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第一章 聖女召喚ダメ絶対⑤

「あの世? 冥府のことですか? 召喚は亡者には行えません。あなたは生きています。お怪我をなさっているようですけれど、何かあったのですか?」

 全身濡れているし、独特の匂いがする。ああ、これは海水だ。けれど海で泳ぐような服装にも見えない。

 デルフィーナが不思議に思っていると、淡々とした表情で彼は説明した。

「海に突き落とされたんです。もう死んだかと思いました。……ということは、ここは異世界? ラノベみたいな? うわ、血が出てる……」

 男は額に手をやって額の傷から滲んだ血が手について顔を顰める。

 ラノベってなんだろう。いや、それより今何て? 海に突き落とされた?

 さらっと物騒なことを言われたような気がするけど、深入りしないほうがいいのかもしれない。とにかくこの人を放っておくわけにはいかない。

 デルフィーナは大きく息を吐いた。

 ……やっぱり私がお世話するしかないのかしら。

「あなたの身柄はひとまず私がお預かりします。まずは手当てをしたいので、移動願えますか? 今後のお話もそちらで」

 男はデルフィーナに目を向けて何か問いたげにしていた。

「ああ、失礼しました。私は魔法庁長官の第一補佐官、デルフィーナ・ディ・ロレンツィと申します」

「魔法……? デルフィーナ……さん? 僕は……」

 名乗ろうとする男にデルフィーナは手のひらを向けて制した。周囲にいる部下に聞かれないように声を落とす。

 彼はこの世界のことを知らない。だからこれだけは伝えておく必要があった。

「一つ大事なことを申し上げます。この国では誰に聞かれても全ての名前を名乗ってはいけません。差し支えのない一部分を伏せてください。それがあなたの身を守ります」

 この国ではまだ一般的ではないが、多くの国で隠し名という風習がある。呪いや魔法で身を縛られないためのもので、決して人に教えてはならない。教えたら護身の効果がなくなるとされている。

 隠し名は魔法に関わる者には必須だ。人に知られれば新たに付け直さなければならないが、その名を得てからの時間が短いと効果が薄い。

 今、彼が生まれた時からの名前を全部デルフィーナに教えてしまったら、この世界で彼を守るものがなくなってしまうのだ。

 男はデルフィーナの説明を聞いて少し考え込む様子を見せた。

「では、僕のことはヒカリと呼んで下さい」

「わかりました。ヒカリ様、私のことはデルフィーナで結構です」

 そう言って一礼すると、彼は何故か驚いたようにデルフィーナを見つめていた。


「僕のじゃ小さそうだから、ダヴィデ兄上のお古だけど……」

 ステファノが差し出した男性ものの衣服にデルフィーナは頷いた。

 身近に成人男性がいないデルフィーナには男性ものの衣服を手に入れる伝手がなかったので、何か借りられないか頼んでいた。

 兄のお古と言ってもおそらく成長して着られなくなっただけだろう。さほど痛んでいないし仕立てもいいものだった。

「ありがとう。助かったわ」

「いいよ。フィーも災難だったね」

 銀髪とくりくりした緑の瞳をしたステファノはデルフィーナより二歳年下の十五歳。まだ魔法学院の生徒だが卒業後は魔法庁入りが決まっている有望株で、デルフィーナの母方の又従弟に当たる。

 可愛い後輩で弟のような存在だ。

「お客人はどうしてるの?」

 ヒカリと名乗った男は身体のあちこちをぶつけていたらしく打撲と擦り傷、骨も何カ所か痛めていた。衰弱している様子もあって、治癒魔法だけでは治りきらなくて薬も何種類か投与された。

 一体どういう生活をしていたのか、疲労が重なって内臓も弱っていると指摘された。

「薬が効いたのか今は眠っているわ。本来なら神殿なり王宮なりで賓客としてお迎えするべきなのに、事後処理が終わるまで保留とかないわよね」

 少なくとも今まで召喚された聖女は専用の居室を与えられて何不自由なく生活できたと言われている。

 それなのに神殿側は聖女じゃないから聖女用の部屋は使わせない、と彼の保護を拒否してきたし、王宮側も王子の独断でやったことだから、すぐには対処できないとか。

 ……あの馬鹿王子のせいで間違って呼ばれたというのに。あとでまとめて費用請求してやるわ。

「でも、フィー。いくら家政婦がいるとはいえ、男の人を寝泊まりさせるなんて大丈夫?」

 ここはデルフィーナの暮らしている魔法庁の官舎だ。ヒカリはまだ静養が必要な状態なのに彼の受け入れ先が決まらず自宅に連れてきてしまった。

 さすがに搬送は同僚の手を借りたし、一応部屋には中と外から鍵をつけた。

 幸い一軒家で世帯向けの間取りなので空き部屋があるとはいえ、独身女性の住まいなのだから問題ありありだろう。

 デルフィーナ自身も馬鹿王子のやらかしの後始末で駆け回り、報告書の整理やら今後の方針決定やらと大忙しだった。とりあえずもう今日は休みたい気分だったから判断が鈍っていたのもあるかもしれない。

 魔法庁の医務室は入院施設がないから連れて帰れって言うし。だからといって異界から来た人をいきなり病院や宿屋に放り込むわけにもいかないじゃない。

 別にバレて不貞だの言われて馬鹿王子と婚約解消できるならそれでもいいし。

「部屋に鍵をかければ大丈夫でしょ。それにわたし、結構強いもの」

 学院在学中に起きた隣国との国境争いの時、デルフィーナも動員されて戦地で大暴れした結果「白炎の悪魔」だの「壊滅の魔女」だのとろくでもないあだ名がついてしまった。

 おかげで今も顔を見ただけで周囲の者が恐れて後ずさりする始末だ。

「フィーが本気出したらその男だけじゃなく官舎ごと吹っ飛んじゃうから、大丈夫とはいえないよ。なんなら僕も泊まっていい? 看病には男手が必要でしょ?」

 ステファノはニコニコしながら悪気なく答える。もう一人も二人も変わりないのでデルフィーナは諦め気味に頷いた。

「それはかまわないけど……」

「やった。僕、異界の人とお話してみたかったんだよね」

 ふと、奥の部屋から物音がした。どうやらヒカリが目を覚ましたらしい。


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