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第一章 聖女召喚ダメ絶対④

 やがて光が弱まって、魔法陣の中で膝立ちで固まっている人物の姿がはっきりと見えた。

 その途端に、周囲を囲んでいた者たちが静まり返った。

 すらりとした長身、黒い髪。象牙色の肌と整った目鼻立ちをしている。見たことのない形状の服を纏っている。

 水を被ったのか全身濡れていて、あちこち怪我もしているようだった。

 知らない場所に連れてこられたことに気づいたのか周囲をぐるりと見回す。

「男だと? どういうことだ? 聖女ではないではないか」

 聞きたくもないわめき声が地下室に響き渡った。

 ……ああ、やっぱり召喚術の再現は完璧ではなかったのね。

 デルフィーナは困惑した様子の男に溜め息をついた。そう、そこにいたのはどう見ても成人男性だった。

 それを見てコジモは神官たちに怒鳴った。

「お前たち、術式の復元は完璧だと言わなかったか? なぜ失敗した?」

 あーうるさい。どうせ自分は何もせず権力振りかざして命令していたんでしょ。

 デルフィーナはそう思いながら部下に目線で指示を飛ばす。この事態を王宮に伝えるように。

 そして、まだ騒いでいるコジモに目を向けた。

「もう一度やれ。次は成功するかも知れぬだろう。すぐにとりかかれ」

「畏れながら殿下。この術はもう使えません。無理に復元したので保たなかったのです」

 すでに床に描かれていた文様が消え失せている。

 コジモはしつこく神官たちを怒鳴りつけている。幼児が駄々をこねている姿が頭をよぎった。よほど聖女を召喚できなかったのが悔しいらしい。

 だけど、そんな場合じゃないでしょう。あの人どうするの?

 デルフィーナはコジモに歩み寄った。

「殿下、ご自分が何をなさったのかわかっていらっしゃるのですか」

 コジモはびくりと肩を揺らしてデルフィーナに振り返った。

「うるさい。お……俺は悪いことはしていないからな。聖女を呼び出そうと思っただけだ。国の危機に備えて何が悪い。それに、聖女は来ていないんだから問題あるまい」

 そんなわけないでしょ、という言葉が出かかったけれど何とか堪えた。

 デルフィーナはこの王子相手に感情を乱したら負けだと経験から知っている。

「大問題です。禁忌の術式を行っただけで充分問題です。あの男性をどうなさるんですか」

 召喚術は異界から呼び寄せるだけだ。間違って連れてきたからと帰すことはできない。

「知るか。お前がなんとかしろ。聖女でないなら用はないから捨て置けばいい。俺は知らん」

 そう言ってそそくさと従者を連れて逃げ出してしまう。

 ああもう。責任感が微塵もないわね。この後始末だけですでにどれだけの人手が費やされるかなんてわかってない。

 デルフィーナは背後に控えている部下に指示を飛ばした。

「直ちにこの場にいた神官は全員拘束して事情聴取。この現場を保持して映像記録を取りなさい。その後はこの部屋は元通り厳重に封じる。追加の人員はサンクティス王宮騎士団長に依頼を。この部屋の鍵を保管していた上層部の関与の可能性も高い。決して緩めないように。神官とはいえ女神と先代聖女の約定を破った罪人です」

 厳しい声でそう伝えると、部下たちがすぐさま神官たちを取り押さえた。逃げた馬鹿王子には国王陛下から直接処罰してもらうしかない。

 デルフィーナが今日の突入の指揮を取ることになったのは馬鹿王子を止められる人間が必要だったからだ。王子が絡んでいることで各種根回しが必要になって初動が遅れたのは痛かった。

 今回はもうお説教で済む話ではないわ。先代聖女との約束を破った上に、罪もない人を巻き込んでいるのよ。

 ……問題はあの男性だわ。ひとまず保護しないと。

 デルフィーナは魔法陣の真ん中でこちらを呆然と見つめている男に歩み寄った。過去に異界から呼ばれた聖女は女神の奇跡によりこちらの言語を理解できたと聞いている。

 聖女でない場合はどうなのかしら……。

 恐る恐る話しかけてみることにした。

「わたしの言っていることがわかりますか?」

「はい。……ここは一体どこなんですか?」

 濡れて顔に貼り付いている髪をかき上げると、顔が露わになる。額に大きな擦り傷があって血が滲んでいる。年齢は二十歳前後だろうか。高い鼻梁と綺麗な褐色の瞳が目立つ顔がデルフィーナに向けられた。

 戸惑いと警戒が入り混じった表情に、デルフィーナは胸が痛んだ。

 ここに連れてこられたのが間違いだったとか、とても言えない。

「ここはフィオーレ国の神殿の一室です。あなたはここで行われた召喚の術式によって、ここに呼び寄せられてしまったのです。我が国の馬……いえ、一部の者によってご迷惑をおかけしてしまったことをひとまずお詫びいたします」

「フィオーレ……? 召喚?」

「念のために伺いますが、あなたはどちらにお住まいでしたか?」

「僕は……日本という国に……」

 ニホン、聞いたこともない国名だ。

 デルフィーナは男の姿を観察した。服装は白いシャツと長いズボン。労働者階級の服に似ているけれど、独特の形状と見たことのない素材でつくられている。

 やはり、間違いなく彼は異界の人なのだ。こうなったらちゃんと説明して理解を求めるしかない。

 デルフィーナは召喚術が行われた理由を含めて最初から説明した。

 理不尽なことだと怒り出すのも覚悟していたけれど、彼は目を瞬かせて首を傾げた。

「聖女……を喚びたかったんですか。それは申し訳ないです。僕みたいな野郎が来たらガッカリしますよね」

「いえ、それ以前の問題です。そもそも聖女であろうと誰であろうと召喚術を使う事自体が問題です」

「なんか、花嫁とか言ってましたよね? さっきの人は聖女をお嫁さんにしたかったんですか?」

「あー。あれは勝手に主張しているだけです。問題外です。たとえ本当に聖女がいらしても選ぶ権利がありますから」

 デルフィーナがそうバッサリと切り捨てて肩を竦めると、彼は少し口元を緩めた。

「それならよかった。……ええと、つまり、ここはあの世ではないんですね」


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