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第六章 奇跡は起こすもの⑤

「ヒカリ?」

 ぼんやり考えていたら、いつの間にかデルフィーナが立ちあがって顔を覗き込んできていた。

「ごめんなさい。わたし、自分の事ばっかりまくし立てて」

「いいよ。見ていて楽しかったし」

「え? どこが? 婚約者が目の前にいるのに魔法の事ばっかり考えてたのに」

「だって君が楽しそうだから」

 光里は場所をずらして長椅子の隣を示した。

 デルフィーナはためらいもなく光里の隣に来て、首を傾げる。

「……何を考えていたのか、訊いてもいい?」

「小説の中の君は高貴な貴族令嬢って感じだったから、今の君が好きなことを考えて楽しそうなのはいいなあって」

「そうなの? 一応令嬢っぽく振る舞うことはできるわよ? 妃教育も受けていたし。これから光里も社交のお誘いがあると思うから、一緒に行きましょ?」

「それだと僕が貴族っぽくなれないからちょっと困るなあ」

 デルフィーナ着飾って舞踏会で踊る姿を見てみたい気がするけれど、自分がそういう場に行くにふさわしいだろうか……と気後れしてしまった。

「だけど聖女だって言われてしまったから、今後人前に出ないというわけにはいかないんだよね? まあ、それで魔法庁の立場が良くなるんならいくらでも客寄せになってみせるけど。できるかな……」

「堂々としていればいいのよ。それに、ヒカリが出なかったら誰がわたしをエスコートするの?」

 ああそうだった。公式の場で彼女が他の男にエスコートされるなんて冗談じゃない。

 光里は何とか弱気を振り払おうとデルフィーナに向き直った。

「……頑張るよ。他の男にパートナーを譲るなんて婚約者失格だし。わからないことがたくさんあると思うけど、教えてくれる?」

 デルフィーナが光里の言葉に微笑んだ。

「もちろんよ」

「ありがとう」

 デルフィーナは侯爵家令嬢としての素養は身についているのだろう。見劣りしない男にならなくては。

 光里はそう決意してから、ふとデルフィーナとの距離が近い事に気づいた。

「あの……訊くの忘れていたけど、貴族のご令嬢に迂闊に触れちゃいけないんだっけ?」

 すでにキスしてしまったことを思い出して、なんであの時に確かめておかなかったんだと自分の間抜け加減にツッコミを入れたくなった。

 あの時は雰囲気というか、何というか……あの後お互い気恥ずかしくなってしまったんだよな……。すぐに迎えが来たから話もできなかったし。

 こちらの世界と自分のいた世界は男女の距離感ってどうなのか。そうしたことはあまり訊いたことがなかった。

 異界でも宗教や慣習によって考え方は違う。自分の考えを押し通す訳にはいかないのでは……。

 光里は今さらながらそれに気づいてしまった。

 デルフィーナは首を傾げる。

「確かに結婚するまでは殿方と一定の距離が必要とは言われるわ。そもそも『壊滅の魔女』だとか呼ばれるわたしに無遠慮に触るような殿方はいないから、そんなこと言われたの初めてよ。嬉しいわ」

「え?」

「だって触れちゃいけないのかって聞くってことは、触れたいってことでしょ?」

 デルフィーナはそう言って光里の手を取った。それを白い手で包み込むようにしてわずかに頬を染めた。

「わたしはヒカリに触れてほしいわ。……異界の殿方はみんなあなたみたいに慎ましいのかしら?」

「いやそれは単に僕が度胸がないというか……」

 恋愛で全敗してきた引っ込み思案の童貞野郎だから……とは言えなかった。

 一緒に母のお腹にいた時にありとあらゆる度胸は姉さんが持っていったんじゃないかって言われるくらい性格が違うから。きっと姉さんは推しの魔王エイスリンに積極的にアタックしたんだろうけど、僕ときたら……。

「……ごめん。これからは強気になれるように頑張るよ」

 ネガティブになるのはやめよう。彼女と婚約したからには、この世界で自分の立場を確立しなきゃいけないんだ。遠慮してたらデルフィーナに愛想尽かされてしまうかもしれない。

 彼女は今まで近づいてきた女の子たちとは違う。僕をちゃんと見てくれる。僕が苦手だったりできないことも受け入れてくれる。

 デルフィーナが握った手に更に自分の手を添えた。

「だからこれからもよろしくお願いします」

 デルフィーナはそれを聞いてぷっと吹きだした。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 照れくささと何やってるんだという気持ちから、お互いに笑ってしまった。

 そうして一頻り笑ったところで、慌ただしい足音が近づいてきた。


 やってきたのはダヴィデだった。表情が険しかったので何か悪い知らせかと身構えた光里とデルフィーナに、彼はゆっくりと告げた。

「……伯父上が退位を決断された。新国王には父上が指名された。父上はペオーニア大公を退きステファノが家督を継ぐ。僕は父上とともに王族に復籍し、第一王子を名乗ることになった」

 そこで一つ大きく息を吐いた。

「まだ会議はゴチャゴチャやってるが、一応知らせようかと思って。女神様を喚んだりしたんだからヒカリは大丈夫かと……あ。いや、父上が……」

 ダヴィデはどうやら光里とデルフィーナが蚊帳の外に置かれていることと、光里の体調が悪くなっていないかと気にかけてくれたらしい。

「ありがとう。大丈夫だから」

「ヒカリの立場は神殿があれこれ言ってきたが父上が突っぱねてくださったから、今まで通り魔法庁預かりになる」

「神殿側は文句言ってきたの? 要らないって言ったの向こうじゃないの」

 デルフィーナが呆れたように問いかけた。

「それが、あの連中ヒカリの顔さえ知らなかったんだ。先代聖女に似ていることさえも」

「まあ、確かにあの時はずぶ濡れで酷い状態だったから、顔なんて見てなかったのかもしれないわ」

 言われてみたらそうだった。

 光里はあの時職場の同僚に海に突き落とされたのだ。怪我もしていたし海水に濡れていたしボロボロだった。あの情けない状態で「先代聖女に似ている」とか気づかれなかったのは当然だろう。

 ……あの時は心身共にボロボロだったから。

 けれどあの召喚直前の事件を思い出してもさほど心が揺れ動かないことに気づいた。

 付き合い始めたばかりでも一応は信用していた女性と職場の同僚。その顔も薄ぼんやりとしてはっきりと思い出せない。

 ……もう、彼らは僕には必要のない人間だからかな。関わることもないだろうし、どうなっていても知ったことじゃない。

 デルフィーナが不意に光里の腕を掴んだ。もしかしたらこちらに来る前に光里が殺されかけたことを思いだしたのかもしれない。

「いい気味だわ。誰が返せって言ってきても絶対返さないから」

 ダヴィデが吹きだして、声をあげて笑い出した。

「その意気だ。デルフィーナがくっついていたら誰も手を出せないだろうからな」

「……あ……はい。頼りにしてます」

 光里がそう言うと、デルフィーナは満面の笑みを返してくれた。


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