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第五章 ニセモノ聖女とホンモノ聖女⑥

ふと見るとそこにヒカリがいた。

「立ち聞きする気はなかったんですけど、姉からの伝言をお伝えしようと思って……」

 彼の手には先刻渡された金属板があった。

「伝言?」

「……今回の黒幕はリコルド城の主人だと」

 シルヴィオが顔を顰めた。唇が何か呟いた気がした。あの妖女が、とデルフィーナには聞こえた。

 リコルド城は王都郊外にある古城で、現在先々代国王の妃だったエーヴァ前王太后が静養している。先々代国王の晩年、神殿派の貴族が強引にねじ込んで妃に迎えられたため、シャルル王やシルヴィオとは血のつながりはない。

 当時は今よりも神殿の権力が強かったので彼女は夫の没後も長く王太后として権力を振りかざしていた。先代国王が隣国の王女を妃に迎えたのは彼女の干渉を嫌ってのことだろうとされている。

 すでに七十歳を超えているはずだが、今でもあれこれ国王シャルルに要求を寄越してくるくらいには壮健らしい。

「わかった。詳しいことは後で聞こう。二人とも支度してきなさい」

 シルヴィオはヒカリの言葉を信じることにしたらしい。

 二人は置いていた荷物を取りに戻ると、すぐにゲートを使って魔法庁に帰還することになった。


「……無事の帰還をお喜び申し上げます。父上」

 ゲートの移動先には、すでに移動魔法が作動したことに気づいてかステファノが数人の職員たちと待ち構えていた。

「現状を教えてくれ。王都で何が起きている?」

 シルヴィオが厳しい口調でステファノに問いかけた。

「皆が出立してすぐに王城から使者が来たんです。魔法庁が魔族と結託してこの国を滅ぼそうとしているというお告げがあったのだと。同時に神殿に設置されていたゲートの作動が確認されたりと……とにかく色々ありすぎて何からお話すればいいか」

 ステファノがそう説明してからにこりと笑った。

「ひとまず領地と領民、そして魔法庁に被害はありません。兄上は王宮で国王陛下のお側にいます」

「え?」

 ヒカリが驚いた顔をした。

「どうかしたの?」

「……ダヴィデは? 戻ってないの?」

「それが……王宮騎士団長を叩きのめして王宮に立てこもっているらしくて……。『やっと妄想でなく本気で暴れられる』と大喜びしていて」

 ステファノがなんとも言えない顔で説明してくれた。

 ……何でそういう事になってるの?

 デルフィーナは呆れてしまった。


 シルヴィオたちが辺境に出発したのを見計らったかのように、王宮からの使者が魔法庁に査察を入れると通告してきた。そもそも魔法庁は国王直属の独立機関であり、国王が認めなければ軍でも神殿でも介入はできない。

 まして根拠が神殿が伝えてきたお告げだけというのだから、まともに取りあう理由もない。

 使者の持って来た書類は軍部のサインしかなかったので、書類不備でステファノは即座に追い返した。

 その直後、神殿に設置された移動ゲートが作動したことが確認された。

 ステファノはすぐに非常招集をかけた。ペオーニア領全域に結界を張って神殿のゲートを封鎖。そして、王宮にいるダヴィデにも事態を知らせた。

 査察のサインをしていたのは国軍の総司令。そうなるとこの件には国軍も絡んでいる。

「まあ、辺境はフィーたちがいるから何とかなると思ってたし、王宮の動向は兄上が知らせてくれると思ったんだ。けど、兄上は斜め上に暴走しちゃって……」

 ダヴィデはすぐにシャルル王に直談判して言質を取り、この事態が国王の命令ではないことを確認した。元々国王はシルヴィオをなにかと頼りにしていて、彼を追いやることなど頭になかった。神殿からの横槍からも庇おうとしていたくらいだ。

