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第六章 奇跡は起こすもの⑥


 ダヴィデの話では、神殿派の貴族たちはまだ王宮に到着していないが、残った国王派とシルヴィオを支持する派閥の貴族、そして神殿が消失して呆然としている高位司祭立ち会いのもと、赤い箱が開かれたという。

 その中には先代国王が第二王子シルヴィオを次期国王に指名する旨が記された遺言状があった。当時の司祭長の立ち会いの署名もある。これを秘匿していたことで責め立てられ、神殿の立場は更に悪くなった。

 その場にいた司祭や神官たちの顔色は真っ青だったらしい。

 けれどシャルルを支持する貴族たちは納得がいかないと騒ぎ、会議は紛糾した。その結果シャルル王自身が退位を宣言した。

『一度は王冠を被ったからにはわたしは王である。そして、王が間違いを正さねば臣下や人民に示しがつかぬ。わたしは王位をシルヴィオに譲る』

 一番穏便と言えば穏便かもしれない。遺言の所在が隠されていただけでも醜聞だし、女神自身がそれを明かしたとなれば神殿の存在意義すら問われる。

 即位が間違っていたというのなら、正しい者に譲ればいいのだ。

 けれどシャルルを王にすることで美味い汁を吸っていた者たちは、今さらだと反対するだろう。これ以上国内で対立を引きずらないためには、シャルル自身が決断するしかない。

 色々甘えてる感じはしたけど、あの国王陛下は自分が王に向いていないと自覚していたのかもしれない。

 多少自分に甘い点はあっても根が善良なシャルルはこれ以上玉座にしがみつくことはできないと考えたのだろう。

 こうしてシャルル王は退位し、事後処理は新王シルヴィオによって行われることになった。


「じゃあ、わたしたちは官舎に戻っていいわよね?」

 デルフィーナがそうダヴィデに問いかけると、彼は首を横に振った。

「それがな、聖女様は一応準王族扱いなんだよ。まだ暴動が完全に落ち着いた訳じゃないし、体裁的にもあの官舎はマズい。聖女様をどこに住ませているんだと文句が出る。デルフィーナも聖女の伴侶候補だから同様だ。だから二人には王宮に部屋を用意させるから……」

「え? 王宮に泊まれっていうの? ただでさえ長官不在で仕事が溜まってるのに」

 デルフィーナが不満げな顔をする。王都に近いとはいえ、馬車でけっこうな時間がかかる。ペオーニア大公家の王都本邸にあるゲートを使うにしても、通うのが面倒になると思ったのだろう。

 ダヴィデが宥めるように表情を和らげる。

「その点は大丈夫だ。父上が今日中に王宮と魔法庁直通の移動ゲートを開設する。職場までひとっ飛びだから。それから、婚姻の手続きが済んだら魔法庁に近いうちの別邸を二人の新居にする」

「え?」

 一度夕食に招かれた大公家の別邸。そこに住めと……? いやいや、問題はその前だ。

 婚姻の手続きって……僕とデルフィーナは婚約が決まったばかりなんだけど??

 ぽかんとしていると、ダヴィデは口角を上げて光里に目を向けた。

「聖女が見つかったとなれば利用しようと縁談を持ってくる連中もいるだろうから、さっさと書類の上だけでも結婚させたほうがいいと父上がおっしゃっていた。それにデルフィーナの実家も妙な動きをしているから縁を切るためにもそのほうがいい。あと、どっちにしても盛大な挙式は行われるから覚悟しておくように」

「……」

 異議は認められない口調で一気にそう言われて、光里は頭が混乱しそうになった。

 デルフィーナも困惑しているらしく、ダヴィデが出ていったあともしばし固まっていた。

「……なんか大ごとになってしまったわね。大丈夫? ヒカリ?」

「……あんまり大丈夫じゃないけど……」

 王宮でしばらく暮らす? 盛大な挙式……?

 聖女だと名乗り出たせいで予想以上に大ごとになってしまった。

「でも、明日から職場に復帰できるんだし、とりあえず目の前のことから考えよう?」

「それもそうね。面倒事はあとで考えましょ」

 デルフィーナも納得したように頷いた。

 ステファノはどうしているだろう。そろそろ魔法庁の職員は辺境から戻ってきているだろうけれど、早く戻って手伝わないと仕事が山積みで困っているんじゃないだろうか。

 あと、この先いくら何でも長官と国王の業務が兼任できるわけがない。魔法庁の人事異動もあるだろう。そうなると長官補佐のデルフィーナはますます忙しくなるだろう。

 仕事のことを考えていると少しずつ気持ちが落ち着いてきた。身についた社畜体質のせいだろうか。

 だけどもう、元の生活には……戻れないんだろうな。

 あの官舎でステファノとデルフィーナと合宿みたいに賑やかに過ごしていたのが遠い夢になってしまったような気がして、光里は小さく溜め息をついた。

 

