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第四章 辺境戦線異状アリ④

「それなら納得できるわ。そもそも浄化だけで魔族を撃退できたというのも意味がわからなかったのよ。……ただ、先代聖女がヒカリのお姉さんだというのはいいとしても、どういうわけか魔王夫妻は先代聖女をこの国が裏切って聖女召喚したことを怒っているのよね。そうなると魔王の妻リナというのは先代聖女と同一人物ってこと? そうじゃないと怒る理由がないわ」

 わかる。そこが最大の訳分からないポイントなんだけど、ラノベの筋書きにまったくないことは僕には説明ができない。

 光里は頷いた。

「そうだと思う。ただ、何がどうなってるのかはさっぱりわからない」

 姉さんが瘴気を浄化するために魔族を訪れてこっちに帰らなかった理由は何となく察しがつく。魔王エイスリンは姉の一番好きなキャラだったからだ。

 彼は不老で数百年生きている設定だったから、五十年前も魔王をやっていたはずだ。

「……どうやって妻になったのかはわからないけど、聖女の力を魔族のために使っていたら気に入られたのかもしれない」

「ヒカリに似ているのなら、あの彫像通りすごい美人だったんでしょうね。見初められても不思議ではないわね」

 デルフィーナはふわりと笑う。

「見かけはともかく、中身は猛獣だからね? あの姉さんを怒らせるなんて虎の尾を踏むどころか大怪獣の尾を踏むようなものなのに。王都全部更地になるかもしれない……」

 小説のラスボスは魔王エイスリンだったけど……よもやの姉さんになるかもしれない。

 光里が背中に寒気を感じながらそう呟くと、デルフィーナは光里の顔をじっと見つめていた。

「お姉さんとは仲が良かったのね」

「いや、単なるパシリ……じゃない、下僕みたいな?」

「……下僕……?」

「双子なのに僕よりはるかにしっかりしてて、いつも僕のずっと前を突っ走って行くような人だったよ。でも僕があげたブレスレットをずっと持っててくれたんだから、僕のこと忘れてないと思う。さすがにいきなり攻撃はしてこないと……思う。多分」

 雑誌モデルをやっていた姉さんならそうしたアクセサリーには目が肥えていたはずだ。それなのにガラスの勾玉がついたブレスレットを使い続けていてくれた。

 だから少しは弟に対して情を持っていてくれていると思う。多分。

 デルフィーナはそれを聞いて少し口元に笑みを浮かべた。

「よかったわね。ヒカリ」

「え?」

「あら? だって辺境に行けばお姉さんに会えるんでしょう? 先代聖女がどこかで生きてるかどうかなんてわからなかったもの。宣戦布告してくるくらいにお元気なら、きっと会えるわ」

 それを聞いて光里はどきりとした。

 ……そうだ。姉さんはあそこにいる。会えるんだ。宣戦布告してくるんだって、生きて元気でいるからこそで……。いや、元気の基準が宣戦布告……でいいのか?

「……会えるんだ……そうか」

 もう会えないと思っていた。うれしいけど、何言われるかと思ったら凄く怖い。でも会えたら何を言おう。そんなことを考えただけで、感情がぐちゃぐちゃになる。

 膝の上に置いた手に力を込めた。俯いているとその手を上から包むように白い手が伸びてきた。

 顔を上げると間近にデルフィーナの顔があった。その距離に戸惑っているとデルフィーナも慌てて離れた。

「触れてしまってごめんなさい。泣き出してしまいそうに見えて……」

 いや、確かに感情が昂ぶって泣きそうだったけど、触れてきた手の温かさでそれは消えてしまった。

「おかげで落ち着いたよ。ありがとう。僕はデルフィーナにも甘えてばかりだ」

「そんなこと気にしないで。婚約者なんだからお互い様よ」

 そう言いながらデルフィーナはわずかに頬を染めて笑う。

 年下なのにしっかりしていて芯が通っている。それでいて優しくて気配りもできて、可愛らしい。

 彼女を甘やかせる男でいたい。大人の余裕を見せたいのに。彼女に慰められてどうする。

「そうだね。姉さんにもこんな素敵な婚約者がいるって自慢しないとね」

 光里がそう答えるとデルフィーナは目を瞠ってから静かに頷いた。

「ぜひ紹介してほしいわ。わたしもヒカリのお姉さんにお会いしたい。なんだかとても気が合いそうな気がするの」

「……え」

「神殿を更地にしたり、お馬鹿さん達をこんがり焼きたいなら協力してもいいくらいよ」

 気が合うところそこなの? それはどうなのか。

 光里としては先代聖女と魔王の妻が同一人物で姉なら、自分が話をすることで穏便になんとかできるかもと思っていたのに。

 デルフィーナはまだコジモ王子をこんがり焼きたいんだろうか。

「ヒカリに会っても向こうが怒りをすべて収めてくれるとは限らないわ。召喚されたのが実の弟と知ったらもっと怒るんじゃない?」

 光里はその可能性には考えが及ばなかった。まさか自分が行くことで……。

 表向き召喚は失敗で、誰も呼べなかったってことになってる。だから姉さんは僕がこちらに来たことをまだ知らないはずだ。

 もし知ったらあの王子と神殿側の協力者に対して更に怒りが増す……という可能性はある。僕が行ったらよもやの逆効果? 火に油を注ぐ?

「たしかに。……直接叩きに行きかねない」

「つまり中央神殿と王宮よね? まあ馬鹿なことをした王子と神官たちがどうなろうと構わないけど……王都の臣民に被害が出るかもしれないわ。更地にするのは王宮と神殿だけにしてもらいたいわね……」

 狙われるのは宗教の中心と政治の中心。それがあるのは王都だ。破壊されたら国としてはかなりヤバい。大混乱に陥るだろう。

 一番良いのは実行者たちを差し出して謝罪することだろうけど……。

 光里はそう思いながらも、それもさすがに無理だろうと溜め息をつきたくなった。

 だって僕を召喚したのは「なかったこと」になってるらしいし。罪を認める姿勢じゃないよな、どう見ても。

「ヒカリ。この話、わたしから長官に伝えてもいいかしら? 作戦を立てるのは長官だから参考になるかもしれないし、交渉のカードになるかもしれないわ」

「そうだね。むしろデルフィーナが話したほうが上手く伝わるかも。この世界のことがよくわからない僕だと上手く説明できないから」

 ……シルヴィオ長官は世が世なら国王陛下だったことは、まだ言わないほうがいいんだろうな。姉さんが五十年前の出来事を書き換えたせいで長官が国王になれなかったなんて、僕には言えない。

 あの人はデルフィーナにとっても、僕にとっても恩人なんだから。

「わかったわ。じゃあ、そろそろ休みましょう。明日は寝過ごさないようにね」

 デルフィーナは荷造りを終えた鞄を椅子の上に置くと、ふと思いついたように顔を上げた。

「もう一つ聞いてもいい? その物語にわたしは出てくるの?」


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