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第三章 婚約は突然に⑥

「デルフィーナは来たことあるの?」

 神殿の前には大勢の人が並んでいた。礼拝ではなく何かを待っているようなそわそわした様子を疑問に思いながら、デルフィーナは答えた。

「何度か魔法庁の仕事で来ているけど、礼拝はないの。領地に地方神殿があるから、ここに来ることはなかったのよ。今日は何か特別な行事があるみたいね。いつもより人が多いわ」

「さっきすれ違った人たちが、重大な発表があるらしいって言ってたよ」

 ヒカリがそう言ってから、首をかしげる。

「というか、さっきからやたらに目線を感じるんだけど、僕、何か変かな?」

「……え?」

 確かに。神殿から出てきた人たちがヒカリを見て一度足を止めるのだ。

 どういうことかしら。彼の容姿は整っているけれど派手ではない。服装も抑えた色合いで奇抜なものではない。そこまで人の目を引くとは思えない。

 そうして人の流れに沿って歩いて行くと、やがて天井にまで緻密な絵画が飾られた廊下に足を踏み入れた。ぼんやり上を見上げていたらひっくり返ってしまいそうだ。

 これは確かに凄いわ。王宮よりもお金かかっていそう。

 デルフィーナはこの装飾が全て信者、つまり国民から集めた資金だと思うと純粋に芸術鑑賞という気持ちにはなれなかった。

 聖女の功績を讃える絵もあった。深くヴェールを被った乙女が魔族を祈りで抑えつける姿。軍勢を率いて森に向かう姿。そして王の隣で人々に手を振る姿。

 ……歴代の聖女はほとんどが討伐の後、王や有力者の妻になった。例外が先代で、彼女は討伐から戻ってこなかった。

 コジモ王子はこれを見て自分は王になるんだから聖女を妻にするとか妄想したのかもしれない。そもそも、彼の母は司祭長の妹だ。聖女の物語を聞かされて育ったのかもしれない。

 だからって同情する気にはなれないけど。

「……姉さん……」

 デルフィーナは隣にいたヒカリがじっと食い入るように一つの彫像を見つめているのに気づいた。

 長い髪の女性が両手を合わせて祈っている姿。台座に書かれている文字を見て、デルフィーナはヒカリの横顔を見上げた。

 この人、先代聖女よね。……ヒカリに似ている?

「ヒカリ?」

「どういうことなんだ……どうして……」

 ヒカリはその彫像に目を奪われたように動かない。

「どうしたの?」

「これは、僕の姉だ……そんなはずがないのに、そうに違いないって思って……」

 戸惑いが伝わってくる。デルフィーナは彼の腕に手を添えた。

「ひとまず出ましょう。ここでは目立つわ」

 周囲の人々も聖女の顔とヒカリの顔を見比べている。さっきから目線を感じたのはそのせいだったんだ。

 ……ヒカリが先代聖女と似ているなんて、知らなかった。とにかくどこか落ち着ける場所に連れて行かないと。

 デルフィーナが腕を引くと、ヒカリは素直についてきた。そのまま神殿の外に出る。


 人混みを抜けて神殿の前に戻ると大公家の紋章がついた馬車が停まっていた。そのかたわらに立っていたシルヴィオが手招きしてきた。

「ちょうど良かった。書類の手続きは全て終わった。帰ろうか。……ヒカリ?」

 シルヴィオもヒカリの様子に気づいたらしい。ひとまず馬車に乗り込んでからデルフィーナが何があったのか説明する。

「先代聖女が君の姉だというのか? 先代聖女はリナと名乗っていたそうだが……」

 ヒカリは頷いた。

「姉の本名ではないのですが、リナというのは仕事の時に使っていた名前です。僕も信じたくないのですけど……あの彫像の手首にあったのが、姉の腕時計とブレスレットだったんです。腕時計は両親からのプレゼントで僕とお揃いで……あのブレスレットは僕が贈ったものだから間違いない。姉は両親と事故に遭ったんですけど、姉だけ遺体が見つからなかった……」

 ヒカリは手首につけていた武骨な印象の腕輪を見せた。それは彼がこの世界にきたときに身につけていたものの一つだ。デルフィーナはアクセサリーだと思っていた。

 ……え? これ時計だったの?

