第五章 ニセモノ聖女とホンモノ聖女③
とんだ珍客のおかげで中断した交渉の場は間延びしたお茶会のような空気感になってしまった。
魔族側はちゃっかり持って来ていたティーセットで優雅にお茶を飲んでいる。お茶菓子まで持って来ているあたりがさすがだとデルフィーナは感心した。
シルヴィオは後始末のために一旦砦に戻ってしまい、交渉の場には魔族たちとデルフィーナとヒカリだけが残っていた。
そしてデルフィーナはリナに捕まっていた。
「さっきのは特定の魔力だけを追尾する魔法よね。凄いわ、斬新だわ。あとで構成を教えてくれないかしら?」
リナは興味津々という顔でデルフィーナを質問責めにした。
なまじリナがヒカリに似ているのもあってついついあれこれ話し込んでしまう。
ヒカリはと言えば魔族たちにすっかり気に入られた様子で男同士で話が盛り上がっているようだった。
初めて間近で見た魔族は身体が大きくて青みがかった肌色と頭にある角、という見慣れない外見だったけれど、彼らは総じて穏やかでどちらかと言えば大人しい感じをうけた。
ちょっと羨ましい。わたしも彼らと話がしてみたい。でも、ヒカリが魔族の言葉を理解できるのは予想外だったわ。
……異界から来た聖女はあらゆる言葉を話せた、という伝承があるけど……。ヒカリもそうなの? 異界の人共通なのかしら。
「ところで、あなたのお家はリーラ侯爵家でいいのよね? さっきあの自称王子様が婚約破棄って言ってたけど……解消が正解?」
どうしてわたしの家まで知ってるのかしら。ああそうか、この人はこの世界が描かれた物語を読んでいたから……登場人物の情報としてわたしのことを知っているんだわ。
ヒカリはわたしがその物語で何をしたのかあまり詳しく話したくないみたいだったけど、何だか自分を見透かされているみたいな気分になる。
「わたしなどでは到底あの殿下を理解してお支えできそうにないので、少し前に陛下にお願いして解消させていただいたんです」
理解できない馬鹿で色々やらかすのでついていけない、という本音をやんわりと包み隠してそう答えると、リナはヤンチャな子供のような明るい笑顔を浮かべた。
「アレが相手じゃ、やめといて正解よ。そういえば、魔法庁って言ってたけど、魔法の専門機関ができていたのね。わたしが聖女やってたときはそんなのなかったわ。お揃いの服を着ているってことは……ねえ、光里も魔法庁にいるの?」
リナが呼びかけるとヒカリが振り向いて頷いた。
「そうだよ。今は彼女の部下なんだ。さっきの魔法も見ただろ? 凄かったよね?」
「なんで光里が自慢げなのよ。凄いのはデルフィーナちゃんでしょ?」
「いいじゃないか。上司の自慢したって」
「他に自慢できることがないだけでしょ」
デルフィーナはそのやりとりを見て、長く会っていなかったとは思えないくらいぎこちなさがない様子に感心した。少なくともリナは五十年以上ヒカリに会っていなかったはずなのに。
ダヴィデとステファノもそうだけど、兄弟というのはこういうのが本来の姿なのかもしれないわ。わたしはピエラにこんな風に親しみは持てそうにないけど。
「あら、わたしとしたことがおしゃべりが過ぎたわね。お茶のおかわりはいかが?」
当初、デルフィーナとヒカリはさすがに魔族たちとの同席は遠慮しようとした。こっちのドタバタで巻き込んで申し訳ない気分になったからだ。
けれどリナの押しに負けて同席させられている。
「でもどうして光里がこっちに来てしまったのかしら。もうストーリーが始まらないようにしたと思ったのに」
それを聞いてヒカリも首を傾げる。
「……というか、全然話が変わってて訳分からないんだけど。原作改変されてる何かを見せられてるみたいで……」
「そうよね。わたしもやらかした自覚はあるし。ただ、それに乗じておかしな悪だくみをした人もいるような気がするわ」
リナはそう言って眉を寄せる。
「悪だくみ……?」
デルフィーナが聞きとがめると、リナはヒカリに目を向ける。
「彼女は大丈夫。あのラノベの存在は知ってる。姉さんはずっと魔族と一緒にいたんならどれだけ滅茶苦茶になってるか知らないよね?」
「それはそうね。魔法庁なんて初めて聞いたもの」
ヒカリとリナのいた世界でこの国の出来事とよく似た物語が読み物として流通していた。けれど、似ているのは大まかな歴史と背景で、人物の立場などが大きく変わってしまっているらしい。
二人が話し込んでいる間にデルフィーナは砦に目をやった。シルヴィオと数人の魔法庁職員がこちらに向かってきている。
どうやら今後の方針が定まったらしい。
デルフィーナが立ちあがろうとしたら、いきなり背後でリナが驚いたように大声で叫んだ。
「えー? あんたが婚約? デルフィーナちゃんと? それを早く言いなさいよ」
あ、婚約のこと話しちゃったんだ。
そう察してデルフィーナは少し不安になった。
こちらにいる唯一のヒカリのご家族だし、紹介してほしいとは思ったけど反応がちょっと怖かった。
彼らが話そうとしない様子からして、彼らの知る物語の中のわたしはあまりいいことをしなかったのかもしれない。だって問題がないのなら、話してくれそうなものじゃない?
そんなわたしが大事な弟の婚約者だと聞いたらどう思うか……。
デルフィーナが彼らに目を向けると、リナは笑いながらヒカリの背中を音がする勢いで叩いていた。
「でかした。彼女が妹になるなんて最高だわ」
……あれ?
リナはどうやらヒカリの婚約を喜んでくれているらしい。デルフィーナに向き直るとヒカリの首を腕でがっしり押さえつけた。
「デルフィーナちゃん。弟をよろしくね。うちの弟、馬鹿真面目しか取り柄がないんだけど、良い子だから」
ヒカリはもがきながらその腕から抜け出して困り顔でこちらを見ている。
デルフィーナは何とか笑みを取り繕って答えた。
「こちらこそよろしくお願いします」
「もう、他人行儀はやめて。姉と呼んでいいのよ? っていうかそう呼んで? わたし可愛い妹が欲しかったのよ」
どういうことだろう。印象が悪くないのなら、どうしてヒカリは物語の中のわたしのことを教えてくれないんだろう。一度ちゃんと聞いてみたほうがいいかしら。
デルフィーナは不思議に思いながらも、リナの表情に微塵も偽りがないのを見てひとまず安心した。




