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第八章 終わらない物語①

 光里が魔族の工芸品を星躔祭で販売することを思いついてリナに連絡したら、息子を派遣すると言ってきた。

 そういえばあの会談の時は踏み込んで訊かなかったけれど、姉はどうやら夫との間に子供がいたらしい。しかも三人。

 知らないうちに叔父さんと呼ばれる身になっていたことに驚いた光里だったけれど、相手は五十年も前からこの世界にいるのだから不思議ではないのだと思い直した。

『うちの末っ子のミケーレっていうんだけど、とにかく他国への興味津々でそっちの公用語も喋れるから。外見もわたしに似てるから大丈夫。ちょっと歳より若く見えるかもしれないけど、今年二十五歳だからしっかりしてるわ』


 そうして預かったミケーレは外見三歳前後、頭の中は二十五歳だった。

 姉に似ているのは肌の色くらいであとは夫のエイスリンに似ている気がした。角はよくよく触れれば小さなコブのようなものがあると聞いたけれど、全く目立たない。

 愛らしい外見に魔法庁の職員たちはメロメロ状態だし、それでいて幼い口調で発する言葉は大人のものだった。

 ギャップがすごい。アニメのキャラクターみたいだ。

 光里はそう思いながら、彼を一人前の大人として扱うよう心がけた。

「以前から母には交易がしたいと言っていたのですが、なかなかお許しが出なかったんです。けれど一族があの森にずっと引きこもっていられるとは思えないので、将来のために周辺の国々と理解を深めるのは大事だと、言葉や文化を研究していました」

 販売品の説明書きを作りながら彼はそう話してくれた。魔法庁の中の会議室を星躔祭の準備室として彼に貸している。光里は仕事の合間に彼と打ち合わせがてら作業を手伝っていた。

 そっちが年上なんだから敬語はいらないと言ったのに、叔父上を立てるように母から言われていますと断られた。

「外国語の習得は楽なことじゃないからすごいよ」

「いえ、まだまだです。この身体ではまだ自在に話すのは難しいです」

 彼は兄弟の中でも成長が遅いらしい。成長が遅いほど魔族としての力は強い。なのに外見は人間寄りという不思議な立ち位置にいると話してくれた。

 時々舌足らずになるのは身体の発育と頭の発育のペースが違うかららしい。本人も不本意に思っているようだ。

「今回の叔父上のお誘いはとても嬉しかったです」

「急な話だったのに、思ったよりたくさん商品が届いて驚いたよ」

 魔族から送られてきたのは美しい染めの布に繊細な刺繍が施されたスカーフやショールなどの小物から金属を加工したブローチなど。そのデザインは独特で、目新しいファッションを好む人なら必ず目を向けるだろう。

 瘴気に関しても開発部の職員に調査してもらって安全確認済みだ。

 あとは魔族に対する偏見を払拭できれば売れるはずだ。

「一族の中では使い切れなくて持て余していたものですから」

「それは勿体ないね」

「そうなんです。だから外部に売りたいと思ってたんです」

 魔族はおおよそ二千人程度であの森で暮らしているとリナから聞いていた。生まれつきある程度の瘴気に対して耐性がありその影響か寿命も長い。そのおかげで手工芸の技術を極めに極めた人材が多いのだとか。

 その技術とリナの魔力と異界の知識が合わさってかなり近代的な道具も開発されているらしい。数が少ないからと甘く見ると大変なことになるだろう。

 このことはシルヴィオにも誰にも話していない。まだ手札を全部晒すほどの信頼関係ができていないのだから、とリナは言っていた。

 今回は服飾関係を中心にすることになった。ただしアクセサリーの加工には高度な技術が使われていることが見る人にはわかるものだという。

 そしてリナが魔法具として送り込んできたのが小型発火装置。つまりライターだ。魔力のない人たちは火起こしに苦労することがあるからこれは売れるだろう。それに大量生産に成功したからとかなり安くしてくれた。

 他にも庶民にも手が出せそうな手軽な価格で便利な道具をいくつか。

「お祭りでの手応えがあったら、こちらに魔族のお店を作るのが僕の夢なんです。そのためにも現金を稼ぐ必要がありますから。しっかり稼ぎましょうね」

 ミケーレはキラキラと可愛らしい目を輝かせているが、口にしている内容は結構シビアだった。

「そうだね。僕もお金が入ったら魔法庁の開発部門に寄付して、生活に役立つ魔法具の生産部門を作りたいんだよね」

 この国では神殿が魔法を邪法だと禁じてきたせいで人々は魔法を「うさんくさい」と思っている。けれど身近なところから魔法に親しんでいけばそうした反感は薄れるのではないかと思う。

