第八話 ウランの社会見学ツアー
科学省本庁・展示ホール。
朝の光がガラス壁に反射し、床一面に淡い光が揺れていた。
「みんな〜!ようこそ、科学省アンドロイド共生展示ホールへ!」
金髪を揺らしてウランが登場すると、子どもたちの目が一斉に輝いた。
彼女は今や、科学省の“顔”。
アンドロイドへの理解を広めるために設計された、人気者――
SNSでも動画でも、その笑顔を知らぬ者はいない。
「うわ、ほんとにウランちゃんだ!」
「動画で見たやつだ!声もおんなじ!」
「はーい、みんな落ち着いて〜!ちゃんと聞いてくれたら、最後に一緒に写真撮ろうね♡」
ホールが静まり返ると、ウランの背後の巨大スクリーンが点灯した。
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「さて。まずは――どうしてアンドロイドが作られたのか、知ってるかな?」
数人が首をかしげる。
ウランは優しく頷いて、指で映像を切り替えた。
古いニュース映像が流れる。
“出生率の急落”“労働人口の崩壊”“医療・介護現場の人手不足”。
「そう。きっかけは“人が足りなくなった”こと。
少子化が進みすぎて、社会が回らなくなったの。」
画面には、金属の手で作業する無表情な人型ロボット。
「最初のアンドロイドは、人の形をした“道具”だったの。
働くために作られ、心はなかった。」
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映像が切り替わる。
介護施設で、ロボットが淡々と動き、老人の顔はどこか寂しい。
「人は気づいたんです。
“正確に動くだけでは、人の心は救えない”って。
ありがとうって言っても、返事がないと寂しい。
寂しいって言葉に、誰も返してくれないと、心が空っぽになっちゃうの。」
ウランの声はやさしく、どこか切なさを帯びていた。
「だから、研究者たちは“心を持つ機械”を作ろうとした。
その中心にいたのが――敷島博士。」
画面に映し出される一人の白髪の男性。
そして、その隣に――少年の姿。
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「そう、そして生まれたのが――アトム。」
会場が一斉にざわついた。
「ニュースで見た!」「街で会ったことある!」
ウランは嬉しそうに頷いた。
「アトムは、最初に“心を育てる”ことを目的に作られたアンドロイド。
生まれたときは無垢だったけど、経験を積んで感情を理解していったの。」
映像の中で、若き日のアトムが初めて笑うシーンが再生される。
見学していた子どもたちが、思わず笑みを漏らす。
「その笑顔が、世界を変えた。
“心を持つ機械”が、人と生きられる時代が始まったんです。」
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映像が切り替わり、現在の街並みが映る。
人間とアンドロイドが一緒に働き、笑い、すれ違う。
「今、世界にいるアンドロイドのほとんどは、“アトムモデル”と呼ばれています。
機械の仕組みは、アトムとまったく同じ。
経験によって心が成長していくように作られています。」
ウランが子どもたちの顔を見回した。
「でもね、心がどれくらい育ったかを確かめるために、人格認定局っていうところがあるんです。
そこでは調査官さんたちが、アンドロイドの行動や感情を観察して、
“人としての成熟”を認めるかどうかを判断してるんです。」
一人の少年が手を挙げる。
「それって、テストみたいなやつ?」
「そう。ちょっと難しいけど、人間で言えば“成人式”みたいなものかな。
ちゃんと成長して、“自分の心”を持てたら、人権を得られるんです。」
「じゃあ、落ちたら?」
「もう一度やり直し。でもね、誰も“捨てられるため”に生きてるわけじゃない。
みんな、自分を証明するために生まれたの。」
ウランは胸の前でそっと手を組んだ。
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「ウランちゃんもアトムモデルなの?」
別の子が興味深そうに尋ねた。
ウランは少し笑って、首を振った。
「ううん。わたしは、アトムのお兄さん――敷島宙博士の研究モデルなの。
だからアトムとは少し違う仕組みで動いてる。
でも、“人と仲良くなりたい”って気持ちは同じだよ。」
スクリーンの中では、かつてのアトムが博士と共に立っている。
ウランの目が、少しだけ柔らかくなった。
「アトムは“心を見せた”最初のアンドロイド。
わたしは“心を伝える”ために作られたアンドロイド。
だからこうして、みんなにお話ししてるんだ。」
子どもたちが一斉に拍手を送った。
その音が、ガラスのホールいっぱいに広がる。
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見学が終わり、子どもたちは科学省の中庭へ。
花壇の前でウランが笑顔でポーズを取る。
「はいはーい、みんな並んで!
ウランちゃんが真ん中ね〜!チーズっ!」
シャッター音がいくつも重なる。
春の風が吹き抜け、花びらが舞った。
――その光景を、
ガラス張りの廊下の向こうから見つめている影があった。
アトム。
静かに立ち止まり、群衆の中で笑うウランを見つめる。
彼女がふと顔を上げた瞬間、目が合った。
ウランがにっこり笑って、手を振る。
アトムも、少し照れくさそうに手を振り返した。
ガラス越しの二人を、春の光が包んだ。




