第九章 星躔祭と変態神様⑤
以前ヒカリが召喚した女神は空から舞い降りてきた。その時と似ていた。
空に突然現れた大きな人の姿。まるで水盤の中にいる自分たちを見下ろしているようにも見えた。
黒髪の華やかな美貌の男性だった。夜空に浮かぶその姿は幻想的で広場にいた人々は言葉を失っていた。
……その男性がしゃべり出すまでは。
『おお、愛しきフィオーレ。このような場所にいらしたのか。どうかこのわたしにその花のごとき美貌を見せて、この愛を受け止めてください。わたしを薄汚いものを見るかのように睨みながら、いつものように罵倒してください……それだけでわたしは悦楽に溺れることができるのです』
身をくねらせながら顔を紅潮させてまくし立てる姿に、その場にいた人々は『これはダメな奴だ』と判断した。けれど、ダメな奴ではあっても一応神格持ちの神なのだ。
デルフィーナがヒカリに目を向けると、彼は空から伸びてきた男の手が彫像に触れる瞬間にそれを消した。元々映像だったのだから、彼が操作すれば消せるのだ。
『何だと。まだわたしを拒むのか。あなたのお気に入りの物語に続きを書かせて差し上げたのに。それに物語が上手く進んでいないようだから、手駒を使って元に戻す手伝いをしたのに……』
……自白ですか。
デルフィーナは女神の像がただの映像だったのに気づいていないらしい。
どうやらヒカリがこの世界に来てから起きていた奇妙な出来事はこの変態男神が女神の歓心を招こうと裏工作していたらしい。
「……そろそろ時間だ。『おまわりさん、こいつです』」
ヒカリが空に向かって叫んだ。
轟音とともに白い雷光が男神に降りかかった。人々は空の上で起きている光景に呆然としている。
『うわああ。なんでわたしが捕まらなきゃいけないんだ。わたしはフィオーレと結婚したいだけなんだぁぁぁ』
意味不明なことを叫びながら男神の姿が消えていった。
ヒカリはもう一度台座に触れて、女神の姿を浮かび上がらせた。
「……女神に対して不埒な振る舞いをする悪神は捕縛されました。女神はこの国の人々の信仰に感謝しているとのことです」
ヒカリが人々に向けてそう告げる。風の魔法がかかっているらしく広場の人々すべてにその声が伝わったようだった。彼が両手を空に差し伸べると、女神が顕現したときのように花が空から降り注いだ。
人々はどうやら祭りの催しの一つだと思い込んだらしく、女神への賞賛を口にしてその後も大いに盛り上がった。
それを見届けてからヒカリとデルフィーナは演台から降りた。
「あの彫像はまるで女神様がそこにいるかのように錯覚するくらいの再現度だったでしょ? 女神様が僕の絵と姉の魔法具作りの才能が合わさったら作れるんじゃないかとのご要望だったから頑張ったんだよね。そうすれば変態さんが彫像だと思わずに近づいてくるかもしれないでしょう? 元々あの変態ストーカー男神は女神様に関わってはいけないという……接近禁止処分を受けていたらしいんだ。だから、この国、女神フィオーレの神域に入った段階でアウト、即お縄になるんだって」
「……ストーカーって?」
「強引に相手につきまとったり危害を与えたりするろくでもない人のことだよ」
「……ろくでもない……」
どうやらあの男神は女神がどう冷たく振る舞ってもそれは好意の裏返しだと受け取るおめでたい性格をしていたらしくて、なかなか諦めてくれなかった。さらに大量の自分語りのポエムを連日送りつけてきていた。
さすがにそれはと他の神たちが間に入って男神を窘めた。もう女神フィオーレに接触しないようにと。
ところが男神は何を思ってかフィオーレがこの国を舞台に異界の物語を再現しようとしているのを知って、陰ながら手伝うという行動に出た。
そしてこの大陸に神聖暗黒帝国アラクランという国を作って自分の神域を築いた。
女神の話では工作員を送り込んで裏で暗躍しているということだった。
この彫像はその関与を証明するためのいわば囮の役目もあった。妨害したり干渉する動きもあったと聞いている。アラクランの密偵たちが興味を持っていたのは間違いない。
まるでそこにいるかのような映像で、しかもわずかに揺らいだりして動いているようにも見えた。どういう仕掛けなのかわからないけれど、ヒカリとリナが異界の知識を取り込んだのだろう。
「先手を打って祭の最後の催しで聖女が女神を召喚するという噂を陛下に依頼して流してもらったんだ。そうすれば工作員が本国に報告するだろうからね」
工作員がこの国にいるということは、逆に偽情報を仕込むのも容易いということだ。
ヒカリの策にリナもノリノリで参加し、さらに他国の密偵をあぶり出せるとあってシルヴィオも協力してくれたらしい。
あの出店や飲食店の支度や魔法庁の業務をこなしながらこんな作戦を立てていたと知ってデルフィーナは驚いた。
……いったいいつ休んでいたのかしら。異界人って寝なくても大丈夫……なわけないわよね。
「……ついでにこの広場の物陰で変態男神を崇拝している人間にもあの雷光は効果あると聞いてるから、憲兵に頼んで捕縛してもらうように手配してあるよ。前王太后の居場所を聞き出せればいいんだけど」
ヒカリはそう言ってから、デルフィーナに手を差し伸べた。
「というわけで、僕の役目はほぼ終わったから、あと少しだけど祭を楽しもう?」
デルフィーナもその提案には異議なかったので素直に頷いた。




