まったり朝食を
朝食は昨日焼いたパンと、蜂蜜、それとコッコの卵で作った目玉焼き。
メインは、ディーが持ってきてくれた最高級のベーコン。
分厚くカットして、表面がカリカリになるまで焼いた。
ベーコンは豚肉から作られているらしい。ひとつ勉強になったと、マリエッタは頷く。
木皿に、ベーコンと目玉焼き、パンを載せて食卓まで運んだ。グリージャは起きているだろうか。居間を覗く。
『ふわ~~~~!』
「あ、グリージャ、起きたのね。朝食ができているわよ」
『ええ、ありがとう』
グリージャはフワフワの尻尾を揺らしながら、食卓がある部屋まで移動した。
「ねえグリージャ、今日はディー様から貰ったベーコンを焼いてみたの」
『まあ!!』
椅子に跳び乗ったグリージャは、食卓を覗き込んで瞳をキラキラと輝かせる。
『木の皮みたいなお肉は、飽き飽きでしたの』
「干し肉ね」
確かに、言われてみれば干し肉は木の皮に似ている。あれはあれで、噛めば噛むほど味わい深くなる、おいしい保存食だった。
あれは、何の肉だったのか。知らずに、毎日口にしていた。
食材に感謝し、マリエッタは料理にありついた。
まずは厚切りにして焼いたベーコンから。ナイフをいれると、弾力を感じる。一口大に切れ分け、頬張った。
噛んだ瞬間、ベーコンの旨みがジュワーッと溢れてきた。ほどよい塩分とスパイスの味わいが効いている。ほのかな脂の甘みも感じた。肉質はぶりんぶりん。極上のベーコンである。
「お、おいしい。居間まで食べたベーコンの中で、一番かもしれない」
『当たり前よ。ここの街は畜産にも力を入れていて、王族に献上しているくらいなのよ』
「そうだったのね」
今になって、マリエッタはふと気づく。今、生活を営んでいるのは、どこの国なのかと。
これまで気にせずに暮らしてきたが、現在地がどこか知らないままだった。
「ね、ねえ、グリージャ。ここは、どこなの?」
『〝夜霧の森〟よ。〝嫌われ者の、夜霧の森の魔女〟がやってくる前から、夜間に限定して、霧が深くなる森だったの。今は、あなたの魔法の影響で、朝に薄く霧がかるだけですけれど』
雨も多いことから、一日中湿気でじめじめしていた森だったらしい。
そんな森の話など、学んだ覚えがなかった。
「おかしいわね。ジルヴァラ国と従属五ヵ国の地理は叩き込んでいるはずなのに」
『ジルヴァラ国? 何を言っていますの? ここは大国ハウトゥの西に位置する、ヴァルク・リオン家の領地〝クリスタリザーシー〟ですわ』
「た、大国、ハウトゥ!?」
それは、ジルヴァラ国の敵国の名であった。
古くから豊富な銀が採れるジルヴァラ国と、豊富な金が採れるハウトゥは、互いに侵略するような間柄である。
ジルヴァラ国が従属国に守護されてからというもの、冷戦状態が続いていた。
国の規模と軍事力は、圧倒的に大国ハウトゥのほうが大きい。
そのため、ジルヴァラ国は大国ハウトゥに侵略されている時代があった。しかしながら、従属国を得て、聖獣の力を借りたジルヴァラ国は、大国ハウトゥの支配を跳ね返す。
以降、百年以上ピリピリとした関係が続いていた。
まさか、敵国だなんて思いもしていなかった。マリエッタは頭を抱えて叫ぶ。
「なんてことなの!」
『マリエッタ、どうしましたの?』
「大変! どうしましょう。グリージャ、わたくし、雪深い国の王女なの!」
『は!?』
「聖獣召喚の儀式のときに、体が入れ替わってしまって――!」
『あなた、どっかの箱入り娘かと思っていたら、ジルヴァラ国の国王に輿入れした、従属国の王女ですって!?』
「ものすごく、話が早いわ」
『当たり前ですわ! 妖精は、人間達のいざこざを話すのが大好きですから』
「そ、そうだったんだ」
言語については大陸共用語を使っていたので、気づかなかったのだろう。
『マリエッタ、あなたが雪深い国の王女だという情報は、墓場まで持って行きなさい』
「え!?」
『でないと、公衆の面前で丸焼きにされますわ』
「ど、どうして!?」
『歴史を習っていませんの? ジルヴァラ国は主権を握っていた大国ハウトゥの王を捉えて、公開処刑――魔法の火で炙ったのですよ』
たくさんの民衆が見物できるよう、一週間と長い時間をかけて体を燃やしていたらしい。残酷極まりない、処刑であった。
『まさか、知らなかったなんて』
「あまりにも非人道的な行為だったから、ジルヴァラ国の歴史上からなかったものにしているのかもしれないわ」
『それでも、大国ハウトゥの国民は国王の悲劇を忘れていないですから』
「そうよね」
大国ハウトゥの者達は、今もジルヴァラ国の者達を恨んでいるという。その溝は、底が見えないほどに深い。
『あの冷静な騎士も、あなたがジルヴァラ国の者だと知ったら、豹変するかと』
「……」
まだ、ディーとは長い付き合いをしたわけではない。彼がどのような考えを持ち、どういう行動を起こすのか、想像できなかった。
『あなた、ただでさえ嫌われ魔女の体と入れ替わっているのに、それ以上の大変なものを抱えているなんて』
「わたくしが、一番驚いているわ」
『私も』
ひとまず、今は黙っておくしかない。いくら能天気なマリエッタでも、自らがジルヴァラ国の出身で、従属国の王女であると名乗ることの危険性は理解していた。
「けれども、わたくしが出身を口にしなくても、ディー様は気づいてしまうかもしれない」
『マリエッタ、安心なさい。あなたは、どこからどう見ても、〝嫌われ者の、夜霧の森の魔女〟ですから』
「そ、そうよね。きっと、大丈夫」
胸を押さえ、高鳴る鼓動が静まるようにと願う。
「よかったわ。うっかりディー様の前で口を滑らせなくって」
『本当に。これ以上、迷惑はかけないでくださいませ』
パチパチと、マリエッタは瞬く。
グリージャはマリエッタがジルヴァラ国からやってきた、従属国の王女でもこれまで同様の付き合いをしてくれるらしい。
感極まったマリエッタは、グリージャをぎゅっと抱きしめた。
『ちょっ! いきなりなんですの?』
「グリージャ、ありがとう」
『な、なんのお礼ですの?』
「仲良くしてくれる、お礼」
『あなたはまた、変なことを言って』
心配事はあるけれど、グリージャがいてくれる。それだけで、マリエッタは励まされるのだった。




