第一章 聖女召喚ダメ絶対⑥
ヒカリはコジモ王子と変わりないくらいの歳格好に見えたけれど、二十四歳だという。
外傷は治癒魔法が効いてすっかり消えている。整った顔を縁取っている黒髪は少し癖があって、柔らかい印象を与える。
「僕は親兄弟も妻子もいなかったんで、元の世界には何にもしがらみがありません。むしろ巻き込まれたのが僕のような人間だったのは良かったのかも。だからあまり気にしないでください」
医務室で借りてきたお仕着せの寝間着姿で、ベッドで半身を起こした状態でデルフィーナたちに穏やかに自分の身の上を話してくれた。
「けれど、向こうで大事なお仕事があったのでは?」
ヒカリはそれを聞いてふっと自嘲するような笑みを見せた。
「実はここに来る前、仕事の同僚と揉めてたんです。その男が僕の仕事を横取りしたというのに、認めようとしなかったので。話し合おうと呼び出されて言い争ううちに海に突き落とされたんです。だから戻ってもどうなることか。要領がよくてずる賢い男でしたから、今頃僕のことを悪く言い回っていることでしょう。もしかしたらクビになっているかもしれない。……帰らないほうがいいのかもしれません」
ヒカリは激昂する様子もなかった。他人事のように冷静だった。
……仕事の同僚と揉めて海に落とされたって。そんな大変なことの直後、別の世界に連れてこられるなんて災難に災難を重ねた感じじゃないの? どうしてこんなに落ち着いていられるの?
この人、冷静というよりまだ頭の整理がついてないのかもしれないわ。
デルフィーナはそう思いながら彼を観察した。
「酷いな。異界では揉めた相手を海に突き落とすのですか?」
そこでステファノが無邪気に問いかけた。ヒカリはステファノに目を向けると「まさか」と呟いて首を横に振る。それから相手が初対面だと気づいたのか戸惑った顔になる。
「その、彼はきっと僕を殺したかったんだと思います。ええと……」
「ああ。僕はステファノといいます。フィーの……デルフィーナの後輩です」
それを聞いてヒカリはデルフィーナとステファノを見比べる。
「……雰囲気が似ているので姉弟かと思いました」
「実は親戚に当たります。祖母同士が姉妹なんです」
「そうなんですね。僕にも姉がいたんです。四年前に亡くなったんですけど二人を見て思い出しました」
ヒカリは微笑んで少し目を細める。
家族はいないということは、すでに亡くなっているのだろう。天涯孤独な彼から生まれた世界さえ奪ってしまったのかと思うと、デルフィーナは申し訳ない気分になる。
ヒカリはデルフィーナが沈みかけたのに気づいてか、首を横に振った。
「デルフィーナ? どうか、あまり気にしないで。召喚だって君がやったわけじゃないし、僕は死ぬんだと思っていたから、むしろ命拾いしたと思ってます。それに少しワクワクもしてるんです。こんな経験そうそうできることではないでしょう? 迷惑でなければ、色々教えてくれるとたすかります」
なんていい人なの。自分が一番大変な目に遭っているのに。
デルフィーナは感動して胸が熱くなった。
きっとわたしに気を遣ってくれているんだわ……。あの馬鹿王子より一億倍は思いやりと気配りができるなんて。いや、比較の対象にもできないわ。だってゼロに何をかけ算したってゼロだもの。
彼がこの世界でうまくやっていけるまで、できる限りの援助をしよう。いっそ魔法庁で彼を保護できないか打診してみようかしら。この人真面目そうだし、長官が気に入りそうな人だから……行けそうな気がするわ。
デルフィーナはこっそり内心で決意した。
「もちろんです。それにこんな馬鹿なことをしてくれた神殿と王子殿下から補償をぶんどって……じゃなく負担させますから」
デルフィーナの言葉に、ヒカリは少し首を傾げた。
「あの、良かったら、もう少し砕けた態度で構わないんですけど。僕はお世話になる立場だし。貴族? とかじゃないし、そんなに偉くないし。それに怪我の手当ての時に聞いたけど、デルフィーナは侯爵令嬢なんでしょう? それにもしかしてステファノも……」
それを聞いたステファノが頷いた。
「僕も一応公爵家だよ? でも、わかった。ヒカリとは友達になりたいからそうする。ヒカリも僕に気を使わないでね」
ちらりとデルフィーナに目を向けて口元に笑みを浮かべる。ステファノは人物鑑定魔法を得意としている。悪意や偽りのある人間を判別できる。
おそらくヒカリと話したかったのは、彼を鑑定したかったからだろう。
「もちろん、わたしもヒカリとお友達になりたいわ。公式な場は丁寧になっちゃうかもしれないけど、この家では楽しくやりましょ?」
デルフィーナの目から見ても彼は落ち着いた誠意のある人間に感じられた。物腰も穏やかで年下のデルフィーナやステファノを馬鹿にしたり甘く見るような様子もない。
「じゃあ、二人ともお友達としてよろしく」
二人の答えにヒカリは嬉しそうに笑った。年齢の割に稚く見える笑みは親しみが持てるものだった。
かくしてデルフィーナたちは異界からの客人と「お友達」になった。