしていては、シチューが冷めてしまうだろう。


「ああ、ごめんなさい。どうぞ、残りも召し上がって」

「ええ」


 まさか、祝福がディーの古傷に作用するとは想定外であった。

 楽になったと言われたので、ホッと胸をなで下ろす。

 味は、どうだろうか?

  ついつい、ジッと見つめてしまう。

 ディーはマリエッタの視線に気づいたのか、顔をあげる。逆に、マリエッタは顔を逸らした。


「何か気になることでも?」

「あ、その、お口に合ったのか、気になってしまって」

「おいしいです」

「ほ、本当? よかった!」


 ホッとしたところで、マリエッタも食べ始める。

 会話はなかったが、どこか温もりある雰囲気だった。

 なぜだろうか? よくわからないが、気まずくはなかったのだ。


 ディーはすぐに帰ると言う。

 もともと、マリエッタの容態を見に来ただけだったので、長居するつもりはさらさらなかったのだろう。

 マリエッタは玄関先まで、ディーを見送る。


「ディー様、今度はゆっくりお茶をしましょうね」

「ええ、気が向いたら」

「待っているわ」


 ぶんぶんと手を振って、ディーを送り出した。

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