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第五章 ニセモノ聖女とホンモノ聖女⑤

「光里。これあげるわ。試作品だけど」

 すっかり撤収作業が終わった頃、リナはヒカリに小さな金属の板のようなものを渡していた。

「スマホ?」

 ヒカリがその形状を見てからそう呟く。

「みたいなものよ。風魔法で言葉を送る技術を応用したトランシーバーのような通信装置。ちょっとラグがまだあるから、実用としては今ひとつだけど。メッセージアプリ的なものも入れてあるわ。使い方はスマホと同じね。カメラ機能とかつけたいものはあるんだけどまだまだ開発段階なのよね。もちろんネット機能は無理」

「えー? でも、十分凄い。UIとかそっくりだし」

 ヒカリは教わっていないのにその金属板に指を滑らせて頷いている。

 言っている事が半分も理解できなかったデルフィーナに気づいてヒカリが説明してくれた。

 これは通信装置でステファノが持たせてくれた魔法具とよく似たものなのだと。アレは一回限りしか使えないけれど、これは何度も使えるらしい。異界にある「スマホ」という道具を参考にしたものなのだとか。

 リナは地底暮らしの魔族たちの生活を快適にするためにこうした魔法具を作っているらしい。異界にあった便利な道具を魔法で再現しているのだと。

 異界では魔法無しでこんな道具を作っていると聞いて、ヒカリは凄いところに住んでいたんだ、とデルフィーナは改めて思い知った。

「ただデザインセンスがないのよね、わたしは。そういうのヒカリにやってもらいたいから、今後はガンガン連絡するわ。面白いのができたら交易品にするのもいいかもしれないわ」

「交易……ですか」

「ええ、もしかしたらこの先、魔族とあなたたちの国の関係が変わるかもしれないでしょう? 商売だってできるようになるかもしれないじゃない?」

 デルフィーナはその言葉に霧が晴れたような気がした。

 未来、彼女が言っていたのはそういうことだったのかと。


 リナが言っていた赤い箱というのは、国王の遺言状を保管するための箱だ。

 代々の国王が作った遺言状は厳重に封印されて神殿の女神の間に預けられる。けれど先代国王の「赤い箱」は存在しなかったとされていた。

 ……もし、先代国王陛下の「赤い箱」が存在していて隠したというのなら、今の国王陛下を支持していた人たちにとって不都合なことが書かれていたはず。

 シャルル王以外の人物が王位継承者として指名されていた可能性が高い。一番あり得るのがシルヴィオだ。

 口にしなくてもあの人が即位したら……って思ってる人は多いはずだわ。だって今のままだったら次の国王はあの馬……いや、コジモ王子だし。将来は絶望的だわ。

 シルヴィオは今でも頻繁に王宮に呼ばれてシャルル王に助言している。彼は兄が即位してからあれこれ言いながらも手助けを拒むことはしてこなかった。近年はコジモ王子のやらかしのせいで不機嫌ではあったけれど、彼は兄を押しのけてまで自分が王になろうとは考えていなかったように見える。

 ……もし、赤い箱が見つかったら、長官も決意するかしら。


「魔族との交渉は無事まとまった。彼らは速やかに森の深部に戻るだろう。さらに砦の修繕が終わるまでは魔獣がこちらに来ないように魔族たちが誘導してくれると約束してくれた。当代の魔王とその妃は魔法庁と国境警備軍に対しての敵対行動は取らないと約束してくれた」

 砦に集まった兵士たちや魔法庁職員たちの前でシルヴィオがそう宣言した。

 魔法庁と国境警備軍、というのが正直なところで、この国全てではない。

 リナによって草稿が作られた和平交渉の内容は、今回の召喚に関わった者全員に厳重な処罰を行うようにという要求と、それが行わなければ女神との誓約の通り神殿を始め関わった者たちの施設をことごとく破壊されると覚悟するように、という脅迫だった。

 つまり、こっちはちゃんと見ているんだから甘い処罰するんじゃない。漏れがあったら神殿その他更地にするけどいいわよね? という意味だ。

 当初の要求からすればかなり穏便な内容と言える。

『神殿内部にはわたしがいた頃を知っている者もいるはずよ。当時言い寄って来た輩はボコした記憶があるし、わたしを言いなりにしようと術をかけてきた連中もとりあえずやっつけたし。わたしが生きていたと聞いて震え上がる人も多いでしょうね。名簿作ってあとで光里のスマホに送るわ』

 聞いてみたら先代の司祭長はリナと同い年で、当時リナに言い寄ってボコボコにされた一人だったらしい。

 ヒカリの話では小説の中では先代聖女は名前も出てこない脇役だったらしい。異界の女性で保護してくれた神殿に逆らえないまま魔族討伐の後は貴族に嫁いですぐに亡くなった……というのが本来の筋書きだった。

 ……それはいろいろ変わるはずだわ。つまり五十年前からヒカリが知っていた本来のこの国の出来事はもう、大きく枝分かれしてしまっていたんだわ。先が読めないってことは、そういうことだったのね。

 それにしたって聖女を口説けるような立場となれば高位貴族や王族。高位の聖職者くらいだろう。それをとりあえずやっつけたって……。しかも五十年前ならまだ存命の人もいるかもしれないわ。

 リナの聖女というより女格闘士のような戦歴にデルフィーナは呆れるしかなかった。

 まあ、彼女も穏便に済ませてくれたのよね。王都全部更地にされても仕方ないところだもの。


「我々の仕事はこれで終わった。魔法庁の部隊は明日の朝撤収する。諸君の働きを余すところなく王宮に報告すると約束する。食堂を開放するので今日のところはゆっくり疲れを癒やしてもらいたい」

 シルヴィオがそう言って締めくくると全員が歓声を上げた。

 ほっとした空気が流れている場を後にすると、シルヴィオはゲートの設置場所である砦の中庭まで歩いてきてデルフィーナに告げた。

「わたしは魔法庁の様子が気になるから、今日のうちに先に戻る。デルフィーナはヒカリと一緒に後で皆と戻ってくるといい」

「お一人で……ですか?」

「向こうには残してきた部下もいるし、ステファノもいる」

 そう言えば魔法庁は領主代理を務めていたステファノが周辺の街ごと封鎖している。

 神殿側の不審な動きを見ての判断だ。コジモ王子の言っていた難癖からすれば魔法庁に対しても何かしてきたかもしれないので賢明な判断だ。

 魔法庁がある街はシルヴィオの領地だ。万一の時はあの街だけでなく領地全体に防御魔法をかけられるから攻め入られる心配はないとはいえ、ステファノたちがどうしているのか心配なのだろう。

 今の魔法庁に残っているのは研究職や事務職の職員が大半だ。戦力になりそうな魔法使いは少ない。

 それに、騎士団に所属しているダヴィデは王宮にいる。彼の動向も気になる。

「……だったらわたしも戻ります」

 コジモ王子はシルヴィオを逆賊に仕立て上げようとしていた。

 今は軍部や騎士団の上層部も神殿派が権力を振るっている。もし、彼らも神殿兵たちと同調しているとしたら、王都周辺がどうなっているのか。それにダヴィデもどうなるのか。

 デルフィーナは自分がどう見られているのか自覚している。

 攻撃魔法を得意とする「白炎の魔女」は兵士たちに恐れられていることも。

 シルヴィオの側に自分が控えていることで守ることができるはずだ。

「あの……すみません。僕も一緒に戻っていいですか?」

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