第八章 終わらない物語④
女神に呼びかけてみると決めたとはいえ、前回のように派手なご登場となると大ごとになるので、何とか穏便な手段はないだろうかと光里は考えた。
前回は暴動を鎮めるために派手なパフォーマンスが必要だったけど、今回はお話がしたいだけなんだから、あまり騒ぎにはしたくない。
神殿などにある大聖堂のような場所なら……と思ったけれど、王都の中央神殿はまだ更地のままで再建どころではない。
悩みつつミケーレと二人で王宮内を散策していると、数人の護衛を従えたダヴィデが向こうから歩いてきた。
相手は王子様だから頭を下げるべきだろうか、と迷っているとミケーレが光里の袖を引っぱった。
「そのままで。聖女は王族に頭を下げることはないと、母が言ってました」
「……」
光里が少し離れてついてきていた護衛に目を向けると彼らも頷いている。
そして、目線を正面に戻すとすごい勢いでダヴィデが駆け寄ってきた。
「光里、ステファノと出店の売り上げ競争やるそうだな。何を売るんだ?」
いつになく食い気味に話しかけてくる。どことなくそのハイな様子にきっと疲れているんだろうな、と光里は察した。
疲れすぎているとテンションがおかしくなるのは異世界も同じなんだろう。
光里が簡単に説明すると、ダヴィデは今度はミケーレに目を向ける。
「そっちはデルフィーナの弟か?」
「いえ、僕の甥のミケーレです」
「ああ……先代の? あれ? ヒカリより年上だと言ってなかったか?」
「年上ですよ」
そう返したらダヴィデが混乱した様子でミケーレと光里を見比べる。
ダヴィデは王子として覚えることが多くて多忙らしく、王宮内でも会う機会が少なかった。デルフィーナの弟エリゼオはまだ言葉もおぼつかない歳なので乳母たちを呼び寄せて預けている。ダヴィデとも会っていないのだろう。
「ところで、何か考え事をしているようだったが、何か問題でもあったのか?」
「あー……実は……」
こっそり女神様と話がしたいので、人目のない、女神様を招くにふさわしい場所を探していると説明する。
「なら王宮内の礼拝堂を使えばいいんじゃないか?」
「礼拝堂……」
王家の人々は頻繁に神殿に足を運べないので専用の部屋があるのだとか。大きくはないが女神の像が置かれていて、専属の神官もいるらしい。
「それはいいことを聞きました。早速使用許可いただいてきます」
ダヴィデは戸惑ったような顔をした
「許可もなにも、今の神殿の最高位はヒカリだろう? 聖女様が言えば誰も反対しないぞ?」
「……いつの間にそんな出世してたんですか僕。一応魔法庁の長官もするんですよ? 権力の集中じゃないんですか?」
思わず正直な心中を口にしてしまうと、ダヴィデは口元を押さえて笑い出した。
「使える人材は絶対手放さないのが父上の信条だからな。権力の集中というより、業務の集中だろうな」
「うわ……ブラックな響きですね」
光里はブラック企業の意味で呟いたのだけれど、ダヴィデには「黒い」と翻訳されて伝わったらしい。まだ笑みが残る表情で、ダヴィデは頷いた。
「父上は結構腹黒なことも躊躇しない。そうでなければ王族は務まらないだろうな。ヒカリも頑張るんだな。父上の後任なんだから」
大体の意味は合ってる……。いや、その頑張るっていうのがもうブラックなんですけど 光里はそう思ったけれど異世界の企業戦士とかについて説明するよりも、女神の件の方が先だと気づいた。
きっと王族に迎えられたダヴィデのほうがプレッシャーなんだろうし、僕よりも大変そうだ。僕みたいに国王陛下にあれこれプレッシャーもらっている人間がいたほうが彼の負担も減るだろうか。
とりあえず、お互い大変だね、という感覚は共有できているような気がした。
侍従に相談したらすぐに話をつけてくれて、光里は王宮内にある礼拝堂の鍵をゲットした。今は担当の神官が中央神殿の再建に駆り出されていて不在なので、好きに使っていいと言われてしまった。
同行してきたのはミケーレとデルフィーナの二人。エリゼオはお昼寝中だった。
