第十章 終わりよければすべてOK②
正式な判決の前にデルフィーナとヒカリはエーヴァ前王太后たちと面会することになっていた。
ヒカリの魔力で彼らを浄化できれば、情状の余地を残したいというシルヴィオの要請だった。
『いくらわがままで王族に居座ってはあれこれやらかしてくれているとはいえ、一応身内だからな、殺すと後々面倒だ。次代に残す遺恨は少ない方がいいだろう』
前王太后は実家の権力で先々代国王の三人目の妃にねじ込まれてきた。元聖女候補でもあったし、当時の政情からやむなしと考えたのだろう。
……その前に二人目の妃が亡くなっているのも怪しいものだけど。
シルヴィオはエーヴァのことを女狐だのと悪態をついていたが、自分の母の死に関わっているかもしれない相手に好意は持てないだろう。
過去の王族や高位貴族の不審死に関わった疑いもあるが、証拠不十分で罪に問うのは難しい。だから今回の反乱扇動だけで裁かれる予定だ。死罪でもお釣りがくる。
それでもシルヴィオは次代の王となる息子には身内殺しの悪名を引き継がせたくないらしい。
けれどエーヴァは聖女に対して敵愾心が強いので、彼女の両側に兵士が立って厳重に拘束した上での面会となった。
その後ろにいる粗末な囚人服を着せられたピエラは目だけがギラギラとしている。
ピエラの隣にはコジモと神殿関係者たち。彼らは一様にうなだれていた。
「……できるだけのことはやるよ」
ヒカリは全員を一瞥してそうつぶやいた。
彼の今日の出で立ちは祭のときに着ていた聖女用の神官服。それらしい格好の方がいいだろうという判断だ。デルフィーナはいつもの魔法庁の制服だ。手には聖女の杖を持っている。
二人が席についたと同時に、エーヴァの目がこちらに向いて、ヒカリを見た途端に固まっていた。唇が「リナ」と動いた気がする。ヒカリの面差しに先代聖女を思い出したのだろう。
彼らには悪態をついたりしないように声を消す魔法がかけられている。
エーヴァは一応貴人扱いされているのか質素なドレスをして白髪を綺麗に結ってもらっている。けれど化粧までは許されなかったせいか、年齢相応に見えた。
リナとさほど歳が変わらないということは七十歳を超えているはずよね。リナは全然歳を取ってないけれど。
そして何より、妬みと悪意だけをこじらせていたのが表情に表れている。
「当代の聖女、ヒカリ・ディ・サンクティス猊下であられます」
付き添ってきた侍従がそう告げる。罪人たちとの間には衝立代わりに柵が設けられているが、彼らの無遠慮な目線は防げない。
「女神フィオーレの加護により、聖女を務めさせていただいています。本日は皆様が罪を静かに受け入れて心安らかになりますよう、祈らせていただきます」
空気が変わった気がした。ヒカリがおそらく魔法を使ったのだ。様々な感情が入り混じっていた室内が静まりかえったように思える。
罪人側に渦巻いていた悪意が薄らいでいく。けれどエーヴァとピエラの表情はあまり変わらない。
長い杖を捧げるようにして暫く黙っていたヒカリは小さく頷いた。
「あなた方を悪しき心に導いたのは女神に害をなす者の誘惑です。それを今消しました。けれど、あなた方が元々持っていた欲望や悪意は消すことはできません」
ヒカリはエーヴァ前王太后に目を向ける。
「先代聖女リナから伝言を預かりました。『エーヴァ様、お元気? 元聖女候補が聞いてあきれるわ。その節は刺客を何度も送ってくださったけど、わたしは元気で生きてるわ。夫や子供たちに囲まれて幸せよ。わたしを妬んで憎んで、結局あなたは何を手に入れたのかしら? 是非いつか聞かせていただきたいわ』……とのことです」
……うわ。めちゃくちゃ煽ってる。リナはエーヴァ前王太后がどういう立場だったか知っていて言ってるんだから。
自分は幸せだけど、そっちはどう? みたいに言われたら。
エーヴァはヒカリを食い入るように見つめて、何か口を動かしていた。
デルフィーナには『あの女、まだ生きていたのか』と言っているように思えた。
五十年も前のことを彼女はまだ根に持っているらしい。元々の話では彼女は計画が失敗したことで憤死するはずだったのだとか。血の気が多そうだからそれも無理はないとデルフィーナは思った。
というか、そもそもあの方がリナを追い落とそうとしたのは元の小説の筋書きにあったらしいし、反乱を扇動するというのも。つまり変態神様の暗示ではないのでは?
