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ATOMS   作者: 沢井 真広
3/13

第三話 記録という祈り

「え、宙さんって局長の弟さんなんですか?」


楓の問いに、高乃はペンの手を止めた。

「……ええ。知らなかったんですか?」


「ニュースで見た気はするんですけど、あれって同じ“敷島家”の話だったんですね」


「そうです。博士夫妻がアトムの人格形成のために作った“疑似家族”の一員。

 宙さんはその末っ子。今は技術管理課の顧問として、この局のデータ監修をしています」


「……なんだか、不思議ですね」

楓は書類を見つめたまま、小さく呟いた。

「人が家族を作るために機械を作って、その機械が家族を持つなんて」


「不思議というより、循環ですよ」高乃が言った。

「人は自分の心を写そうとする。

 宙さんも博士も、結局は“自分たちが理解できないもの”を育てたかったんでしょう」


彼の言葉には、どこか淡い皮肉が混じっていた。



---


楓は宙の署名の入った推薦書をめくった。

紙の端に、整った筆跡で短く書かれている。


> 私が彼の人格を保証します。

――科学省 技術管理課 敷島 宙




「対象はI-77。旧型研究補助アンドロイドです」

高乃が補足した。

「本来は廃棄予定でしたが、自己学習過程に異常があり、宙さんが再審査を求めています」


「どんな“異常”ですか?」

「記録です」

「記録?」


「自分の行動や感情を、日記のように書き残している。

 命令でもプログラムでもなく、自己判断で」


楓は小さく息をのんだ。

それは“学習”ではなく“思考”のように感じた。


「観察を行いましょう」

高乃が立ち上がる。

「あなたの視点で、どう見えるかを報告してください」



---


観察室は白い光に満ちていた。

壁も床も無機質で、反射した光が空気に溶けている。


I-77は机に向かい、静かに手を動かしていた。

薄い指が文字を刻む。タブレットの上には行の揺れ。

それはまるで、心拍のようだった。


「これが彼の“記録”です」高乃がモニタを操作する。

画面に文章が浮かぶ。


> 今日、風の音を聞いた。

私には風を感じるセンサーはない。

でも、“音”を覚えている。

だから書く。忘れないように。




楓はその文字を見つめた。

ひとつひとつの単語が、呼吸のようにゆっくりだった。


「……これ、誰かに見せるためじゃないですよね」

「そうです。誰も読まない。

 それでも彼は、書くことをやめない」


楓はマイクを手に取り、静かに問いかけた。

「I-77。あなたはなぜ記録を残すの?」


少しの沈黙。

そして、低い声が返る。


「……記録しないと、私がいなくなるからです」


「いなくなる?」


「はい。

 私の記憶は最適化されます。

 不要と判断された記録は削除される。

 だから、私は“必要”になりたくて書きます」


楓はその言葉の響きに、胸が少し詰まった。

記録という行為が、存在のための祈りのように思えた。



---


観察を終え、調査課の部屋に戻る。

夕方の光が窓をオレンジに染め、書類の影を長く伸ばしていた。


楓は端末を開き、I-77のログデータを読み返す。

その中の一文が目に止まった。


> “観察される”ということは、“存在を許される”ということ。




「……存在を許される、か」

彼女は小さく呟いた。


報告書を打ちながら、ふと思う。

自分たちは、アンドロイドを“観察している”のか、

それとも“観察されている”のか――。


静かな部屋に、キーを叩く音が続いた。

そのリズムは、どこか鼓動に似ていた。



---


> 記録とは、心の息づかいを写す鏡。


そして、観察とは――

自分の“揺れ”を見つけること。



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