第一章 聖女召喚ダメ絶対⑦
ヒカリは体調が良くなると昼間デルフィーナたちと一緒に魔法庁に行き、事情聴取を受けながらこの国についての勉強をするようになった。
合間にデルフィーナの執務室に来て書類仕事を手伝ってくれるし、とても正確で丁寧な仕事ぶりを見せてくれた。なにより字が綺麗なのは驚いた。
彼の案内を担当している部下も褒めちぎっていた。この調子だと気軽に話せる友人ができるのも時間の問題だろう。
「というわけで、今日は魔力測定よ」
デルフィーナが魔力測定に使う石版と計測器を机に並べる。
この国では魔力の有無は十歳前後で調べることになっている。魔法庁ができてから魔法使いの素質がある子供を見つけるために各地を回って測定を行うようになった。
この国の神殿は女神フィオーレ第一主義で、女神の代理とされる聖女を重視してきた。そのせいで魔法を蔑視していて魔法研究は他の国より遙かに立ち後れている。優秀な魔法使いは手っ取り早く他国に魔法を学びに行くくらいだ。
魔法庁はずっと人材不足の状態だ。優秀な人材はいくらでいてもいい。だからヒカリを魔法庁で受け入れられないかデルフィーナは長官に直訴した。
長官からは魔法庁で正式に働けるようにしてもいいが、魔力の数値を測定しておくように、と返答があった。
魔力というのは多かれ少なかれ誰しも持っているものだ。計測は単なる確認作業だ。もちろん魔法に関わる仕事に就くなら多ければ多いほどいい。
きっと長官も彼の人柄を聞いていたんだと思うわ。彼もこちらの世界で定職につければ生活が安定するし、人間関係ができればもっと安心できる。
デルフィーナは張り切って測定器の説明をしてから石版を指し示した。
「石版の上に両手を置いて、それで意識を集中してくれる? あまり力まないで深呼吸する感じで」
ヒカリは興味津々で石版を眺めたあと、両手を置く。
「こうかな……? 魔力なんて測るの初めてだよ」
異界は魔力があまり重視されないらしい。ヒカリは楽しそうに石版を眺めている。彼はこちらの世界を楽しもうと割り切っているらしい。何事にも積極的だ。
新しい事を教えると一つ一つ戸惑いながらもこなしていく様子は見ていて微笑ましい。
「魔力は誰でもいくらかは持ってるのよ。でもヒカリの場合、聖女と間違って召喚されるくらいだからきっと……」
と言いかけたところでゴトリと鈍い音がした。ヒカリの手の下で石版が真っ二つに割れていた。
「あらら……」
「あ。壊しちゃった? ごめん……」
近くにいた同僚たちが頭を抱えて凍りついているのを見て、ヒカリが心配そうな顔になる。
「いいのよ。こんなの消耗品だから。実は私も最初の測定で粉々にしちゃったんだよね。きっとあんまり頑丈じゃないんだわ」
デルフィーナが言い放つと周囲にいた同僚たちが複雑そうに顔を強ばらせた。
「粉々……やべえ。さすが白炎の魔女……」
魔力計測器などの魔法具はこの国では製作できない。ほとんどが輸入品だ。実は結構お高い。そのくらいはデルフィーナだって知っている。
けれど、何も知らないヒカリに罪悪感を抱かせるわけにはいかないでしょ。それにこの経費もあとで王宮と神殿に請求すればいい。
あと、その二つ名をヒカリの前で言わないでほしい。ヒカリに怖がられたくないし。
「まあ、石版が割れても装置の方で確認できるから問題ないわ」
そう言いながら測定装置の数値に目を向ける。石版に流れた魔力量は測定装置の方に記録される仕掛けだ。もしかしたら石版は壊れるの前提なのかもしれない。
魔力量は常人にしてはかなり多い。そして光属性魔法の適性が一番強い。
……神殿は否定してるけど、魔法研究の世界だと聖女の力って高位の光属性魔法だというのが通説なんだよね。もしかしてヒカリは男だけど聖女としての力を持ってるってことにならない? 本物なんじゃ……。
けど、要らないって言ったのは神殿の方だし、要らないんならこの人魔法庁でもらっちゃっていいわよね。返さないからね。
「ヒカリ、すごいわ。この数値なら魔法学院でも首席狙えるわ」
「え……? じゃあ僕、魔法使えるの?」
「もちろん。これからは私が教えるわよ」
ヒカリはぱっと表情が明るくなった。彼なりにこちらでの立ち位置を考えていたのかもしれない。
「新しいことができるのって何か嬉しいな」
よかった。彼がこの国で沢山楽しみを見つけてくれるのが一番だわ。笑ってくれていたら私も嬉しいし。
っていうか、魔力量も多くて真面目で働き者で字が綺麗……ってもう最高な人材じゃない? 魔法庁で抱え込むしかないじゃない。
デルフィーナはこれは長官に良い報告ができそうだと嬉しくなった。




