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第四章 辺境戦線異状アリ⑧

 返答は速かった。光里が書いた書状を結わえた矢にデルフィーナが風魔法を乗せて魔族の陣営まで飛ばした。その直後すぐに会談に応じるという返事が届いた。

「ただし、会談には書状を書いた者を連れてくるように、とのことだ。向こうは魔王とその妃が出席するらしい。……どうやらヒカリの姉君で間違いないな」

 シルヴィオはそう言って光里に返答の手紙を見せた。余白にちょっと歪んだ落書きがしてあって、「有梨奈」という漢字が書かれていた。癖のある丸っこい文字には見覚えがあった。

 姉さんだ。この謎の落書きは多分、僕が好きだったゲームの中に出てくる電気鼠のモンスターを書いたつもりじゃないだろうか。アレンジが利きすぎていてあいかわらずの画伯ぶりだ。

 可笑しくて笑いたいのに感情がゴチャゴチャになって、ぽとりと涙がこぼれた。

 五十年もこの世界で一人で過ごしていたんだろうか。姉さんにも支えてくれる人がいたんだろうか。きっと僕には想像できないくらい大変だったに違いない。

 でも、生きてまた会えるなんて思ってなかったから……。

「ヒカリ……?」

 デルフィーナが心配げに見上げてきた。

「何か……感情が……」

「いいのよ。説明しなくても。お姉さんが生きていてよかったわ」

 そう言いながら光里の頬をハンカチで拭いてくれた。

「わたしもあなたのお姉さんに会ってみたい。紹介してくれるでしょ?」

「もちろん……」

 光里は頷いた。

 きっと姉は僕が召喚されてきたことに腹を立てているだろう。でも、この国の人全てが悪いわけじゃないから……それを伝えたい。


 会談は今日の午後。彼らの陣地と砦の中間の地点で。双方の代表と護衛合わせて十名まで。通訳は必要ない。

 フィオーレ国側はシルヴィオと光里とデルフィーナ。名目上は光里は通訳兼記録係だ。あとは護衛に国境警備軍の兵士が同行する。

 中間地点は森が途切れる場所で、双方の陣からも見える。会談場所には日よけの大きな傘と敷物とクッションが用意されていた。

 そして、青白い肌をした男と一人の女性が護衛を引き連れて待ち構えていた。

 二メートル越しの長身で青白い肌と頭に角がある男たちの中でその女性だけが印象が違うので目立っていた。光沢のある黒いレザーのジャケットとパンツ、まるでマンガの女戦士のような出で立ちだ。

 ……あれ? 五十年前の先代聖女……のはずなのに。

 目の前にいる女性は四年前別れたときのままの姿だった。自分の顔を円やかにして目だけ自信満々にして、化粧したら……。

 ああ姉さんだ。

 光里は思わず足を踏み出しそうになって、懸命に思いとどまった。思いとどまらなかったのは相手の方だった。

「ああもう、光里。どうしてこっちに来てるのよ。苛められたりしなかった?」

 ものすごい勢いでダッシュしてくると光里を抱きしめてきた。

「……姉さん……」

 周囲が唖然としているのが見えたけれど、光里は迷わず姉の背中を軽く叩いた。

「大丈夫だから、酷い目になんて遭ってないから」

 むしろ元の世界の方で酷い目に遭っていたくらいだ。こっちの世界に不満はない。

「本当に? 変なことされなかった?」

 相手はがばっと身を離すとまじまじと光里の顔を覗き込んだ。それで嘘ではないと納得したのか、今度は周囲にいる人たちに顔を向けた。

「姉さん。そちらにいるのは魔法庁長官で、僕を養子にして面倒見てくださっているペオーニア大公閣下、それと補佐官のデルフィーナ嬢。僕を守ってくれている人たちだ」

 それを聞いて姉は軽く眉を寄せた。

 ああこれは、あの小説と状況が違うって気づいたってことだな……。

 けれどそれ以上何も言わずに余裕の笑みを取り繕った。

「私はリナ。魔王エイスリンの妻にして、あなた方の言う『聖女』の一人だった者よ」

 魔族たちは少し離れたところから警戒する様子でそれを見守っている。その中でひときわ立派な角を持つ男がおそらくエイスリンだろう。黒い髪を腰あたりまで伸ばして、鋭い目をこちらに向けている。