王族のみが使うだけに広さはさほどではない。入り口の正面に祭壇と女神の像があり、採光のための窓は花が描かれたステンドグラスだった。
「中央神殿のような金ぴかじゃなくて目に優しい感じがいいわね。自然にお祈りしたくなるもの」
デルフィーナはそう言ってぐるりと室内を見回す。ミケーレは祭壇に歩み寄って物珍しそうに眺めている。
「この国が女神フィオーレのみを崇拝しているというのも不思議ですね」
「魔族には魔族の神様がいるのかい?」
「我々には元の土地を追われてきたという言い伝えがあります。おそらく元の土地の人々や神には嫌われていたと考えるのが自然でしょう。だから神というものは特に……。でも女神フィオーレは母を召喚した神なのでしょう? 興味があります」
「召喚したのはこの国の神官で、フィオーレはその外枠を作ったという感じだけどね」
フィオーレはあのラノベの物語を再現したくてこの国を作った。もしくは元々あったこの国に物語を当てはめた……ような感じだろうか。
それでは他の国の設定は、あのラノベと同じなんだろうか。
国や民族によって宗教が違う、というのは光里が元いた世界でも同じだ。
……神様の力が世界全てに及ぶなら、神様同士で喧嘩したり揉めたりしそう。ギリシャ神話なんて神様同士のトラブル満載だったし。……それともその上司みたいな調整役がいるんだろうか。
さすがにこの世界の神様の組織図なんてわからない。
「とりあえず話ができるかどうかやってみるよ」
もう好きにしていいと言っていたから、光里の声に応じてくれるかどうかわからない。
彫像を前に祈るような気持ちで強く呼びかける。
「……女神フィオーレ。いま一度お姿をこの場に賜りたい」
光里の呟きが終わると共に、室内の空気が重くなった気がした。
『光里よ。もっと気軽に呼んでも構わぬぞ。何か困り事か?』
彫像を通して声が響いてくる。どうやら声だけを寄越してきているらしい。そういう技もあるんだと納得した。
あの時はきっと、女神の姿が必要だと察していたからだろう。というか、小説に女神登場のシーンがあるからかもしれないけど。
「あの……お伺いしたいのですが、女神様はあのお話のスピンオフ集まで再現させようとしていませんか?」
光里はリナから聞いた話を説明した。
『一応は読んだが、あの物語を書いたものとは別のものが書いたのであろう。だからあまり惹かれなかった。それに元々の物語の結末が変わってしまっているのだから、話がかみ合わぬだろう。……読んでみるか?』
女神の像の前にふっと一冊の本が現れた。まぎれもなく日本語で書かれたソフトカバーの本だった。某大手書店チェーンのブックカバーがかかっていて、ちょっと気になったけれど、今はそれどころではない。
「ありがとうございます」
『それに、その中に出てくる神聖暗黒帝国アラクランだのと名乗る気色の悪い厨二っぽい設定が好かぬものでな』
「アラクランと呼ばれている国のことでしたら実在しているようですよ。大陸西部に」
元の名前だったら確かに眼帯つけて俺の左手が……とか言いそうな感じだ。
というか女神様、厨二なんて言葉もご存じなんだ……。守備範囲広そう。
『なんだと? まさかあやつの……』
女神の声に何か不穏な響きが混ざった。
「……何かご存じなのですか?」
『……滅ぼせ。何が何でもその国は滅ぼしてしまえ』
え? いきなり物騒なんだけど。
光里が戸惑っていると、女神は何度か咳払いして声のトーンを下げた。
『すまぬ。取り乱した。そなたはこの世界に来たばかりで知らぬだろうが、この世界には多くの神の権能をあたえられた存在がいる。信徒が増え、その力が増すことで神の存在も増すのだ。わかりやすく言えば、神の領地のようなものだ。そして、その帝国にはわたしの力が届かない。おそらくアラクランという神を祀っている国だ。そして、そのアラクランという男神は最悪の変態だ』
次回はおやすみをいただきます。再開時期がまだ決まってないのでまたXなどでお知らせします。申し訳ありません。
2025/10/03追加 表示を訂正しました。連載再開は10月中旬、12日前後になる予定です。よろしくお願いします。




