たくさんのお客様
コツコツコツコツと小さく扉が叩かれる。
ディーが初めてやってきたとき、失敗したので外に出る前に声をかけた。
「どなた?」
『俺様だ!』
『ぼくもいるよ』
『あたしも!』
この可愛らしい声は、リスの兄弟妹である。マリエッタはすぐに扉を開いた。
「まあ、いらっしゃい!」
『邪魔するぞ!』
「ええ、そうぞ」
兄はずんずんと、大股で入って行く。弟と妹は、会釈したのちに兄のあとを追った。
土産に、たくさんのキノコや木の実をもらう。
「こんなにたくさん、いいの?」
『ああ。受け取りやがれ』
「ありがとう」
お返しとばかりに、マリエッタは蜂蜜を塗ったビスケットと薬草茶をふるまった。
『な、なんだ、このドロドロとした甘いものは!』
『おいしい!』
『舌がとろけそう!』
蜂蜜は蜜蜂の巣から採り、不純物を丁寧に取り除いたものである。森に棲む者達にとっては、未知なる甘味なのかもしれない。
『ジャムもうまかったが、この蜂蜜とやらも絶品だな』
「お口に合ったようで、何よりだわ」
薬草茶を飲んでホッとひと息ついたところで、本題へと移る。
『そうだ。俺様達は、お礼を言いに来たんだった!』
『そうだった!』
『忘れていたわ!』
「お礼?」
なんのことか。頭上に疑問符を浮かべるマリエッタに、リスの兄弟妹が口々に感謝の気持ちを口にした。
『森をきれいにしてくれて、ありがとうな』
『森のみんな、喜んでいたよ。ありがとうね』
『妖精さんや精霊さんも、にこにこしていたよ。本当に、ありがとう』
「ええ、そう。よかった」
マリエッタの浄化魔法は、森全体にまで及んだ。おかげで、過去にないくらい美しい森になっているという。
木々は甦り、草木は活き活きとしている。森に棲む生き物たちも、快適になったと口々に話しているようだ。
『みんな、何かあったら手を貸す、助けを求めてくれと言っていたぞ』
「嬉しい……!」
森を荒らす魔物もいなくなり、平和だという。話を聞いていたら、マリエッタまで嬉しくなった。
『さっきのキノコや木の実は、森の仲間達から感謝の気持ちだ』
「そうだったの。こんなにたくさん」
『精霊も、暇があれば挨拶にこいってさ』
「精霊様まで!?」
通常、精霊は人の前に姿を現さない。勇者や聖女などの、選ばれた人間の前でのみ、新鳴る姿を見せるという。
そんな精霊が会いにこいと一介の人間に言うのは、前代未聞だろう。
「なんだか、緊張するわ!」
『別に、構える必要はねえよ。優しい精霊だから』
「そうなのね」
一時間ほどリスの兄弟妹と会話を楽しんだあと、別れる。
森の精霊に会いに行こうかとグリージャに話したら、引き留められた。
『マリエッタ、今日一日くらい大人しくできませんの? あなたは昨日、寝込んでいたことを、お忘れになったのでしょうか?』
「そ、そうよね」
庭くらいであればいいだろうか? マリエッタが問いかけたら、グリージャが目を鋭く尖らせて叫んだ。
『庭仕事も、駄目に決まっています』
あまりにも大きな声だったので、家が揺れた。天井から、パラパラと砂の粒が落ちてくる。
「えーっと、今日一日、家でゆっくり過ごすわ。これで、いい?」
『当たり前ですわ!』
グリージャはふんふんと鼻を鳴らしつつ、去っていった。マリエッタはホッと胸を撫で下ろす。
本でも読んで過ごそう。魔女の家には、魔法書がたくさんあった。まだマリエッタが知らない魔女術もあるだろう。
立ち上がったところで、再度家の扉が叩かれた。
トントントン。
この叩き方は、リスの兄弟妹ではない。
マリエッタは玄関まで駆けていき、開く前に声をかけた。
「はーい、どなた?」
「……」
「どなた?」
返事がないので、首を傾げつつ扉に取り付けられている覗き穴から外を見る。
扉の向こうに立っていたのは、美貌の青年ディーだった。
マリエッタは頭巾を被ってから、扉を開く。
「ディー様、いらっしゃいませ! 今日は、どうなさったの?」
飛びかかるような勢いで出たので、ディーは目を見開いて驚いている。
「まさか、今日もいらっしゃるなんて」
「いえ、昨日、元気がなかったので、誰もいない家で、苦しんでいるのかと思い、再訪したまでです」
「そうだったのね。わたくしはこの通り、元気!」
「みたいですね」
そのまま踵を返して帰ろうとしたディーを、マリエッタは引き留める。
ちょうど昼だ。マリエッタはディーを食事に誘う。
「わたくし、ディー様にもらった食材で、シチューを作ったの。よかったら、召し上がっていって」
「いいえ、結構です。食材は、あなたにあげたものです。私が食べたら、意味がないでしょう」
「意味はあるわ。食事は、誰かと食べたほうが絶対においしいもの!」
その瞬間、ディーの動きが止まった。じっと見つめられているような気がするものの、マリエッタは頭巾を深く被っているので目と目は合わない。
「あなたは――」
何か、問い詰められてしまいそうでドキンと胸が高鳴る。
マリエッタは大きな声で、「どうぞ中へ!」と言って中へと案内した。
依然として、ディーは動かない。何か、躊躇っているようにも見える。
「ディー様、どうかなさったの?」
「いえ。淑女の家に、上がり込むのはどうかと思いまして」
「まあ、淑女だなんて。わたくしは魔女だから、お気になさらず。ささ、こちらへ」
ディーの腕をぐいぐい引っ張ると、しぶしぶといった感じでついてきてくれた。
食卓がある部屋まで案内し、しばし待つように言った。