ただ、それは「聖女が王妃になるのを妨害したい」というのが動機だっただけで、当代聖女が男なのだからそれは起こりえない。その動機のすり替えは暗示かもしれない。
……浄化の力では元々の性格は治せないってことね。
ピエラの顔が少し青ざめてきたのは、自分が聖女だと偽ったことに気づいたからだろう。
ピエラが偽聖女になったのは、元々問題を起こして神殿に行儀見習いに行った時に王子に目をつけたのがきっかけだったらしい。
聖女になればデルフィーナを押しのけて王子の妃になれると聞いて乗り気だったのだとか。
神殿に押しかけて巫女をのぞき見しようとした馬鹿王子もアレだけど、ピエラは外面はいいからうまく籠絡したんでしょうね。何よりわたしの婚約者だというのが妬ましかったのかもしれないけど。
何の力もないのにそう言い張っていたのは暗示かしら。
聖女の身分を偽るのも大罪だ。どうやらそのくらいは理解したらしい。
……っていうか、王子といい神殿の人たちといい、聖女にこだわりすぎるのも女神様の望んだことではないのよね。どこまでがあの変態さんの仕込みかわからない限りは、ヒカリの力だけではどうにもならない。
声を封じられていても、こちらに向ける表情で何が言いたいのかはわかる。
エーヴァはまだ憎々しげにヒカリをにらんでいて、他の者たちの顔色はどんどん悪くなっていく。
せっかく物語の筋とは違って生き残れたのに、彼女は変わることができないらしい。
その目線を受け止めて、ヒカリは静かに応えた。
「どうか罪を認めて受け入れてください。女神はそうお望みです」
その日の裁判でエーヴァ前王太后は王族から除籍されて生涯幽閉、聖女を騙ったピエラとリーラ侯爵夫妻は身分剥奪の上労役刑が決まった。協力者だった貴族や神官たちも同様の処分が降りた。
コジモは王族から除籍され同じく労役刑。反省が見られたので刑期は短縮される可能性があるという。
驚いたことにコジモは聖女に対する執着をすっかり無くしたらしい。おとなしく罪を受け入れた。判決のあとデルフィーナたちに顔を向けて黙って深く頭を下げた。
暗示でおかしくなっていたのかしら。それともエーヴァ様に幼い頃からそう言いくるめられていたのかしら。どちらにしても思い込みの激しさからやらかしたことは反省してもらわないと。
デルフィーナがそう思っていると、ヒカリが何か言いたげにしていた。
「ヒカリ? どうかしたの?」
「いや、王子様をこんがり焼かなくてよかったね。反省してくれそうじゃない?」
「そうね。でも許したわけじゃないわよ?」
反省したとしても、やらかしたことがすべて帳消しにはならない。
……彼の聖女への執着が、ヒカリを巻き込んだのだもの。だから、ヒカリがこの世界で幸せになれるまでは許すつもりはないわ。
当主が処罰されたリーラ侯爵家はデルフィーナの弟エリゼオが継ぐことになって、成人まではデルフィーナが代理を務める。
けれど、久しぶりに侯爵家に戻って財政関係の書類を一読したデルフィーナは、ため息しか出なかった。家の中は両親が捕縛された時のままらしく、使用人も大半が巻き込まれるのを恐れて辞めて逃げていた。
父の執務室を片付けて書類を整理するだけで半日かかってしまった。
「……お財布状態のひどさに呆れてしまったわ。ひとまず売れるものは全部売って借金を減らさないと」
デルフィーナは帳簿などは魔法庁で簡単なものを扱ったくらいなので自己流で作られた書類に頭が痛くなった。
両親が買いあさった趣味の悪い調度品や美術品、そして義母とピエラの装飾品。それをすべて売ってもまだ足りない。使用人たちも待遇の悪さに逃げ出していた。
調べたら領地からの税も他領に比べて高すぎる。デルフィーナは優秀な文官を雇ってまずは財政を立て直す予定だ。
「というか、デルフィーナのお父さんもかなりな悪筆だね……。それに文書の区分もめちゃくちゃだよ」
ヒカリは文書を整理しながら机に向かっているデルフィーナの手元を見てそうつぶやいた。異界から来た時に彼にはこの世界の言葉がすべてわかるスキルがついているらしく、その転用でどんな悪筆も読めるらしい。
おかげで何を書いてるのかわからない小汚い文字がすべて清書されて、わかりやすくなった。魔法庁で書類整理をやっていたから片付けも手慣れている。
……魔法庁長官兼当代聖女を家の片付けに使ってしまったけど、いいのかしら。けど、彼が手際が良すぎて頼りにしてしまうのよ……。
この能力だけでもどこの役所や商会から求められるでしょうね。聖女じゃなくても彼は十分に生きていけるわ。わたしもそういう役に立つ能力がほしかったわ。
デルフィーナが得意なのは攻撃魔法なのだ。書類は攻撃しても仕方ない。焼いたら終わってしまう。いやいっそ焼いてしまいたいくらい実家の経営はめちゃくちゃだった。
けれど、エリゼオの存在を知った今は、まるごと魔法で更地にしなくて良かったと思う。趣味じゃないけれど売れるものがあるし、彼に侯爵家を残せるのだから。
「それにすごい趣味だね。あんな金ぴかな彫像は元の世界でもめったに見ないよ。目が痛くならないのかな」
