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第五章 ニセモノ聖女とホンモノ聖女⑧

「ところで、ヒカリ。さっきから何をしているのか訊いてもいいかしら?」

 王都本邸に来てからヒカリはほとんど話そうとせずにあの小さな金属板に指を滑らせて何かやっているのが気になってデルフィーナは問いかけた。

 シルヴィオは王宮への隠し通路を開くために席を外している。その手順を王族ではないデルフィーナとヒカリに見せるわけにはいかないから、と応接室で待たされていた。

 何かの文字を書き込んでいるように見えるけれど、見たこともない文字……いや、彼が一度異界で自分の名前を書いた、アレに似ている。

「姉に色々教わっていて……光魔法のことはあっちの方が詳しいから」

「もしかして奇跡の起こし方も知ってるの?」

「うーん……奇跡って意識して起こすものじゃないとは思うんだけど……。とりあえず目処は立ったよ。やるのが自分というのがかなり恥ずかしいけど」

 どうやらリナと段取りを決めていたらしい。もしかしたら、彼女もこの展開に気づいていてあらかじめ協力していたのだろうか。

 たしかに光魔法となると、わたしはそんなに詳しくないし、属性の値が低いから使えないけど……ヒカリに魔法教えるって言ったのに。

「わたしはいない方がよかった?」

 思わずそう問いかけて、ヒカリが驚きに固まったのを見て後悔した。

 何を言ってるのわたし。この人を一人にしないって決めたのに。

「……僕、何か悪いこと言った?」

「そうじゃないの。何となくだけどわたしはあなたの知る物語の中であまり良い子じゃなかったんじゃないかって思ってて、それならあなたの側にいていいのかって……」

 魔法庁に入れたのもわたしの都合で婚約してしまったのも、全部彼には迷惑だったんじゃないかと思ってしまった。だって彼には今まで頼る相手がいなかった。

 でも、今ならリナがいる。わたしはそれでもヒカリの役に立てるんだろうか。

「……ごめん。スライディング土下座でも何でもするから、そんなこと言わないで」

「スライディング土下座って何?」

 ヒカリは慌てた様子でデルフィーナの前に来て膝をついた。

「とにかく謝るから。全部僕が悪いんだ。君が不安になったのは全部僕のせいだから」


 ヒカリが読んだ物語の中で、デルフィーナは悪役令嬢というものだったらしい。主人公に敵対心や嫉妬で絡んでくる役周り。憎まれ役というのが正しいらしい。

 けれど、真面目で高圧的な性格だけど、言っていることは正論で主人公を追い詰めて凹ませても、それが主人公の成長に繋がるという。ただ、読んでいる人からすると主人公を苛める嫌な令嬢という印象で、嫌われがちだったのだとか。

 最終的に国に平和をもたらした主人公が王子と恋に落ちたことを察して、王子との婚約を辞退して王宮を去って行く。

 ……どういうわけか物語の中のわたしは魔法使いでもない普通の貴族令嬢だったのね。それなら実家は今のように傾いてなかったのかしら。

 つまり、わたしが嫌われ者だったことをヒカリは言えなかったんだわ。わたしが傷つくと思って。


「君はラノベの中のデルフィーナとは別人じゃないと僕は思う。根っこは変わってないんだ。自分の意思をしっかり持っていて役割を果たそうとしている。真面目で正義感の強い素敵な女の子だよ。僕も姉も物語の中の君が好きだった。だからここに来て君に会えたのはうれしかった。……でも、何か言いにくくて……」

 ヒカリは焦りのせいか顔を赤らめて俯いている。膝をついているから顔が見えない。

 デルフィーナは自分も膝をついてヒカリの両手を取った。

「話してくれてもよかったのに。今は物語と違うのでしょう? だから気にしないわ。そもそも、ヒカリはコジモ殿下と結ばれたりしないでしょ? いくら何でも好みじゃないわよね?」

 そう問いかけるとヒカリは恐ろしいものを見たかのように首を横に振った。

「ありえない。恋愛対象どころか人としても好みじゃない。絶対無理」

「……わたしはヒカリを誰にも渡したくないわ。リナにもよ?」

 その言葉はするりと口をついて出た。ふわりと伸びてきた長い腕がデルフィーナの背中に回ってきた。抱き寄せられて耳元にヒカリの顔が近づいてきた。

「嫉妬してくれたんだ……。ごめんね。姉は遠慮がない人だからあれこれこれからも言ってくるだろうけど、君を最優先するから」

 嫉妬……ああ。その通りだわ。ヒカリはわたしたちしか頼る者がいないと思っていたから、突然現れたリナに嫉妬したんだ。

「僕もステファノやダヴィデと君が親しげなのを見て、モヤモヤしたことがあるから。君が婚約者に僕を選んでくれたのが嬉しかった。君が僕のこの世界での居場所になってくれると思って……だから嫌われたくなくていろいろ言えなくて……」

 ……だってこんなに手放したくないと思った人は初めてだったんだもの。ヒカリも同じだったなんて。

 間近にヒカリの顔があって彼の瞳に自分だけが写っていることにさえ嬉しいと感じてしまう。

 そのまま顔が近づいて、ぎこちなく唇同士で触れ合った。

 元々の物語では敵対していた貴族令嬢と聖女が結ばれる結末だっていいじゃない。

 だってわたしたちは物語を生きているんじゃなくて、わたしたちの人生を生きているんだもの。

 デルフィーナはヒカリの腕に手を沿わせて身を任せた。


 ……でも、スライディング土下座って何かしら。何かの刑罰?



次回更新から第六章になります。ストックが少なくなったのでがんばります。よろしくお願いします。

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