第十三話 春を待つ庭
「真壁…また安請け合いして!
私たちは暇じゃないの!わかってるでしょ?」
凛があきれ声で嘆いた。
真壁が差し出した報告書を指で弾く。
「すみません、凛さん。
けど警察時代の同僚が困ってて…」
「それにしたって、死んだはずの人間が今まで通り暮らしてる、なんて…うちの管轄外!
アンドロイドの可能性があるとしても!推薦状も無いわけだし。」
「それ、私がいきましょうか?」
よく通る凛の声に、思いついたようにふと高乃が申し出た。
「え!良いんですか高乃さん!?」
「ええ。気になりますから。紺野さんも行きましょう。」
楓は驚いた猫のように目を見開いて声を上げた。
「え!私幽霊ダメです!」
「……何言ってるんですか…そんなものいるわけ無いでしょう。」
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静かな住宅街。
午後の陽が傾き、白い家の壁がやわらかく光っていた。
チャイムを押すと、落ち着いた女性の声が返る。
『……どなたですか?』
「科学省人格認定局の者です。少しお話を伺いたくて。」
扉が開く。
そこに立つのは、どこからどう見ても“生きた人間”だった。
血の通ったような頬。瞬きの間の小さな息遣い。
だが、完璧すぎた。
高乃は静かに頭を下げる。
「突然の訪問、失礼いたします。
ご本人で間違いありませんか?」
「ええ。私が沢渡香苗です。間違いありません。
……先日警察の方もいらっしゃいましたけど…
今度は科学省?何でですか?何かの間違いだと思います。」
高乃の懐の端末が、かすかに光った。
微弱な信号――アンドロイド特有の反応。
彼は表情を崩さぬまま礼を述べ、楓と共に歩き出した。
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「完全に自分を沢渡香苗さん本人だと思っているようでしたね……あのアンドロイド。
自分の死を受け入れられずに、ご本人がレプリカを作ったとかでしょうか?」
駅へ向かう道すがら、楓がぽつりと言った。
「アンドロイドに自分を移して、自分を生き延びさせようとしたとか。」
「ありえますが、」高乃は路面を見つめながら答える。
「――ただそれだけでしょうか?」
その声音は、どこか遠い記憶を思い出しているようだった。
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翌朝、ふたりは香苗の最期を追い始めた。
まず向かったのは、入院していた病院。
ナースセンターの片隅で、看護師が記録をめくる。
「沢渡さんね……穏やかな人でしたよ。でも親族とか身寄りの方は誰もいなくて…最後の頃は“あの子が一人になってしまう”っていつも気にしてたわ。」
「あの子?」楓が尋ねる。
「たぶん、一緒に暮らしてたアンドロイドのこと。
レイナって名前じゃなかったかしら。見た目的には15歳くらいだったけど、まだ心の成長的には5歳くらいと言ってました。
“娘みたいなもの”って言ってたのを覚えてる。
でも香苗さんが亡くなった時レイナは病院に来なかったのよねぇ、アンドロイドだから…売られたか、処分されちゃったのかな…」
「レイナさんが来なかったなら、香苗さんは誰にも看取られずに?」
「いえ!最後に何故か昔馴染みとかいうおじさん?がやって来て色々対応していってくれたんですよ。届けにもサインも頂いていたはず…ほらこの方です!」
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「俺を逮捕するのかな?」
都内の改造業者、死亡届にあった名前の初老の男、
佐伯修一は記録をめくりながら言った。
壁一面に並ぶ部品の匂いと、静かな電子音、
佐伯は続ける。
「香苗とは古い知り合いでね、
けど会ったのは随分久しぶりだったんだよ。
“余命を宣告された”って、青い顔で来て。
頼まれたんだよ――“レイナを私そっくりにしてくれ”って。」
「特定の個人に似せたアンドロイドの改造は違法ですよ?」