 だって元いた世界でも新しい技術は嫌われることもあったけど、浸透したら誰も何も言わなくなった。そのためにも開発部門には頑張ってもらいたいんだよね。

「叔父上」

 ふと気づくとミケーレが真顔でこちらを見ていた。

「その生産工場、僕の一族でできませんか? 魔法具の加工には慣れてますし、魔力持ちも多いです」

「そうか。そうすれば魔族との関係改善も込みでいけるかな。手順ができれば国内工場を作るときも楽だし。相談してみるよ」

 ミケーレも大きく頷く。甥っ子がビジネスチャンスに目を輝かせている様子を光里は微笑ましく思った。


 実はこの甥っ子は予想外なところでも活躍を見せてくれた。

 デルフィーナにまだ一歳と少しくらいの腹違いの弟がいるとわかった。将来的に引き取れるように手続きをしようと思っていたら、ステファノが手続きはあとでもできるからとペオーニア大公家で預かると言ってくれた。

 それで彼女の弟エリゼオと会うことになったけれど、彼はほとんど乳母と二人きりで過ごしていたらしく、大勢の大人がいる慣れない場所で尻込みしていた。

 そうしたら大公家に滞在していたミケーレが歩み出て声をかけてくれた。

「同じ子供の方が怖くないでしょうから、僕が遊び相手になりますよ。こういうの得意なんです」

 と言って時間があれば彼と遊んでくれている。

 外見的には歳が近そうに見える彼にはエリゼオも懐いているし、それをきっかけに大公家でのびのび生活できるようになってデルフィーナも喜んでいた。

「あの子を父や義母が放置してた理由がわかるわ。お祖父様にそっくりなのよ。だからわたしはあの子を大事に育てたいわ」

 そう言いながらミケーレたちに混ざって追いかけっこをしているのも見かけた。

 ……ミケーレが来てくれたのはいいタイミングだった。子育てしたことない僕やデルフィーナだとエリゼオと接するきっかけを掴めなかったかもしれない。助かった。

 でも、不満があるとしたらデルフィーナに対しては子供っぽく振る舞っているところだ。何かデルフィーナもミケーレには甘いし距離が近い。

 自分が嫉妬しているのは自覚しているものの、態度に出せば「あんな小さい子に対して大人げない」と言われるのが目に見えているので我慢するしかない。

 ミケーレは自分がどう見られているか計算した上で、自分の行動を選んでいる気がした。姉がそういうタイプだったから。

 ……だったらミケーレがデルフィーナを狙っているってことだってあり得る?

 光里はミケーレのことは嫌いではないが、時々そんな疑念が頭を掠めてしまう。


 ミケーレが作った説明書きに目を通して文章をチェックしていると、小走りの足音が近づいてくる。

「何かあったんでしょうか」

「だろうね」

 星躔祭も近いし、魔法庁の業務も立て込んでいる。これ以上何か起こってはほしくないのだけれど……。

 光里が扉を開けると、廊下を走ってくる人物が目に入った。王宮から光里の護衛につけられた武官の男だった。

「ロメオ? 何かありましたか?」

 光里を認めると慌ててスピードを落として一礼する。

「……前王太后と元王妃が逃亡しました」

「え? コジモ元王子はどうなりました?」

「収監中の牢獄に何者かの襲撃はあったものの、失敗に終わったようです。こちらにも何かの動きがあるかもしれませんので、念のため今夜から王宮にお戻りいただきたいのです」

 何てことだ。

 光里は口元に手をやった。

 あのラノベの中での黒幕的な存在のエーヴァ前王太后。そして彼女と同じ神殿派貴族出身の元王妃。話の中では暴動に失敗して前王太后は憤死、元王妃も殺されるはずだった。

 けれど彼らの身柄の確保が早かったから彼女たちは監視付きで処分が決まるのを待っているはずだった。

 今になって……。どうやらラノベのストーリーを簡単に終わらせてはくれないつもりらしい。



大変申し訳ありません。今後の更新は少しペースを緩めることにしました。次回は27日更新予定です。

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