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ATOMS   作者: 沢井 真広
8/13

第八話 ウランの社会見学ツアー

科学省本庁・展示ホール。

朝の光がガラス壁に反射し、床一面に淡い光が揺れていた。


「みんな〜!ようこそ、科学省アンドロイド共生展示ホールへ!」


金髪を揺らしてウランが登場すると、子どもたちの目が一斉に輝いた。

彼女は今や、科学省の“顔”。

アンドロイドへの理解を広めるために設計された、人気者――

SNSでも動画でも、その笑顔を知らぬ者はいない。


「うわ、ほんとにウランちゃんだ!」

「動画で見たやつだ!声もおんなじ!」

「はーい、みんな落ち着いて〜!ちゃんと聞いてくれたら、最後に一緒に写真撮ろうね♡」


ホールが静まり返ると、ウランの背後の巨大スクリーンが点灯した。



---



「さて。まずは――どうしてアンドロイドが作られたのか、知ってるかな?」


数人が首をかしげる。

ウランは優しく頷いて、指で映像を切り替えた。


古いニュース映像が流れる。

“出生率の急落”“労働人口の崩壊”“医療・介護現場の人手不足”。


「そう。きっかけは“人が足りなくなった”こと。

 少子化が進みすぎて、社会が回らなくなったの。」


画面には、金属の手で作業する無表情な人型ロボット。


「最初のアンドロイドは、人の形をした“道具”だったの。

 働くために作られ、心はなかった。」



---



映像が切り替わる。

介護施設で、ロボットが淡々と動き、老人の顔はどこか寂しい。


「人は気づいたんです。

 “正確に動くだけでは、人の心は救えない”って。

 ありがとうって言っても、返事がないと寂しい。

 寂しいって言葉に、誰も返してくれないと、心が空っぽになっちゃうの。」


ウランの声はやさしく、どこか切なさを帯びていた。


「だから、研究者たちは“心を持つ機械”を作ろうとした。

 その中心にいたのが――敷島博士。」


画面に映し出される一人の白髪の男性。

そして、その隣に――少年の姿。



---



「そう、そして生まれたのが――アトム。」


会場が一斉にざわついた。

「ニュースで見た!」「街で会ったことある!」


ウランは嬉しそうに頷いた。

「アトムは、最初に“心を育てる”ことを目的に作られたアンドロイド。

 生まれたときは無垢だったけど、経験を積んで感情を理解していったの。」


映像の中で、若き日のアトムが初めて笑うシーンが再生される。

見学していた子どもたちが、思わず笑みを漏らす。


「その笑顔が、世界を変えた。

 “心を持つ機械”が、人と生きられる時代が始まったんです。」



---



映像が切り替わり、現在の街並みが映る。

人間とアンドロイドが一緒に働き、笑い、すれ違う。


「今、世界にいるアンドロイドのほとんどは、“アトムモデル”と呼ばれています。

 機械の仕組みは、アトムとまったく同じ。

 経験によって心が成長していくように作られています。」


ウランが子どもたちの顔を見回した。

「でもね、心がどれくらい育ったかを確かめるために、人格認定局っていうところがあるんです。

 そこでは調査官さんたちが、アンドロイドの行動や感情を観察して、

 “人としての成熟”を認めるかどうかを判断してるんです。」


一人の少年が手を挙げる。

「それって、テストみたいなやつ?」


「そう。ちょっと難しいけど、人間で言えば“成人式”みたいなものかな。

 ちゃんと成長して、“自分の心”を持てたら、人権を得られるんです。」


「じゃあ、落ちたら?」


「もう一度やり直し。でもね、誰も“捨てられるため”に生きてるわけじゃない。

 みんな、自分を証明するために生まれたの。」


ウランは胸の前でそっと手を組んだ。



---


「ウランちゃんもアトムモデルなの?」

別の子が興味深そうに尋ねた。


ウランは少し笑って、首を振った。

「ううん。わたしは、アトムのお兄さん――敷島宙博士の研究モデルなの。

 だからアトムとは少し違う仕組みで動いてる。

 でも、“人と仲良くなりたい”って気持ちは同じだよ。」


スクリーンの中では、かつてのアトムが博士と共に立っている。

ウランの目が、少しだけ柔らかくなった。


「アトムは“心を見せた”最初のアンドロイド。

 わたしは“心を伝える”ために作られたアンドロイド。

 だからこうして、みんなにお話ししてるんだ。」


子どもたちが一斉に拍手を送った。

その音が、ガラスのホールいっぱいに広がる。



---


見学が終わり、子どもたちは科学省の中庭へ。

花壇の前でウランが笑顔でポーズを取る。


「はいはーい、みんな並んで!

 ウランちゃんが真ん中ね〜!チーズっ!」


シャッター音がいくつも重なる。

春の風が吹き抜け、花びらが舞った。


――その光景を、

ガラス張りの廊下の向こうから見つめている影があった。


アトム。


静かに立ち止まり、群衆の中で笑うウランを見つめる。

彼女がふと顔を上げた瞬間、目が合った。


ウランがにっこり笑って、手を振る。

アトムも、少し照れくさそうに手を振り返した。


ガラス越しの二人を、春の光が包んだ。


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