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第五章 ニセモノ聖女とホンモノ聖女④

「……王宮は勘弁してあげるから神殿は好きにしていい……で、どうかしら?」

 それを聞いたシルヴィオが溜め息をついた。リナたちの最終的な落とし所がどうやらそこらしい。

 確かに女神との約定を神殿が破ったのに何も罰を受けないのはデルフィーナとしても不満だった。関わった人間は一応の処罰を受けたけれど指示した人間が全て処分されたわけではない。

 あれにしたって神殿の上層部が関わっていないとできないはずなのに、うまいこと言い訳をつけてきて誤魔化されたし、本当に指示を出したのは王妃かそれとももっと後ろに誰かいるのではないだろうか、という話にはなっていた。

 先代聖女が女神に代わって彼らに鉄槌を下すというのならデルフィーナとしては賛成だった。どんどんやってほしいくらいだ。

 ただ、シルヴィオがそれに了承することはできない。神殿は王家の持ち物ではないのだ。

「どうと問われても我らには神殿を好きにできる権限はないのだが……。つまり、王宮は諦めてくださると?」

 シルヴィオの問いにリナは軽い口調で答えた。

「ええ。神殿は女神との約定を破るくらいまるごと腐ってるけど、王宮は一部だけ入れ替えればいいのではなくて?」

「それはそちらに口出しされることではない」

 シルヴィオが鋭い目でリナを見据える。王宮の「入れ替え」にその主も含めるとしたらその言葉に頷けば反逆と見なされる。

 リナは王をすげ替えろと暗に言っている。彼女は初対面のはずのシルヴィオが王弟だということも知っているんだわ。やっぱりヒカリと同じでこの世界の知識を持っているということね。

 リナはシルヴィオの抗議に全く臆した様子もなく、微笑んだ。

「ではまず、神殿の司祭長と先代の宰相を締め上げてはいかが? 封印された赤い箱に何が入っていたのか。それで先代の陛下のお考えがわかるはずよ」

 ヒカリが何かに気づいたように目を瞠った。

 どういうこと? 先代の陛下は王太子を指名せずに亡くなったと聞いているのに。この口ぶりだと今の陛下が即位するはずじゃなかったってことにならない?

「……あなたは何を知っている?」

 シルヴィオが眉を寄せた。リナは静かに断言した。

「……先代国王の赤い箱が存在していたはずなのよ。その意味がおわかりかしら?」

 シルヴィオは何か心当たりがある様子で考え込んでいる。

「ヒカリから、異界でこの国が物語になっていると聞いた。もしかしてその中に父のことが書かれていたのか?」

「ええ。光里は混乱させないためにあなたたちに話していなかったのね。賢明だけどわたしは話しておくべきだと思ったのよ。未来のために」

 シルヴィオはしばらく黙り込んだあとで、リナに目を向けた。

「ではどうせ今回の件でもう一度神殿は締め上げなくてはならないから、それが終わったら気が済むまで神殿を破壊してもらってもこちらは関知しない。王宮についてはわたしに一任してもらえるだろうか」

「十分よ。ではそれで手を打ちましょう。どうか弟のことをくれぐれもよろしくお願いします」

 シルヴィオはヒカリをちらりと見てからリナに問いかけた。

「だが、弟御を私に預けて構わないのか? このままつれて行くと言われることも覚悟していた。彼は当代の『聖女』なのだろう? 今回の召喚魔法の条件式はすでに魔法庁で解析済みだ。あの術式では聖女となれるだけの魔力がなければ異界から渡ってくることはできない。それがたまたま今まで女性だっただけではないのだろうか。もしくは今回だけ『女性に限る』という構文を入れ忘れたか」

 デルフィーナも実はそのことは聞いていた。ヒカリが光魔法に特化した属性を持っていることからしても、男性だが聖女として召喚された可能性が高いと。

 ただ、神殿が欲しいのは聖「女」だったので彼らは頑なにヒカリを否定したのだ。だから要らないなら魔法庁で保護すればいいと結論づけていた。

 シルヴィオはヒカリこそが当代の聖女なのだと気づいていたのだろう。

 ただそれを公表すれば神殿が返せと言いかねないから黙っていたのだ。

「そこまでご存じだったのね。だからこそよ。下手な相手に預けられないでしょう? それに可愛い婚約者と引き離すのも無粋だし。ちゃんと護ってくださるわね?」

 リナはにこりと笑う。

「……了解した。ヒカリは神殿には絶対に渡さない。何らかの誓約が必要なら書面にしよう」

 シルヴィオはリナの笑顔に強烈な圧を感じたかのように少し間をあけて答えた。

「それと、赤い箱のことはしばらくは他言無用で願いたい。私の力で何とか解決する」

「わかったわ。詳しいことは光里に訊いてちょうだい」

 リナはそう言って魔族の男たちの方へ戻っていった。ティーセットや卓を片付けていた男たちに笑いかけている。

「恐ろしい女傑だな。ヒカリの姉君は」

 シルヴィオがそう言って口元にわずかに笑みをうかべていた。


 その日のうちに魔族たちは砦に攻撃する理由がなくなったから、と投石機を解体して森へ戻る準備を始めていた。リナがきびきびと指示を出す隣で魔王はニコニコ笑いながら見ているだけで、彼らはリナのことを信用しているのがわかった。

 五十年間彼らを瘴気から護ってきて、王を補佐してきた……って確かに凄いことだわ。リナが努力して二度と異界から聖女が連れてこられないように問題を解決していたのに、神殿側はそれを理解していなかったのね。理解していたらコジモ王子の我が儘に負けて聖女召喚なんてしなかったはずだわ。

 デルフィーナは他国が魔獣を操ってきたりしない限り、魔獣の被害が減り続けていると資料で目にしたのを思い出して、それも彼女の功績だったことに気づいた。

 ……聖女に甘えすぎてるでしょ。明らかにこの国はおかしいわ。

 ヒカリが聖女だと知れればまた利用しようとするかもしれない。そんなことは絶対させない、とデルフィーナは決意した。


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