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第四章 辺境戦線異状アリ③

「つまり、ヒカリの世界ではこの世界のことが物語として描かれていたということ? それをヒカリのお姉さんも読んでいた?」

 仕事を全て片付けてから荷造りをするために一旦官舎に戻ってきた。出立は明日の早朝だ。

 居間で荷造りをしながら光里はデルフィーナに元の世界で読んだラノベの話をした。

 急かすことなくちゃんと最後まで話を聞いてからデルフィーナは小さく頷いた。

「じゃあ、ヒカリにはこの先起きることがわかるの? 何が起きているかも?」

「残念ながら、舞台設定は同じなのに内容があちこち違うんだ。だからこの先のことは断言できない。物語では召喚されたのはちゃんと聖女だったし。だけど、根本は同じだから、知ってることもある。例えば……細かいことは省くけど、元々魔族はこの国や聖女を憎んでいないんだ」

 あちこちが滅茶苦茶になってるのは、全部姉さんがやらかした結果なんだろうなあ……。

 SFとかでよく聞くバタフライエフェクト、とかいう現象。あの姉さんならバタフライなんて可愛いものでは済まないだろう。強風波浪警報並みだ。

 小説の中では先代聖女も異界人だったとさらっと語られるだけだった。そんな名前も出てこない人物を大人しく演じるような人じゃない。

 光里としては、身内がご迷惑かけて申し訳ありません気分になりつつあった。

 デルフィーナからしたら訳のわからない話だろう。

 この世界の出来事が異世界では読み物として出回っていて、なのにいつの間にかそれからずれていると言われても「知らんがな」という感想だろう。

 だって、未来は誰にもわからないし、今どこかで起きていることでも自分が知り得ないことはある。

 もしこの世界があの小説通りなら光里がこの先起きることを予想して助言できたかもしれない。けれどそんなチートは使えないのだ。先代聖女のおかげで。

 ……言えるのは設定で語られていることくらいだ。だから未来ではなく過去のことで役立つ情報があれば。

「憎んでいない……? 敵対してるわけではないということ?」

「魔族はもともと侵攻するつもりなんてなかったんだ」

 光里は自分も荷物を詰め込む作業をしながら少しずつ説明した。


 魔族と呼ばれているのは、肌の色が青白く、角があったり鋭い牙があったりと独特の外見を持つ種族だ。肌の一部に鱗を持つ者もいる。

 人の姿には虫類や両生類の外見を一部足したような……といえばイメージしやすいだろうか。他の種族より大柄で屈強、そして長命だ。

 彼らは突然現れて人の住まない森の奥で暮らすようになった。他の大陸からやってきたという伝承もある。その外見からどこの国でも受け入れられなかったのかもしれない。

 どの国からも見放された版図である深い森の奥、そこには大地が大きく口をあけたような亀裂がある。魔族たちはその亀裂の奥にある大きな空洞にたどり着いてそこに地底の街を築いた。そこが彼らの安住の地となった。

 元々その亀裂には瘴気が発生する洞穴があって、森には瘴気が強く漂っていた。だから人が住めなかったし、魔獣が多く生息していた。魔族たちは他の民よりも瘴気への耐性が強かったからそこで暮らすことを選んだ。

 ただ、五十年周期くらいでその洞穴から発生する瘴気が極度に強まる現象が起きる。さすがの魔族たちも息苦しさに耐えかねて地上に避難してそれが弱まるのを待つようになった。森の外れに仮設の住まいを作ったので、その気配は外からでも見て取れた。

 周辺国はそれに気づくと彼らが攻めてこようとしている、と誤解した。

 言葉も外見も違う彼らを得体が知れないと恐れていたのもあって、その誤解が今にいたるまで続いている。

 それが魔族侵攻と呼ばれる現象の真実だ。


「つまり、魔族はただ瘴気から避難していただけ?」

「そう。ただ、それなりの人数が移動してくるから、大挙して攻めてきたと誤解されたのが最初じゃないかな。森に住む魔獣や獣たちがそれを避けてこちらに移動してくるから、それも彼らがけしかけたと思われたんだ」

 ただ、このフィオーレ国の国境近くまで彼らが現れるのは別の理由があった。

 この国には聖女がいたからだ。

「……聖女……?」

「彼らは瘴気を避けて来たんだ。耐性を超える濃い瘴気に侵されて身体を悪くしていた者たちもいた。それが魔獣討伐のために来ていた聖女の祈りで浄化されると気づいて、治癒目当てに来ていたんだ」


 聖女の力は浄化や治癒を中心にしたもので、攻撃性があるものではない。魔獣たちの動きを止めることで討伐の補助をしていた。

 聖女が国境近くで浄化の祈りをすると魔族たちは瘴気を浴びすぎた苦しみが消えて、満足して去っていった。けれど独自の言語を持つ彼らが何をしているのかフィオーレ国の人々には全くわからなかった。

 聖女の祈りのあとで森に去って行く彼らを見て、奴らは聖女の力を恐れていると思い込んだ。聖女こそが魔族に勝てる存在だと。そうして聖女に依存するようになっていく。それが今の神殿の現状だ。

 言葉が通じないことで周辺国の人々と魔族は長い間誤解を繰り返してきた。

 ……小説のストーリーで異世界から来た聖女ヒカリがその誤解に気づいたことから長年にわたる魔族の真実を明らかにして、和解に持ち込むという展開になるはずだった。

 だけど、五十年前に召喚されたのはそのストーリーを知っている姉さんだった。

 姉さんは自分が召喚されたのは小説の五十年前だと気づいたんだろう。

 そして小説のストーリーが始まると、自分と同じように家族と引き離されてこの世界に召喚される少女が出ることも。

『他所から勝手に連れてきて国を守れとか図々しい話よね? こういうのってこの先も繰り返すんだから元から絶たなきゃダメじゃない?』

 たしかそんなことを言っていた。

 元から絶つ。だから聖女召喚を禁じようとしたんだ。五十年後に召喚される僕と同じ名前の少女のために。

 ……姉さんが、先代聖女が一人で国境を越えて森の中に向かったのは、おそらく魔王に会って小説のラストシーンを再現するためだ。

 瘴気への耐性が最も強いため魔族の長に選ばれたエイスリンは不老の身体を持っていた。一族を守ることに執着し、他の部族には気を許さない。

 小説では召喚された聖女が王子とともに魔族の集落を訪れ、阻もうとする魔王を説得して瘴気の原因となる洞穴を浄化する。二度と瘴気が湧かないようにしたことで魔族との和平が成立する。

 魔族が現れなくなれば聖女など必要なくなるし、まして異界から召喚することもない。めでたしめでたし。そうなるはずだった。

 ……そこへ神殿とあの王子が結託して聖女召喚の術を使ってしまった。これにブチ切れたのは先代聖女、こと僕の姉さんだろう。黙っているはずがない。

 デルフィーナは光里の言葉を聞いて、考え込むように口元に手をやる。


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