『シルヴィオ王が即位、ね。じゃあ、その辺はあの小説通りになったのね。暴動は落ち着いた?』

 事情を説明するために光里はリナにもらったスマホもどきでメッセージを送っていた。

 用意された部屋は豪奢で手垢つけちゃいけないんじゃないかと庶民根性丸出しで恐る恐るベッドに腰掛けていた。場違いな高級ホテルに連れてこられた気分だった。

 デルフィーナは隣の部屋だと聞いていたけれど、彼女は貴族令嬢だからここまで動揺はしないだろう。

『うん。ほとんど鎮圧されて、残りは王都の外らしい』

 暴動というか、神殿派貴族による叛乱めいた騒ぎは終わろうとしていた。


 民衆は女神降臨に毒気を抜かれたかのように静かに解散し、そして王都全体がそのことで話がもちきりになり、今度は神殿批判の声が上がっているという。

 女神が現れたことで神殿派の貴族の結束はガタガタで、神罰を恐れて領地に逃げ帰る者も続出し、内部でも責任のなすりあいをしているうちに次々と制圧されたらしい。

 大元の中央神殿は何もなかったかのような綺麗な更地になり、全てを失った豪奢な神官服を纏った神官達は呆然と立っているだけだった。ついでに聖女召喚を行っていた例の小神殿も綺麗に消失したので、もう召喚は行えないだろう。

 辺境で監視下にあった元王子コジモと元偽聖女ピエラは王都に戻されることが決まったが、あまりの状況の変化について行けていないらしい。

 そして、エーヴァ前王太后とシャルル前王の妃も捕らえられた。民を扇動するために呪術系の魔法士を雇っていた事実も明らかになった。


『まあ、神殿は魔法を邪法と言いながら、都合の良い聖女の魔力を利用したり、聖女を洗脳するために闇魔法を利用していたっていうのが、小説の中でも明らかになっているから当然よね』

 ということは、神殿の中に存在が知られていない魔法使いがいたってことだろうか。それともどこかから雇い入れたのか。

『それより、何か大ごとになってて、僕とデルフィーナの挙式を派手にやる気満々らしいんだよ……どうしよう』

『やればいいじゃない。神殿が傾いたらフィオーレを信仰する人の気持ちがバラバラになってしまうわ。それを聖女の存在で盛り立てていけば、新王への恩返しになるでしょ? それになによりあの小説のエンディングだもの。それさえやっちゃえば後は解放されるわ』

 なるほど……。確かに聖女の結婚式がラストシーンだった。

 あれが終わればもう、ストーリーを気にしなくていいってことだ。女神様も好きにしていいって言ってたし。

 そう思うと光里は気持ちが少し楽になった。

『で? いつやるの? 結婚式。当然案内状くれるんでしょうね?』

 ……あ。そうくるか。

 先代聖女と魔族ご一行……でも、彼らを客人として受け入れられるということは、本当に和解できたという象徴になる。小説ではあまり書かれていなかったけれど、もしかしたらあのラストシーンに魔王エイスリンがいたのかもしれない。

 そうなれば万事がハッピーエンドで小説のグランドフィナーレにふさわしい。

『そうだね。いつになるか訊いてないけど、必ず招待するよ』

『わたしも光里も結局親に結婚式見せられなかったわね。親不孝者だわ。……あの後、光里も大変だったでしょう?』

 姉は両親が助からなかったことを察しているんだろう。同じ飛行機に乗っていたのだから。たった一人残された光里が葬儀の手配や手続きに奔走していたことも。

『それを言うなら姉さんだって大変だったんじゃない? お互い様だよ』

 光里はそう思いながら、文字を綴った。

『……たとえ異世界でも、きっとどこかから見ていてくれるんじゃないかな』

 希望的で、そして単なる感傷ではあるけれど。別の世界のあの世とこちらも少しは繋がっているかもしれないじゃないか。

 やっと少しずつ睡魔が忍び寄ってきた気がした。リナと話すことで色々ありすぎて興奮状態だった脳が少しは休む気になったのかもしれない。

 ……まだ問題はあるけれど、きっとこのままあのラノベを終わらせれば……。

次回更新お休みをいただきます。再開は12日ごろに。よろしくお願いします。

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