 シルヴィオが光里とリナを見比べて納得したように頷いた。

「聖女リナ、失礼ながらあなたは光里の姉ご本人か?」

「ええ。双子の姉よ。そうは見えないかしら?」

 普通に考えたら七十歳超えてるはず。シルヴィオはそう思っているに違いない。

「どういうわけか歳を取らなくなってしまったのよ。……わたしのことはそのくらいでいいかしら?」

 リナはさらりと意味不明なことを言うと、ぐるりと全員を見回した。

「それで、今回の召喚術を行ったお馬鹿さんはどこにいるの?」


 そこからは事情説明だった。話を聞いたリナはそれを魔族の者たちに通訳していた。それで全員が情報を共有したところで、彼女が口火を切った。

「つまり、今回の聖女召喚は、その王子殿下が自分の妃に聖女を迎えたいからという理由で行われたということね? 聖女を得て権威を高めたい神殿も一枚噛んでいる……と。じゃあ、とりあえず神殿と王宮は壊していいってことかしら?」

 そんな「とりあえずビール」みたいなノリで破壊行為する?

 リナはそうシルヴィオに言い放ってから、背後の魔王たちに顔を向けると今度はやる気満々で神殿と王宮を爆破するための手順を話している。

 何故か魔族たちとの言語のやりとりが聞き取れてしまった光里は背筋が寒くなった。

 どうやら姉は火薬の代わりに魔力を詰めた爆弾を開発し、それをミサイルの代用で王宮や神殿に投下するつもりだったらしい。

 姉さんは軍事系のシミュレーションゲームが好きだったから、投石機(カタパルト)くらいならその機構を説明できるはずだとは思ったけれど。何をやっているんだ一体。

 シルヴィオは彼らの楽しそうな会話が終わるのを見計らって、咳払いした。

「……申し訳ないがさすがにそれは乱暴ではないだろうか」

「私は五十年前に当時の国王陛下と神殿の司祭たちに念書を書かせたはずよ? 『今後万一聖女召喚が行われたら、王家と神殿の権威ごと何もかも破壊されても文句はありません』って。女神の祭壇の前で宣誓したんだから、記録が残っているはずだわ」

「しかし、それでは多くの市民も巻き込まれる」

 シルヴィオが首を横に振った。リナはにこやかにまるで営業セールスマンのように説明した。

「大丈夫。当然避難命令は出すし、結界で囲んでそこだけ綺麗に更地にするだけよ。さらに、オマケで彼らに女神フィオーレの加護があるなら助かるという条件付けもつけられるわ。信心が足りなくて神殿が更地になったら面白いでしょう?」

 シルヴィオは少し考える仕草をした。

 いやそれ、そのくらいで済むならいいかなって思ってますよね? この人もデルフィーナ同様結構過激なところがあるから……。

 このままでは王宮と神殿が更地になってしまう。これって魔族の総意でいいのか? 魔族の皆さんは……。

 光里は心配になって離れたところにいる魔族たちに目をやった。ニコニコ笑いながら妻の雄志を見守っていた魔王エイスリンは光里と目が合ったら、凄いだろ俺の嫁さんと言いたげにサムズアップしつつウインクしてきた。

