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とある恋の物語  作者: 星河雷雨


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第9話 遺された腕輪



 ――フィトロスの森。


 魔物の大行軍が発生したとされるその森は、昔からフィーナのいた村では、魔の森と呼ばれていた。


 かつてその森の奥で発生した魔物の大行軍は、はるか王都まで到達したという記録が残っている。


 魔物の大行軍は、何を目的として行われているのかが、まだはっきりとは解明されていない。だが、一説によると、魔物たちが何かに脅威を感じた場合や、あるいは何らかの興奮を誘う事象に遭遇した結果なのではないかとされていた。


 どちらにしろ、人間がそれを予測し、対応できるようなものではないのだ。


 一度魔物の大行軍が起きてしまえば、その通り道となった土地は、草一本残らず死滅するとも言われている。さすがにそれは誇張された話だろうが、多くの犠牲者が出ることは間違いない。


 そしてフィトロスの森から出た魔物たちが、最初に通るのが、フィーナたちの村なのだ。






 町と村の境にある森の中を、フィーナは一人で進んでいた。


 今、フィーナが暮らす町は、かつて住んでいた村に隣接する、小さな森を挟んだ先にあった。昔から、村人たちが村では手に入らないものを買い出しにきていたのが、この町だ。


 そして、フィーナたちの村を越えた魔物たちが、次に向かってくるのもこの町だった。


 大行軍を起した魔物たちは、だいたいが真っすぐに進むため、人々はその大行軍の進行を避ける形で非難するのが一般的だ。そして、その大行軍を押さえるために、騎士や魔術師たちは、魔物たちの進行方向を変え、発生源となった土地へと追い返す。


 かつて魔物の大行軍を起した魔の森近くに住む者として、フィーナもその程度の知識は持っていた。


 そして、かつての大行軍の道筋も知っている。


 今回も同じ道筋で魔物たちが行軍するかは賭でもあったが、フィーナはできるだけ、過去の行軍の道筋を回避しながら村へ向かって進んでいた。


 視界を遮る枝を、手で横に払いつつ進んでいたフィーナは、突如頬に走った痛みに、眉を顰めた。


「痛っ……」


 避けた際に跳ね返って来た枝が、頬に傷をつけたのだ。


 その枝は、フィーナの頬を傷付けただけではない、首に巻いていたスカーフに引っ掛かり、布を裂いてしまった。随分と長いこと使っていたスカーフだったので、だいぶ生地が傷んでいたのだ。


 フィーナはそのスカーフを首から取り、跳ね返って来た枝に巻き付けた。もしもの時の、目印になるかと考えたのだ。


 町へと帰る際の、道標になるか。あるいは、誰かにフィーナの居場所を教えるための、道標になるか。どちらになるかは分からないが、気が付いたら、何故かそのような行動を取っていたのだ。


 カロルが見つけてくれれば。


 おそらくは、そう願っての行動だったのかもしれない。


 風になびくスカーフを見つめたあと、フィーナは前を向いた。


 頬につけられた傷が、鋭い痛みを訴えてきたが、その痛みを無視してフィーナは再び、樹々を掻き分けながら森の中を進んだ。






 フィーナは騎士と別れたあと、森へと入った。


 居ても経ってもいられず、ただ、森へと向かって走り出していた。


 何故、このような行動を取ったのか、フィーナ自身もわからなかった。


 アリトを喪ってからは、村にはあまり良い思い出はない。だが、それでも十六の頃まで過ごした村なのだ。フィーナたちに、優しくしてくれた人だっていた。しかも今あの森には、カロルがいる。


 ――大丈夫。カロルは生きている。


 カロルはかつて、あの村に常駐していたのだ。森にも詳しい筈だ。きっと生きている。


 しかし、カロルの無事を信じる一方、フィーナはもう一つの可能性に関しても、同じように考えていた。

 

 すでにカロルは、生きてはいないのかもしれない。


 だからこそ、自分はこのような、無謀な行動を取っているのかもしれないと。


 すでに両親もなく、カロルさえも失ったというのなら。フィーナにはもう、何も残されてはいないからだ。


 どちらにせよ、行ってどうなるものではない。もし大行軍と鉢合わせてしまったら、生き延びる術はないだろう。


 それでも、今のフィーナには、進むことしか考えられなかった。


 フィーナはもう、疲れていたのだ。


 アリトのいない人生に、疲れていた。


 誰かを苦しめることしかできない人生に、疲れていた。


 死にたいと、何度も思ってきた。けれど、フィーナの命は、アリトに貰ったものだ。フィーナの命は、フィーナ自身でさえ、勝手に喪って良いものではない。


 だから――。


 だからきっと、フィーナはここへ来たのだろう。


 誰かのために命を失うのなら、きっとアリトも許してくれる。そう思ったのだ。


「カロル……」


 もし今目の前に魔物に襲われそうになっている者がいたら、それが誰であろうと、フィーナは助けに入っただろう。


 それでも、カロルの無事を祈る気持ちは嘘ではなかった。


 どうか生きていて欲しいと、心からそう思っていた。


「カロル、ごめんなさい……」


 二人が幸せになれなかったのは、決してカロルのせいだけではない。


 こんな結果になってしまったのは、フィーナが弱かったからだ。カロルの優しさに、縋ってしまったからだ。今だって、こんなにもアリトを愛しているのに。その気持ちを封じ込め、自分とカロルに嘘を吐いてきたからだ。


「ごめんなさい」


 謝りつつも、フィーナは前に進んだ。


 進んで進んで、森を抜けると見知った景色が現れた。

 

 その景色を見たフィーナは、その場で足を止めた。

 

 フィーナの村。ここは、フィーナたち家族が、暮らした村だ。


 だが、そこにかつての光景はなかった。家は倒壊し、村には人どころか、馬一頭、鳥一羽さえ見当たらない。


 避難したのなら良い。避難できたのなら。


 だがこの村へ来るまで、誰一人会うことはなかった。村人どころか、騎士の一人とも。


 しかも――。


 地面に目を向け、フィーナはごくりと唾を飲み込んだ。


 ところどころが斑になっている地面には、見覚えがあった。普通の土の色とは別に、濃くなっている箇所がある。あれは、血がしみ込んだ痕だ。それが至る所にある。 


「……お願い、生きていて」


 フィーナがカロルの無事を願い、再び歩き出したその時だった。


 フィーナの足に、何かがぶつかった。カツンっと耳に響く、金属音。足元を見たフィーナの目に映ったのは、所々が血にまみれた、銀色に鈍く光る腕輪だった。


「……これ」


 フィーナはその腕輪を、震える手で拾い上げた。


 自分の腕輪と、お揃いの紋様が描かれた腕輪。カロルの腕輪だ。


 フィーナは慌てて、周囲を見回した。魔物に襲われたほとんどの者が、血だまり以外の何も残さずに、死んでいくことは知っていた。


 きっと、カロルを見つけることはできない。この腕輪が残っていたのは、ほとんど奇跡に等しいのだ。


 知っていた。それでも、探さずにはいられなかった。


 けれど、やはりそこに、カロルの姿を見つけることはできず――。


「……カロル」


 フィーナはその場に頽れ、カロルが遺してくれた腕輪を、胸にきつく抱きしめた。


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