ヒカリは侯爵邸に入って調度品をぐるりと見回して沈黙していた。彼は絵も描くらしいから芸術的な知識があるのかもしれない。きっと異界でもあれは悪趣味にちがいない。
いやー。わかるわ。めまいがするほど酷かったもの。
入って正面に金ぴかでやたら扇情的な姿の裸婦像が鎮座しているし、飾られている絵画もどことなく淫猥で品がない。目のやりどころに困るほどの悪趣味ぶりだった。
わたしが家を出てからもゴテゴテした装飾が増殖してるなんて思わないでしょ。あれだけ赤字だったのに、何で増えてるの。当然借金も増えてるんだけど。
「とにかくエリゼオが成人するまでには財政を立て直すわ。刑期が明けても両親とピエラは家に入れないから。来たら魔法使ってでも追っ払うから」
デルフィーナは猛然と書類をさばきながらそう宣言した。
まだ幼いエリゼオはデルフィーナとヒカリにすっかり懐いて甘えてくるようになった。
きっと両親のことは顔も覚えていないだろう。いくら自分が嫌いだったお祖父様に似てるからって、あんな可愛い子を放置するとかありえない。
「そうだね。エリゼオが大人になって素敵なお嫁さんをもらうまでにはなんとかしたいね」
ヒカリはそう言って微笑む。
「……その前に僕たちの結婚式があるんだけどね」
「それなのよね……」
反乱騒動の裁判が終わってからいよいよデルフィーナたちの結婚式の規模が具体化してきた。
聖女様の結婚を派手にやりたい神殿側とデルフィーナとヒカリの結婚式なら金を惜しまないと公言する身内大好きなシルヴィオ王のおかげで、二人の結婚式は思惑からどんどん外れている。
おまけに魔族から魔王夫妻も参列する予定となって外交的にも一大行事になってしまった。そろそろ周囲に釘を刺さないとどんな大仰な式にされてしまうか不安しかない。
「さすがにパレードはやめてもらうことにしたけど」
「え? パレード? 何それ聞いてないわ」
どうやら神殿側から式のあとでパレードをという提案があったらしい。ヒカリは無理と断ったけれどまだあれこれと話を持ちかけられているのだとか。
いや、結婚式のあとでパレードって世継ぎの王子とかでもないとやらないわ。確か例の小説の中の聖女は王子と結婚したから、もしかしたらパレードがあったのかもしれないけど。そんなところだけ見習わないでほしい。
「僕は生粋の平民だからね。地味で目立たないから。パレードなんか無理だし、何なら聖女様もかなり無理してやってるんだから」
ヒカリはそう言ってため息をついた。
「そんなことないと思うけど」
ヒカリの顔はバランスよく整っているようにデルフィーナには思えた。きっちり整いすぎた顔は冷淡に見えがちなのに、目元は優しげで穏やかな印象がある。
聖女として毅然と振る舞っているとそれなりに気品が感じられるくらいだし、パレードで見栄えがしないなんてことはないだろう。
そもそもリナと似ているんだから地味じゃないと思う。性格は確かに控えめだけど……。
「わたしもあまり社交には出ていないし、『白炎の魔女』だのと言われているくらいだから、華やかなパレードとは縁がないわ。それにヒカリは聖女という立場があるけど、わたしは侯爵家の娘でしかないから、場違いじゃないかしら」
ヒカリは物語の中のデルフィーナの役回りを「悪役令嬢」だと言っていた。
異世界から来た聖女に覚悟が足りないと厳しい言葉を浴びせ、憎まれ役になるのだと。そして役割を終えたら修道院に入ってしまう。
つまり本当なら結婚も経験しなかったってことなのね。
「……デルフィーナが嫌だったら本当に全部断るから言って。僕だって新しい神殿を宣伝するために挙式だけは許可したけど、後から後からいろいろ言ってくるから、そろそろ限界かも。いざとなったら駆け落ちしよう」
「それは素敵ね」
デルフィーナが即答したら、ヒカリはふっと力が抜けたような笑みを浮かべた。
「けどまあ、……きっと僕は押し切られて何も言えないんだろうなあ。空気読んじゃう体質がちょっと恨めしい。デルフィーナに愛想尽かされてしまうかも」
デルフィーナは椅子から立ち上がってヒカリに向き直った。
「あら? 言わなかった? わたしはヒカリを誰かに渡すつもりはないわ。この世界でヒカリの良さを最初に発見したのはわたしだもの」
真面目で勤勉で思いやりがあるから、何もかも投げ出すようなことはきっとしない。
もしかしたらパレードも押し切られてやる羽目になるかもしれない。
それでも別にかまわないのよ。ヒカリはそういう人だもの。
デルフィーナもそう思っていたから、駆け落ちと言われても軽く返せた。
それがあなたの良さだと思う。気弱だからじゃないのよ。自分の立場をわかっているから、簡単に投げ出さないの。
あなたはそういう人だから、わたしは手放したくないと思ったの。
「デルフィーナ……」
「わたし、ヒカリを選んだことを後悔しないわ」
そう口に出すと、ヒカリはそっと手を伸ばしてきた。デルフィーナは迷わずその腕の中に飛び込んだ。
年内更新は本日が最後になります。年明け四日に次回更新予定です。
よいお年をお迎えください。




