表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とある恋の物語  作者: 星河雷雨


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/11

第6話 運命の悪戯

 


 別れると決めた二人だったが、だからといって、すぐに別れられるものではない。


 ただの平民ならば、当人たちの意見が揃えばすぐにでも別れられたが、騎士であるカロルは、そうはいかない。カロルも平民ではあるが、国に使える騎士として、貴族の結婚に習うことが求められるのだ。


 間の悪いことに、カロルは翌日から魔物討伐の遠征が入っていたので、離婚の手続きは遠征から返ってきてからということになった。


 騎士団が行う魔物の討伐とは、魔物の動きが活発化したとの報告があった地域に出向き、その数を減らすために行われるものだ。


 ただ、それはあくまで人の住む地域付近に現れる魔物のみを討伐対象としているため、鍛えた騎士達ならば、さほどの危険はない。人の生活圏に出てくるような魔物のほとんどが、それほどに強い個体ではないからだ。


 今回カロルたちが出向いたのは、フィーナのいた村に隣接する、フィトロスの森だった。


 出かけたのが、昨日。


 討伐ではあるが、視察も兼ねているため、帰ってくるのに最低でも一週間はかかると、カロルは言っていた。


 ならば、その一週間の間に、やれるだけのことをやっておこうとフィーナは考えていた。


 家中を綺麗に掃除して、家の中、何処に何があるのか、カロルがすぐにわかるように整頓をしておかなければならない。


 フィーナの荷物は、ほとんどが持っていくことになる。女性用の服など、カロルが持っていても役には立たないだろうし、装飾品などは、カロルに貰った銀の腕輪位だ。


 売れば幾らかにはなる程度には高価なものだったが、それでもこの腕輪だけは、思い出に貰って行こうと考えていた。


 カロルが遠征から帰ってきたら、二人して教会へと赴き、司祭の前で定型句を諳んじる。


 それから、誓いを破ったことを神に謝り、許しを請う。


 そうしてはじめて、二人は夫婦ではなくなるのだ。


 司祭は何と思うのだろうか。


 フィーナはふと、そんなことを思った。けれど、そう思った直後に、笑いを零す。


 別れる夫婦など、さして珍しくもない。司祭はきっと、何食わぬ顔で仕事をこなしたあと、いつものように神へと祈るのだろう。


 名残惜しいという思いはあるが、それでも、早くカロルを解放したいという思いの方が強かった。


 結局別れることになってしまったが、フィーナと家族が、カロルに救われたことは事実なのだ。


 この十年、辛いこともあったが、フィーナは確かに幸せだった。カロルに、幸せにして貰った。


 あの夜のカロルの呟きにそう応えを返せなかったことが、フィーナの中で小さな(つか)えとなっている。


 別れる前に、ちゃんとそのことをカロルに告げなければ。


 そう心に決めてから、フィーナは町へ食材を買いに出かけようと、家の扉を開けた。







 

 町へと買い物に出たフィーナは、町の様子が、どこか騒がしいことに気が付いた。


 誰もがそわそわと、落ち着かない雰囲気で道を行き交っている。


 忙しなく、家の中と外を行き来している者。買えるだけの食べ物を、店から買おうとしている者。大量の荷物を、荷馬車へと積んでいる者までいた。


 町中が、異様な雰囲気に包まれていた。


 何かがあった。それはわかるのだが、一体何があったのかがわからない。フィーナは、近くを足早に通り過ぎようとした年配の女性に声をかけた。


「……あの、すみません。何かあったんですか?」


 フィーナの言葉を聞いた女性が足を止め、大きく目を見開いた。


 フィーナが声をかけた瞬間は、眉を顰め、迷惑そうな気持を隠そうともしていなかったが、フィーナが何があったか聞いた途端、女性の態度が変わった。


「何だい、あんた。何も知らないのかい? フィトロスの森の外れで、魔物の大行軍が確認されたんだよ」


 女性の話を聞き、フィーナは息を呑んだ。


「ちょうど騎士たちが魔物討伐のために遠征していたようでね、そのおかげで今は侵攻が食い止められているみたいだけど……結構な数の死者が出たって話だよ」


 血の気が引くのがわかった。


 その遠征に行っている騎士達とは、カロルの所属する騎士団のことだ。


「死者が出たって……本当ですか⁉」


 フィーナの突然の剣幕に、女性は驚いたあと、眉を顰めた。 


「あんた……もしや夫が騎士なのかい?」


 女性の言葉に、フィーナは頷いた。


 いずれ別れる予定とはいえ、フィーナとカロルはまだ夫婦だ。そうでなくても、カロルはフィーナたち家族の恩人であり、十年という長い年月を、家族として共に過ごした大切な人だった。