 意外とお茶目なのか魔王様。いや、そうじゃない……。ダメだこれ……誰も姉さんを止められないやつだ……。

「それともやらかした人全員をこちらに引き渡す? でっぷり肥えた神官さんたちなら魔獣のいいご飯になりそうだし、それでもかまわないわ」

 手加減なく先代聖女リナはにこやかにそう突きつけてくる。

 もうダメだな。これは交渉じゃなく姉さんのワンマンライブだ……と思っていた光里は、突然上着の懐に入れていた魔法具が光っているのに気づいた。

『ヒカリ。気をつけて。神殿の兵団が聖女を連れてすでに国境に向かったらしい。魔法庁は警戒態勢に移行して街を封鎖した』

 それだけ一方的にまくし立てると通信が切れた。側にいたデルフィーナが砦に振り返った。

「ねえ、おかしいわ。あれを見て」

 さっきまで砦に翻っていた辺境伯家の旗が別のものに変わっている。シルヴィオが目を眇めて呟いた。

「……あれは王家の……? コジモの軍旗か」

「謹慎中じゃなかったんですか」

「どうやら魔法庁を孤立させるだけではなかったようだな」

 ……まさか、国境警備の砦の指揮権を奪い取ったのか? どうしてこんなに早く……。

 思わず光里がシルヴィオの警護についている兵たちに目を向けると彼らも困惑しているようだった。


 砦の門が開いて大勢の兵士たちが現れる。その中から場違いな出で立ちの男女一組が現れる。一人は光里にも見覚えがあるコジモ王子、キンキラの甲冑を纏っている。もう一人はひらひらした白いドレスを纏った女の子だ。

 兵士たちがぐるりと周りを囲んで弓をつがえている。

 魔族たちが何か叫んでいたが、それをリナが手で制した。

 高笑いしながら尊大な口調で豪奢な甲冑を纏ったコジモ王子が叫んだ。

「ペオーニア大公、あなたのような方が魔族と結託して反乱を企てているとは嘆かわしい。ここで魔族ともども滅びるがいい。そして、デルフィーナ、貴様との婚約は破棄する。この聖女ピエラを私の妻にするのだ。貴様はここで……」

 言葉が終わる前に特大の爆発が砦の城壁を破壊した。

「まあ、殿下。わたしがここでどうなるか? 教えてくださいますこと?」

 デルフィーナが一歩進み出て二の矢をつがえるように手のひらの上で炎を浮かび上がらせる。光里からは彼女の表情は見えないが、白金の長い髪が魔力を纏って炎のように揺らめいて見えた。

 うわ……めっちゃ怒ってる。絶対怒ってる。っていうか、ネット小説のイベントみたいにもっともらしく言ってるけど、とっくに婚約は無くなってるし、今の婚約者は僕だ。

 コジモ王子は顔を引き攣らせて後ずさりしようとした。けれど隣にまとわりつくようにくっついていた聖女(?)に腕を取られて尻餅をつく。

 豪奢な甲冑を着ているものだから起き上がるのが精一杯のようだ。

「生意気な。さっさとやってしまえ」

 何とか立ちあがろうとしつつ、うわずった声で命令する。

 すっかり魔法に怯んだ兵士たちが恐る恐るのていで矢を構えたが、途端に悲鳴を上げて弓を放り投げた。弓の弦から炎が上がっている。他の兵士たちももがき始めた。剣を握っていられなくなったようで次々と取り落とす。

「白炎の魔女」

「殺される」

 兵士たちが戦意を失ってすっかり怯えている。

「何をしている。さっさと……」

 言いかけたコジモ王子の顔の真横すれすれを炎の玉がかすめた。

「ひっ……」

「まだ答えをいただいていませんわ。コジモ王子殿下。それにペオーニア大公閣下とわたしを反逆者とおっしゃるのなら、確固とした証拠はありますわよね?」

 冷静で丁寧な言葉づかいだけに纏う空気はピリピリするほどの敵意に満ちていた。

 ……無理もない。っていうか、なんで謹慎中の王子様がここに来てるんだ。しかも聖女と兵士まで連れて。軍も神殿も動かないんじゃ無かったのか。

 光里はそう思いながら背後に更に危険な空気を感じた。

「あら。こっちから出向く手間が省けたわね」

 ああそうだ。コジモ王子に怒っているのはデルフィーナだけじゃなかった。

 光里はそう思いながら振り向くのが怖い、と思ってしまった。




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