 つまりこの一連の軍事的な行動は神殿派の貴族たちによる独断であり、王の意思とは関係ない。ならば逆賊として叩きのめしても構わない悪党どもだ。やってしまえ。

 ダヴィデはそう思ったのだろう。

「まあ、そこから展開が速すぎて。王宮騎士団長が国軍と同調して魔法庁を包囲すると言い出したところで、兄上がその場で団長を叩きのめして騎士団を掌握した。元々団長はお飾りで、騎士団内での人望も実力も兄上が団長より上だったからね。団長側についていた取り巻きもまとめて拘束して……そのまま国王陛下を逆賊からお守りするという名目で王宮を封鎖して神殿派貴族を叩き出した……らしい」

「……うわー……」

 デルフィーナはダヴィデが今までの鬱屈を晴らすように暴れ回っているのが目に浮かんだ。

「神殿派は王宮騎士団が国王陛下を人質に取っていると騒いでいるんだけど、そこで奇妙な噂が流れてきて……」

「噂?」

「中央神殿にあった女神フィオーレの像が崩れて粉々になったんだって。礼拝に行っていた民たちの間から伝わって、神殿が女神の怒りを買ったんだと大騒ぎ。王都は大混乱になってる」

 神殿派の貴族たちは現在中央神殿に集結して王宮に突入を図っていた。

 ただ、国軍や神殿兵の中からも王宮を攻めると聞いて離脱者が出ていたり、噂を聞いた民衆が神殿に押しかけたりして収集がつかない状況らしい。


「王都本邸のゲートは、まだ封鎖してないんだな?」

 シルヴィオはステファノに問いかけた。

「はい。あのゲートは当家の人間以外には動かせませんから。父上、まさか王宮に?」

「行かねばならないだろう。国軍はペオーニア領には手出しできないから問題ない。だが国政の混乱に私が動かないわけにはいかない」

 シルヴィオはそう言いながらヒカリとデルフィーナに振り返った。

「ヒカリ、他に知っていることがあれば教えてくれ」

 ヒカリは頷いた。

「エーヴァ前王太后は先代聖女が召喚されるまでは聖女候補だったので、異界の聖女に対して敵対心が強くて、小説の中では先代聖女を陰で苛めていたという記述もありました。彼女は小説の本筋にも登場しています。五十年経って、再び召喚された異界の聖女にかつての憎しみを思い出し、亡き者にしようとする……という事件があって……」

 ステファノがキョトンと目を丸くしてヒカリを見ていた。

 そうだった。ステファノには異界の物語の話をしていなかった。話が半分も見えていないはずだわ。後で説明しないと。

「小説? エーヴァ前王太后? え? 黒幕はあのクソバ……いえ、あの人なの? でも、聖女召喚は失敗ということになってるのならヒカリのことはしらないんじゃないの?」

 ステファノは女性に対するはしたない罵倒を口にしかけて、慌てて言い直す。

 ヒカリは頷いた。

「多分知らない……はず。だから、今回は彼女の憎悪の矛先が魔法庁に向いたのかもしれません。聖女の代わりを魔法で補おうとしているのは彼女からしたら邪法だし。もしかしたら長官個人にも……」

 シルヴィオは頷いた。

「だろうな。もともと彼女は隣国の血が入った私が気に入らなかった。私が憎悪の対象になっている可能性が高い。隠居の身なのにお元気なことだ。物語にエーヴァが聖女を狙って暗躍をする要素が用意されていて、表向き聖女召喚に失敗したことで矛盾が生じて敵が私になったということか。それで? 彼らはこの後どう動く?」

「小説ではこの事件は表向き異界の聖女を保護しようとする王家に対する反発という構図で起きました。聖女は自分を利用しようとしてくる神殿と決別して王家と協力して辺境へ向かおうとするんです。エーヴァは陰で神殿にこれでは権威が失墜すると囁き、焦った神殿側は民衆を操って王宮を囲む暴動を引き起こします。彼女はそのどさくさで聖女を暗殺しようとするのですが。だから、魔法庁への反発を煽って民衆を動かすのではないかと……」

「……盲信した暴徒は扱いに困るな。そうなる前に止めねば……。それで? どうやって止めたのだ?」

 シルヴィオに問われたヒカリはそこで戸惑った表情になった。


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