「知っているよ、ただあんな風に頼み込まれてはなぁ…本当の一生の頼みだ、断れなかった。
良くできてたろ?ばれないと思ったんだが…」
楓はため息をつきつつ問いかけた
「……外見だけでなく、記憶も香苗さんから依頼を受けてかきかえたんですか?」
「…記憶?それは俺は専門外だな。」
「ご協力ありがとうございました。
ご安心を。我々は科学省の人間なので貴方を逮捕する権限は持っていませんので。」
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帰りの車中。
楓が小さくつぶやいた。
「……死を恐れたんじゃない。
残されるレイナさんを、独りにしたくなかったんでですね…」
高乃はしばらく黙っていたが、やがて頷いた。
「ただ、それならどうして自分に似せる必要があったんでしょう?レイナのまま人格認定を目指す方法もあったのに。」
「関係無いかもしれないですけど……」楓が思い出したように言う。
「看護師さんが、“二人で同じ絵本を読んでいた”って言ってました。
『春を待つ庭』――冬を越えて、
人とアンドロイドが一緒に春を迎える物語らしいです。」
高乃が目を細めた。
「……春を待つ庭、か。いい題ですね。」
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翌日、2人が再び三鷹の家を訪ねると
出迎えた“香苗”――カナエは一瞬迷惑そうに身を引いたが、考え直したように穏やかに微笑んで出迎えた。
「またいらしたんですね。私はちゃんと生きていますよ?」
「いいえ、沢渡香苗さんは、確かに半年前に亡くなっています。死亡した病院で死亡届が出されています。」
高乃の声は静かだった。
「……みんなして、本当におかしな冗談はやめてください。私は香苗として普通に暮らしてますよ、職場だって家のまわりの人たちだって…みんな私を香苗さんと呼んで…」
カナエの声が震える。
そのとき、楓の目が本棚に止まった。
古びた背表紙。『春を待つ庭』。
そっと引き抜くと、ページの間から小さなメモリカードが落ちた。
再生――。
映像の中、香苗が柔らかく笑っていた。
隣にはレイナ。まだ初期の外見のまま。
> “レイナは私の娘のようなもの。
心がまだ育ちきっていないから、人格認定を出しても通らないと思う。
でも、処分されるなんて嫌。
だから、私のすべてをあの子に渡すの。
顔も、仕事も、家も、財産も、記憶も。
そうしたら、あの子は人間として、1人でも生きられる。
あの子が一人で生きられるように、私の全てをあの子に…”
カナエの指が震えた。
「……これは誰?いったい何の話?」
「あなたは、香苗さんが愛した“レイナ”です。」
楓の声は震えていた。
「香苗さんは。あなたを生かしたくて、
彼女の全てをあなたに託したんです。」
カナエは唇をかみ、涙をこぼした。
「そんな…嘘!そんな事認めない!私は人間です!」
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庁舎の夜。
高乃は受話器を置いた。
「……ええ、報告しました。
三鷹の件、警察には“誤認情報”として伝えました。」
電話の向こうで、静かな低い声が返る。
「ありがとう。後はこっちで処理する。」
低い声の背後でアトムの声が小さく混じる。
「それにしても、沢渡香苗の手続きは見事だったね、
彼女の財産は誰にも相続権は無く、レイナが香苗として完全に社会生活を送れるように全てが引き継がれていた。
誰も何もしなければ、レイナは人間として生きていく。」
「アトム…レイナはこれで良かったんだろうか?」
「どうかな?でも少なくとも、彼女はこれからどう生きるかを自分で決めることが出来るよね。」
通話が切れ、静寂が戻る。
窓の外では、夜の風が街の灯を揺らす。
高乃は三鷹の家を後にした楓の言葉を反芻していた。
「……香苗さんの愛は、レイナさんを救ったけれど、
二人の思い出は、もう残っていないんですね。」
遠く三鷹の住宅街に、
ひとつだけ残る窓の灯を思い出す。
「それでも、生きていてさえくれたら…そう思う事もある…」