「……死者が出たのは、本当らしいよ。すでに、他の騎士団が応援に出発したともね。なあ、あんた。気をしっかり持ちな。あんたの夫は、きっと無事だよ。今あんたにできることは、少しでも遠くに逃げることだ。いいかい? あんたが無事でいなきゃ、帰ってきた夫が悲しむことになるんだ」


 フィーナも、慰めた女性さえも、それがただの気休めにしかならないことを知っている。魔物の大行軍は、その進行を妨げるものに容赦はしない。否、何者にも頓着することなく、ただ目の前にあるものを薙ぎ払うだけなのだ。


 女性は別れ際、「あんたも早く逃げなよ」と、フィーナに声をかけてくれた。けれど、フィーナはその場から動くことができなかった。


 人々が逃げ惑う中、フィーナは一人、その場に立ち尽くすことしかできなかった。


 逃げなくては、という思いと。


 またなのか、という思いが、交錯していた。


 カロルを置いて逃げる。


 人々のために、フィーナのために、戦ってくれているカロルを置いて。


 フィーナ一人がここへ残ったとしても、何もできないことはわかっている。今度は、生き残ったとしても、誰にも咎められることはない。


 それでも、という思いが、フィーナの足を竦ませた。


 進むこともできず、逃げることもできない。そんなフィーナの硬直が解けたのは、声をかけてくれた一人の騎士のおかげだった。


「ご婦人。大丈夫ですか?」


 気付けばすぐ傍に、騎士を乗せた馬の姿があった。馬の背に乗る騎士を見上げれば、そのいで立ちから、カロルよりも位の高い騎士であることがわかる。


「……はい」

 

 返事をしたフィーナに、騎士が頷いた。


「さあ、ここは危ない。何を持ち出す必要もない。すぐに、逃げてください」


 買い物籠一つで立ち尽くしていたフィーナに、騎士はそんな言葉をかけてくれた。


 騎士ならば。

 

 カロルと同じ、騎士ならば。カロルの生死を、知っているかもしれない。そう考えたフィーナは、逃げろと急かす騎士に対し、一つの質問をした。


「……カロル・トロス。……死んだという者の中に、この名はありますか?」


 その言葉だけで、騎士はフィーナがカロルの家族であることを察したのだろう。その騎士は、先ほどまでのいかにも騎士といった体の毅然とした態度を崩し、悔しそうに、そして痛ましそうに、フィーナを見つめた。


「……申し訳ない。まだ何も分からないんだ」

「そう……ですか」


 騎士はもう一度、申し訳ないと謝ってくれた。


 フィトロスの森に遠征に行っていたのは、カロルのような、下級騎士たちが所属する騎士団だ。けれど、この騎士は見るからに、位が高い。この騎士はおそらく、フィーナの家族が魔物と戦っている中、同じ騎士である自分がこの場にいることを、申し訳ないと思っているのだろう。


 あるいは、騎士の謝罪には、他にも意味はあったのかもしれない。けれど、今のフィーナには、そんなことはどうでも良いことだったのだ。


「貴女は……」


 騎士が皆まで言う前に、フィーナは騎士に告げた。


「フィーナ・トロス。……カロル・トロスの、妻です」









 あの女性と同じように、騎士は残していくフィーナに、「早く逃げなさい」と一声かけてから、フィトロスの森方面へと向かって、馬で駆けて行った。


 カロルにはどうにか無事であって欲しい。


 けれど、魔物の恐ろしさを、フィーナは良く知っている。


 アリトを襲った、あの大きな魔物。


 騎士を常駐させねばならなかったほどに、脅威であると判断された魔物。


 フィトロスの森には、あの魔物がいるのだ。


 暗闇の中で光る、二つの赤い双眸。


 赤い口の中に浮かぶ、真っ白な牙。


 大地に染みこむ、真っ赤な血。


 あの時の光景を思い出したフィーナは、居ても立ってもいられずに、あの騎士が去って行った先、フィトロスの森のある方向へと向かい、自らも走り出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