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とある恋の物語  作者: 星河雷雨


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第3話 失ったもの

 


 その後、暗くなっても戻らない二人を探しに来た大人たちは、その場に残された血だまりと、倒れているフィーナを見つけた。


 フィーナの血に濡れた服を見た時には、その場にいた誰もが、最悪の事態を予想した。


 けれどフィーナは生きていた。首に噛まれた痕はあったが、それだけだった。その傷は致命傷には至らず、フィーナはただ気を失っていただけだった。


 意識を取り戻したフィーナの話は、要領を得なかったが、なんとか話を繋ぎ合わせ、大人たちはアリトの身に起こった悲惨な出来事を知ることとなった。


 フィーナはその後父親に負ぶわれ、村へと帰り、首の傷の手当を受けた。それから村長――アリトの父親が、自分の妻――アリトの母親にアリトの死を告げる様子を、フィーナはただ茫然と、床に膝を突いたまま眺めていた。


 フィーナの隣には、フィーナの母親。二人の目の前には、フィーナの父親が、床に膝を突き、頭を下げていた。


「申し訳ございません! 申し訳ございません!」

「お前も謝罪しなさない! フィーナ!」


 鬼気迫る表情の母親に頭を床に押し付けられ、フィーナもアリトの両親に謝罪の言葉を告げた。


「申し訳……ございません」


 その謝罪に、ちゃんと心が込められていたかはわからない。申し訳ないと、思っていなかったわけではない。けれど、自分が本当に謝るべきは、アリトだとフィーナは考えていたからだ。


 アリトに謝りたい。


 花を摘みに行ってごめんなさい。


 足がすくんでごめんなさい。


 助けられなくてごめんなさい。



「ごめん、なさい。……アリト」



 村長に縋りつき、泣き叫んでいたアリトの母親であるメリサが、ふいにフィーナに視線を向けて来た。


 恐ろしい視線だった。


 フィーナが憎くて憎くて、仕方ないかのような視線だった。


 いつも、遊びに行くと手作りのお菓子を出してくれた、あの優しいメリサはもういないのだと悟り、フィーナの心臓がぎゅっとしめつけられた。


「どうして……あんな所へ行ったの」


 メリサからの問いには、答えられなかった。


 あそこには、アリトが好きだと言った、花があったから。その一言が、言えなかった。ほんの僅かでも、アリトの責任を問うような、そんな言葉を口にすることはできなかった。


 けれど、何も答えないフィーナの態度は、余計にメリサの神経に触ったらしい。


「あなた……! あなたのせいで!」


 パシンと、乾いた音が周囲に響いた。


 フィーナの目の前には、いつのまにかメリサの姿があった。メリサが、フィーナの頬を叩いたのだ。


「メリサ! 止めなさい!」


 村長がフィーナを庇ってくれたけれど、メリサはフィーナを罵ることを止めなかった。



「あなたのせいで――!」



 謝り続けるフィーナと両親に、村長は、もういいと言ってくれた。けれど、どれだけフィーナと両親が謝罪の言葉を繰り返しても、メリサから許しの言葉がかけられることは、ついぞなかった。












 その後、フィーナとその家族は、村人たちから距離を置かれることになった。


 あからさまに、アリトの死を「お前のせいだ」と、フィーナに言う者もいた。


 けれど、「助かって良かった」と、涙ながらに言ってくれた人もいた。


 皆心の中では、アリトが死んだのは仕方のないことだと分かっていたのだろう。確かに、あの場所へフィーナを迎えに来たせいで、アリトは魔物に喰われて死んでしまった。けれど、あの場所へ行くのは、何もフィーナだけではないのだ。


 子どもたちは皆、大人の顔色を窺いながらも肝試しのような感覚で、普段から森の近くに遊びに行っていた。それを、大人たちも知っていた。


 魔物が村の近くまでやってくることは、滅多にない。大人たちの忠告を聞かない子どもたちに、それでも大人たちは、子どもたちの行動を、自分たちの子どもの頃と重ねつつ、仕方ないと言って、笑って許していたのだ。


 魔物が村の近くに来ることは、滅多にない。けれど、あの日だけは違った。最悪の偶然が、起こってしまった。


 滅多に来ない魔物が、村の近くへやって来て。やって来た魔物が、見たこともないような、大きく凶暴な魔物だったのだ。


 子どもがたった二人だけで、魔物の脅威に晒された。その事実に、一人でも生き残ったのが奇跡だと、そう言って慰めてくれる人もいた。


 ただメリサや村長の気持ちを考えると、皆表立って、フィーナ達家族の味方はできなかったのだ。


 当時はそのことがわからなかったが、成長した今ならわかる。


 村人たちを、恨む気持ちはない。アリトの両親には、あれからずっと、申し訳ないと思い続けている。


 実際に、もう何度もフィーナと両親は、アリトの両親に謝りに行った。そして最終的には、家に来ることすら、拒まれてしまった。


 アリトのために。アリトの両親のために。自分にできることならば、なんでもしたいとフィーナは思っていた。けれど、これ以上どうすればよいのか、分からないのだ。


 唯一分かっているのは、きっとアリトが生き返りでもしない限りは、この村の淀んだ空気が変わることはないのだということ。


 そして、その淀みの原因を作ってしまったのが、フィーナであるということだけだった。


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