 けれど、たしかにあの彫像の手首にはこれと同じものがあった。そして奇妙な形の玉がついた紐を編んだようなブレスレットも。

 自分に顔が似ているだけならヒカリも気にしなかっただろう。けれど、これはさすがに偶然の一致とは思えない。

 ヒカリはまだ混乱しているようだった。彼の姉は四年前に亡くなったと聞いていた。

 その彼女がどうして五十年前の聖女になっているんだろう。そんなことがあるんだろうか。何よりも死んだと思っていた姉がこの世界に召喚されて魔族討伐をさせられていたなんて、二重三重の苦しみを与えるようなものじゃないの。

 デルフィーナは胸が痛くなった。ヒカリがこれほど動揺している姿を見ているのが辛い。

「もしかしたら異界とこの世界は時間の流れが違うのかもしれない……そうだとしたら、姉は死んでなかった? この世界に召喚されて魔族討伐に行って……その後は? 生きてどこかに……でも、五十年経ってるし……」

 ヒカリはふと気づいたように呟いた。デルフィーナはヒカリの手をとって正面から声をかけた。

「ヒカリ。ごめんなさい。わたしたちも知らないの。先代聖女は討伐に行ったあとの消息がわからないのよ。伝承では様々に言われているけれど……神殿側がそれを秘匿しているの。何とかして調べられないかやってみるから、時間をちょうだい」

 ヒカリはデルフィーナの顔を見て、それから首を軽く横に振ってから少し落ち着いた表情に戻った。

「……ごめん。僕も混乱してた。何かぶわっと頭の中が熱くなって……ぐるぐるいろんなことが浮かんできて……」

「無理もないわ。ヒカリは家族のことをずっと思っていたんだもの」

 こんなことになると知ってたら連れては来なかった。デルフィーナは後悔していた。

 伝承では先代聖女は魔王と相討ちになって命を落としたと描かれている。けれど、それ以前に彼女をたった一人魔族討伐に行かせたのも神殿側だ。美談にして終わらせていいとは思えない。

 人一人を強引に異界から呼び寄せておいて、そんな非道があるだろうか。そんなことを知った彼女の肉親がどう思うかなんて考えもしなかったんだろう。

「先代聖女についての資料は神殿が全て持っている。何とかして手に入れさせよう」

 黙って聞いていたシルヴィオも心なしか眉間の皺が深い気がした。

「ただでさえ、神殿は先代聖女との約束を反故にしている。その上先代聖女の弟を召喚に巻き込んだなど、裏切りもいいところではないか」

「長官……」

「ヒカリは心配しなくていい。王族という肩書きはこういうときに利用するものだ。私に任せておきなさい」

 シルヴィオはそう言ってヒカリの肩を叩いた。

「……ありがとうございます」

 ヒカリが力なくそう答えたところで馬車の外が騒がしくなった。神殿の前で神官たちが宣言していた。

「偉大なるフィオーレ神の恩恵により、われらは新たな聖女を得たことをここに告げる」

 デルフィーナは馬車の扉を開けてその声を聞き取ろうとした。

「聖女……?」

 どこかで聖女の力の持ち主が見つかったのだろうか。そう思っていると、扉が開いて高位神官たちがぞろぞろと出てきた。

「ここに御座しますピエラ・ディ・ロレンツィこそが女神の遣わせし新たな聖女。いかなる苦難も聖女の力を以て祓わしめ、平穏をもたらすであろう」

 え?

 デルフィーナはその名前に眉を寄せた。

 神官の隣に立っている女性は白い衣装を纏っているが、距離がありすぎて顔はよく見えない。

 けれど、あの赤っぽい金髪といい、心当たりがありすぎるんだけど。ピエラってあのピエラよね? あの子が聖女なんて何かの冗談でしょ。


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