第二章 白炎の魔女と悪役令嬢①
第二章はヒカリ(光里)視点になってます。
本多光里はぼんやりと三つの遺影を眺めていた。
ああ、これは……夢を見てるんだろうか。自分の姿を他人事のように眺めながらそう思う。
会社員だった日本人の父とフラワーアレンジのデザイナーだったイタリア人の母、そして大学生だった双子の姉は四年前、航空機事故で亡くなった。両親の銀婚式の祝いに家族でハワイ旅行を企画して、その帰りだった。
光里だけが同行しなかったのは、出発前日に高熱を出してしまったからだった。せっかくの旅行なんだから、と三人を送り出したら何故か熱は下がっていた。
自分が彼らを行かせてしまったからじゃないかという後悔と、人間ってこんなに簡単にいなくなっちゃうものなんだな、という感慨。
幸い周囲の人々や親族が上京してきて色々と助けてくれたので、まだ二十歳の世間知らずだった光里も何とか必要な手続きをすることができた。
けれど一人になると、どうして自分だけ、という気持ちになった。
あまりの突然さに、彼らはどこかで生きているんじゃないかという願望が頭の片隅にずっとあった。いつかひょっこりと帰ってくるかもしれない。
だったら僕が留守を守らないと……いけないのに。
……あー……落ち込んでる場合じゃない。そろそろ起きないと。週明けは電車混むんだよな。今日は朝イチで取引先にメールを……あれ? スマホどこに置いたっけ。
目を開けると木と漆喰でできた天井が見えた。窓から差し込む柔らかな日差し。
そうだった、ここは僕がいた世界じゃないんだった。
階下で誰かの話す声がする。
光里は身を起こしてベッド脇に畳んでおいてあった衣服に着替える。最初は慣れなかったこの世界の衣服もやっと自分で着られるようになった。
階段を降りると楽しそうに会話しながらテーブルに料理を並べている二人が目に入った。
小柄で淡い白金の髪と紫色の瞳をした女の子がこの家の主のデルフィーナ。今は十七歳。
彼女と背丈は変わらない青味がかった銀髪と緑の瞳をした男の子が二歳年下のステファノ。雰囲気が姉弟のように似ている。
二人とも人形のように完成した美貌の持ち主だ。並んでいるとすでに芸術作品じゃないかと思えてしまうほど、並んだ姿は印象的で可愛らしい。
スケッチブックが欲しくなるな。こっちの世界にそういうものがあるのかは知らないんだけど。見ていると久しぶりに絵が描きたくなる。
デルフィーナは魔法庁長官の補佐という役職にいるという。ステファノも学生兼見習いみたいに働いているらしい。向こうで言うインターンみたいなものだろうか。
「ごめん。寝坊した? 全然手伝えなくて……」
光里が声をかけると、二人ともくるりと揃ってこちらに顔を向けてきた。
「おはよう、ヒカリ。いいのよ。わたしたちが早起きしただけなんだから。そうそう、今日から正規な職員だから、出る時はこれを着てね」
デルフィーナが示した先にはハンガーに掛けられた黒いフードつきの上着があった。緩く裾が広がったシルエットで膝くらいの丈がある。彼女が着ているのと同じものだ。
今まで魔法庁で雑用係みたいなことをしながらこの世界のことを教わっていた光里は、彼女の計らいで正式に職員採用してもらえることになった。
多分聖女召喚に巻き込まれた迷惑料代わりなんだろうけど、職が得られるのはありがたい。仕事がなければこの先一人で生きていく目処も立たないし。
「ここに腕章がついてるでしょ。これが所属を示してるから。白は長官付きと監査部で、赤が魔法研究部、青が魔法具開発部、緑が庶務経理部。それでここに線が多い人が役職が上ってことだから、上司かどうかはこれでわかるんだよ」
ステファノがそう説明してくれる。確かに光里の上着には白い腕章が縫い付けられている。デルフィーナとステファノのものと同じだ。あしらわれている線の数は違うけれど。
何かの資料で見た軍の階級章みたいなものだろうかと光里は頷いた。
「でも、ホントに僕に務まるのかな……仕事のこととかさっぱりわからないんだけど」
「最初からわかる人なんているわけないわ。これから覚えるのよ。まずは腹ごしらえね」
デルフィーナがそう言って料理の載った皿を光里の前に置いた。パンとスープと果物、そしてプレーンオムレツ。いつもよりボリュームがある。
異世界ではあっても料理の種類や食材はあまり元の世界と変わらなくてほっとした。食事が合わなかったらどうしようかと思っていたから。
「しっかり食べて働いてもらうからね。遠慮はしないで」
もしかしてそのつもりで早起きしてご飯作ってくれていたんだろうか。
デルフィーナは侯爵令嬢だと聞いている。侯爵というのは高位貴族だったはず。なのに彼女は料理も掃除も自分でこなす。できないことは通いの家政婦にまかせると言っていたけど、それでも凄いんじゃないだろうか。
この世界の子は精神年齢高そうに見える。僕よりよほどしっかりしてる。
貴族のお嬢様が家を出て一人暮らしをしているというのもなんとなく訳ありな気がしていた。まあ、貴族といってもいろいろあるんだろうけれど。
とはいえ、あんまり踏み込んだことは聞けないよな……。
僕のことをお友達と言ってはくれたけど、彼女たちからしたら僕なんておっさんだろうし。おっさんが若い女の子のプライバシーをあれこれ訊いてたら確実に事案だよな。この国にコンプライアンスとかあるのかは知らんけど。
光里はそう思いながら食卓についた。
二人も同じように座ると短く何かお祈りのような言葉を呟いた。無理して合わせなくていいと言われているので、光里は合掌して「いただきます」と自分のやり方で感謝を示している。
光里がこの世界に来てから、毎朝こんな感じだ。
聖女召喚に巻き込まれてこの世界に来たけれど、どう見ても聖「女」じゃないからと神殿側が光里の身柄を引き取ろうとしなかった。それで見かねてデルフィーナがこの家に住まわせてくれている。言わば居候の身だ。
もちろん用心棒(?)にステファノがいるし、部屋にはしっかり鍵もついている。
何度思い返しても召喚の術が自分を聖女と間違えた……っていうのはびっくりだけど。人違いにもほどがあるだろう。
しかも聖女召喚の目的が王子様の妃にしたかったからだとか聞いたら、間違いで良かったのかもしれない。嫁探しに異世界から人を連れてくるとか何考えてるんだ。
普通に女の子が来てたら可哀想なことになっていたんじゃないだろうか。だから、僕でよかったんだ。
幸いよくわからない王子様とか神殿の人たちを除いては皆親切で、異界から来たと聞いても警戒されたりしない。間違い召喚で虐待されるラノベとかあったけど、そこまで酷い事はされていない。
結構異世界の居心地はよさそうだと光里は思った。