第五章 ニセモノ聖女とホンモノ聖女①
何でこんなところにいるの? この人。今まさに話題の渦中というか、魔族側から砦に逆さ吊りにしろって要求されてるところなんだけど。それとも逆さ吊りご志願なのかしら。
間が良いのか悪いのかわからない。
おそらくこの場にいる人のほとんどが「何しに来た」と思ってるはずだわ。
デルフィーナはあきれ気味に元婚約者を見た。
フィオーレ王国北部のラビア辺境伯領、国境の砦近くで魔族の代表団と交渉していたら、何故か兵を引き連れてデルフィーナの異母妹ピエラとともに現れたコジモ王子。的になりたいと言わんばかりのキンキラした甲冑を身につけている。
ちなみに彼は現在国王陛下から謹慎を命じられているはずだ。デルフィーナは連れている兵士たちの服装が神殿兵だということから大体の事情を察した。
元々王子の母親である王妃は神殿派だ。息子可愛さで謹慎先から連れ出したのだろう。それに神殿側が手を貸した……ということかしら。
あの連中、ホントにろくなことしないわね。
かたわらに煌びやかなドレスを纏ったピエラを連れて、自信満々でコジモは言い放った。
「ペオーニア大公、あなたのような方が魔族と結託して反乱を企てているとは嘆かわしい。ここで魔族ともども滅びるがいい。そして、デルフィーナ、貴様との婚約は破棄する。この聖女ピエラを私の妻にするのだ。貴様はここで……」
……何言ってるのこの人。
デルフィーナたちはコジモ王子のやらかしが原因で魔族と和平交渉をしているところだったのに。それを魔族と魔法庁が結託しているとこじつけて貶めようと? いや、それ証拠はどこに?
デルフィーナはちらりとシルヴィオに目を向けた。彼は額に手を宛ててもう好きにしろと言わんばかりに首を横に振った。
一体誰のせいで魔族が現れたと思ってるの? っていうか、婚約解消になったのを聞いてないの? もうどこから突っ込んでいいのかわかんないんだけど? とりあえず焼いてもいい?
けれど貴族令嬢たる者、ここで取り乱すようなことはしない。デルフィーナはあたかもこの場が社交の場であるかのように毅然と問いかけた。
「まあ、殿下。わたしがここでどうなるか? 教えてくださいますこと?」
デルフィーナは相手の言葉を遮ると、無詠唱で上級の炎と風の複合魔法を放った。
狙った通りにそれは砦の正門と城壁の一部を吹き飛ばした。増援に出てこようとしていたらしい神殿兵たちも一緒に。
その轟音と強風で大仰な甲冑を着ていた王子は悲鳴を上げて転んでしまい、聖女(?)ピエラの髪の毛はボサボサに乱れてドレスは土埃まみれになったが、デルフィーナは何の呵責も感じなかった。
「生意気な。さっさとやってしまえ」
情けなくも尻餅をついたまま背後の兵士たちに命じているコジモは無視して、デルフィーナは炎魔法で彼らの武器を無力化した。弓の弦は焼いてしまえばいいし、剣の柄の温度を上げれば熱くて握ることもできなくなる。
神殿兵は魔法を邪法と言い張ってるから魔法防御はからっきしなのよ。元々正規の騎士になれない貴族の子弟が多いから、剣術もたいしたことはない。
デルフィーナは今まで演習や魔獣討伐で同行していたので神殿兵の装備や武器にも詳しくなっていた。今までは一応味方だったけど、敵に回るなら容赦しなくていい。
案の定彼らはデルフィーナの二つ名を思い出して、すっかり戦意を喪失してジリジリと逃げ出そうとする。
デルフィーナはまだなおも命令しようとするコジモの顔すれすれに炎を掠らせた。
「まだ答えをいただいていませんわ。コジモ王子殿下。それにペオーニア大公閣下とわたしを反逆者とおっしゃるのなら、確固とした証拠はありますわよね?」
主張するのは個人の自由だ。けれど何の証拠も根拠もなしに人を罪に陥れるなら反撃される覚悟は必要だ。相手にも自分を主張する権利があるんだから。
この国の将来のために魔法庁を創設して、魔獣討伐に成果を上げてきたシルヴィオ長官を反逆者などと口にしたのだから……。
これはもうこんがり焼き上げていい奴よね?
そこへのんびりした声が聞こえてきた。
「あら。こっちから出向く手間が省けたわね」
デルフィーナは背後から近づいてきた膨大な魔力に気づいていた。口調こそ普通だけれど纏う魔力が怒りの波動を伝えてくる。
これが先代聖女の力……。さっきまで隠していたんだわ。ヒカリの魔力も凄いと思っていたけど、この人も同じくらい……いやそれ以上だわ。
先代聖女リナはデルフィーナの背後から二人を見おろしている。
近くに来ると実感する。女性としてはかなり長身だ。ヒカリと変わらない。そして顔もよく似ている。
ヒカリはといえば離れた場所で魔族の男たちに囲まれて、シルヴィオの言葉を通訳しながら説明している。
助かるけど、彼はどうして魔族の言葉がわかるのかしら。異界人だから?
彼らも交渉の場で突然兵士を連れてきた集団が現れたのだから驚いたはずだわ。もしかしたら会談と見せかけて敵対行動に出るのではと疑われても仕方のない事態だもの。
長官が側にいて指示しているからヒカリに任せて大丈夫ね。
……でもその結果一番危ない人を野放しにしてないかしら。さっきからわたしまで肌がチクチクするくらい身の危険を感じるんだけど。
ヒカリが「怒らせちゃダメな人」と言っていたのを思い出してデルフィーナは警戒した。
「……聖女リナ……?」
間の抜けた声が聞こえてきた。ぽかんとした顔で尻餅をついたままコジモがリナを見上げている。
そりゃ気づくでしょうね。聖女様大好きで飽きもせず神殿に聖女像をながめに通っていたんだから。
「あら、いきなり名前で呼ぶなんて無礼な方ね」
「わ……私はこの国の王子でコジモと……」
コジモの顔に喜色が浮かびかけたところへ、リナはぴしゃりと返した。
「つまり、あなたが聖女を妻にしたいっていうふざけた理由でわたしと女神との誓約を破棄した愚か者でいらっしゃるのね?」
リナがはっきりと不快げに相手を睨む。コジモの顔が引き攣った。
やっと自分が何をしたのか気づいたのね。
彼は聖女を自分の妃にしたいというだけの理由で憧れていた先代聖女との約束を踏みにじり、召喚を行ってしまったのだ。自分の行動が憧れの相手を怒らせているのだとは思いもしなかったのだろう。
「ちょうど良かったわ。今あの聖女召喚を行った連中を魔獣の餌にしてもいいか話し合っていたところなの。当事者の意見も聞くべきよね?」
優雅に微笑んでいるけれど纏っている魔力はピリピリと敵意を滾らせている。
ただし、魔力が見えていないコジモたちはリナの怒りは感じ取れてもどれほどの危機にあるかはわかっていない。
「魔獣の餌……?」
するとコジモ王子にひっついていた聖女ピエラ、ことデルフィーナの異母妹がばっと手を広げてそれを遮る。




