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ATOMS   作者: 沢井 真広
7/13

第七話 散歩する日曜日

休日の朝。

薄曇りの空を見上げながら、高乃は玄関の鍵を閉めた。

「……行きましょうか、ポル。」


「はい。さんぽ、すき。」


足元の小さな犬型アンドロイドが尻尾を振る。

声の抑揚には確かな感情があった。

「知ってますよ。」と苦笑しながら、高乃は歩き出した。


もう、アンドロイドと暮らすつもりなどなかったのに…

---


商店街の通りは、休日らしい緩やかさに包まれていた。

パンの香り。子どもの声。信号の音。

ポルはまるで人間のように歩調を合わせ、赤信号で止まった。


「おはようございます。」

「しゃべった!」「すごい、本物みたい!」


笑い声とスマートフォンの光が集まる。

高乃は軽く頭を下げて通り抜けた。

注目を集めるのは慣れている。――だが、その理由は違う。


少し先のカフェテラス。

その一角に、見慣れた姿があった。


「……アトム。」


黒いコートに、湯気の立つカップ。

いつもと変わらぬ穏やかな笑み。


「やあ、高乃。日曜日に会うなんて珍しいね。」


「偶然って言いたいんだな。」


「うん、もちろん。君が犬と歩くなんて、ちょっと驚いたけどね。」


「……押しつけた張本人が何を。」


アトムは少しだけ肩をすくめた。

「押しつけた?違うよ。君に向いていると思っただけ。」


アトムの声は柔らかい。

それが癪に障るほど、自然で人間らしい。



---


ベンチに座る二人を、通行人がちらちらと見る。

「アトムだ……」「ほんとに本物?」

ざわめきが波のように広がる。

アトムは気づいていながらも、気にする様子はなかった。


「人気者だな。」

「ありがたいけど、時々息苦しいね。」

「それでも笑ってる。」

「笑えば、人は安心するから。」


高乃は息をついた。

「……相変わらず、人間くさいこと言うな。」


「そう言う君が、一番人間らしいのに。」


アトムの言葉に、高乃は黙った。


--

「そういえば、高乃。楓ちゃんはどう?」


「……仕事の話か。」

「そう。新人、頑張ってるだろ?」


「真面目だ。覚えも早い。……優秀だよ。」


「でも?」


「普通の子だと思う。

 強い意思はあるけど、特別な何かがあるわけじゃない。」


アトムは目を細める。

「“普通”って、君が一番欲しがってた言葉じゃなかった?」


「……どういう意味だ。」


「人間でもアンドロイドでもなく、

 誰の色にも染まらない“普通”。

 僕が楓ちゃんを選んだ理由、少しは分かった?」


「分からない。俺は人間の考え方で生きてるから。」


アトムが少し笑った。

「君も、僕と同じように“心”を探してる。

 それに気づかないだけだよ。」


「……言いたいことだけ言って、満足か。」


「まだ半分。」


「残りは聞かない。」


その短いやり取りに、二人の長い付き合いがにじんでいた。



---


ポルが小さく鳴いた。

「けんか?」

「してませんよ。」

「ほんと?」

「ほんとです。」


アトムが吹き出す。

「君、犬にまで丁寧語なんだ。」


「礼儀は大事。」


「ふふ、そういうところ、好きだな。」

「気持ち悪い言い方するな。」


アトムはコーヒーを飲み干し、立ち上がった。

人々の視線が再び彼を追う。


「高乃。君は、人を信じるのが下手だ。」

「お前は、信じすぎる。」

「だから、君に任せたんだよ。楓ちゃんを。」


「なんであの子なんだ。」

「君がそう聞くと思ってた。」


アトムは小さく笑って、

「答えは、そのうち本人が見せてくれる。」とだけ残した。


高乃は眉をひそめた。

「いつもそうだ。曖昧なことしか言わない。」

「そう?未来の話をしてるだけだよ。」


それを最後に、アトムは群衆の中へと消えていった。


ポルが尻尾を振って言う。

「たかの、アトム、すき?」

「……どうでしょうね。」


灰色の空の向こうで、わずかに光が差していた。



---


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