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第三章 婚約は突然に②

 ダヴィデはまだヒカリの存在を納得したわけではなかったらしい。食事の席で今度はデルフィーナに問いかけてきた。

「事情はわかるけど、このままデルフィーナの家に居候させて大丈夫なのか? これから新しい婚約者を探すんだろう? 評判に関わるんじゃないのか」

 デルフィーナは首を横に振った。ヒカリが少し緊張した顔をしたように見えた。

 だーかーら。何でそういう事言っちゃうのよ、彼の前で。

「新しい婚約者なんて考えてないわ。しばらくは自由を満喫したいもの。それにヒカリには節度を守ってもらっているし、ステファノも一緒だし。それで文句言ってくるような人はこっちからお断りよ」

 それはまごうことなきデルフィーナの本心だ。

 今まで婚約者に振り回されていた無駄な時間がなくなったんだから、自分の時間が増える。それを新たな婚約者探しに使うなんてもったいない。

 ヒカリがこちらの生活に慣れてきたら魔法庁の独身官舎に移れるようにするつもりだ。彼だって自由に暮らしたくなるはずだから。

 だからそれまでは面倒を見ると決めている。でも、それはまだ今じゃない。

 彼がまだ馴染んでいないこともあるけれど、わたしも今の暮らしが結構楽しいから。

「けど……」

「心配ならダヴィデもいつでも来てくれていいのよ? 歓迎するわ」

 そう言ったら彼はちょっと顔を赤らめる。

「いや……僕は仕事が……」

「忙しいのね。残念だわ。でも、今日は久しぶりにダヴィデにも会えてうれしいわ。忙しいのに来てくれてありがとう。婚約解消だなんて心配かけてごめんなさい」

 ダヴィデは気難しいけれど、率直な言葉を向けられるのに弱い。

 デルフィーナの言葉にうろうろと目線を外して動揺している。

「今日はたまたま休みだっただけだから。……別に心配とかしてない」

 ダヴィデは声を小さくしてそう答える。

 隣にいたヒカリがそれを見て、「ツンデレだ」と小声で呟いて口元に笑みを浮かべる。

 ツンデレというのが何なのかわからないけれど、ヒカリはダヴィデの態度に萎縮したりはしていないらしい。


「ヒカリ……だっけ? あっちでは何をやってたんだ?」

 ダヴィデはヒカリにそう問いかける。ヒカリはまた話題を振られると思っていなかったのか少し慌てたように顔を上げた。

「こちらで言うなら商会のようなところで働いていました」

「商会……ってことは平民なのか」

「僕のいた国では貧富の差はありますが、みんな平民です」

「はあ? 何それ?」

 ダヴィデが声を上げてから、食事の場だと思い出したのだろう咳払いして誤魔化した。

 デルフィーナも心の中で大きく頷いた。

 わかるわ。わたしもそれを聞いたとき驚いたもの。


 ヒカリの祖国では貴族制度がない。こちらで言う「王」のような立場の人はいるけれど、実際の政治は民が選んだ人たちが行うらしい。

 民は全員同じ基礎教育を受けることができて、努力は必要だけれど職業もある程度は自由に選べるらしい。

 そんな政治体制の国はデルフィーナの知る限りこの世界には存在しない。貴族の代表会議はあっても全国民が代表を選ぶことはない。それも教育事情の違いだろうか。

 こちらだと生まれた家で将来はほぼ決まってしまう。平民だと文字の読み書きすら満足に学べない。親の仕事を継ぐか職人や商家に弟子入りして仕事を覚えることが多い。

 そういえば、先代の聖女も教育を受ける機会を増やすべきだと提言していた記録が残っていた。結局貴族たちがその必要性を理解しなかったので、そのまま何も変わらなかったんだけど。

 先代の聖女がそういう世界にいたのだったら、当然の発言だったのだろう。


 ダヴィデはさっきまでの態度はどこに行ったのか、興味津々でヒカリにあれこれ問い始める。好奇心を刺激されたのか楽しそうだ。

 異界の乗り物などについて話が盛り上がっている。

 それを見てデルフィーナの隣に座っていたステファノが肩を竦める。

「きついこと言ってたけど、兄上、本当はヒカリに興味があったんだね」

 とこっそり囁きかけてきた。デルフィーナも同感だった。

 ダヴィデは言動から誤解されがちだけれど、興味があることにはとことん深入りするところがあるのよね。異界について知りたいと思っていたのかも。

 シルヴィオは久しぶりに会えた長男が楽しそうにしている様子に頷いている。

「ダヴィデにも気分転換になったのなら良かった」

「気分転換?」

「あれも一人前の騎士だからな、仕事でいろいろあるだろう」

 シルヴィオはそれ以上は話すつもりはなさそうだった。おそらく騎士団の内情を把握しているのだろう。

 シルヴィオはデルフィーナに目をやって、突然問いかけてきた。

「デルフィーナ。新しい婚約は考えていないと言っていたが、この場にいる三人から選ぶつもりはないか?」

「え?」

 ぼんやりしていたらいきなり自分の話になっていた。

 この場にいる三人って、ダヴィデとステファノとヒカリってこと? 彼らもいつの間にか会話を止めてこちらを見ているんだけど? 聞こえてた?

 というか、二人はともかく会ったばかりのヒカリが候補にしれっと入ってるんだけど。ヒカリとちゃんと話したいって言ってたのってそれ?

 デルフィーナにとってシルヴィオは母の縁者で、母の没後何かと気にかけてくれて、魔法学院入学をすすめてくれた恩人だ。そして今は頼りにならない実父に代わって身元保証人になってくれている。

 実父と国王が勝手に決めた婚約についても何とか解消させようとしてくれていて、先日コジモ王子が神殿で騒ぎを起こした件の時に条件をつけてくれていたから今回簡単に解消できた。

 ……でも次の婚約者のことまで考えてくださっていたとは思わなかった。

「長官……」

「今は上司ではなくヴァネッサの身内として言っている。ヴァネッサのたった一人の忘れ形見をおかしな男にくれてやるわけにはいかない。あの侯爵は婚約が解消になったら今度は金になりそうなだけのつまらん男との婚約を決めかねないからな。方便でもいいから婚約者はいたほうがいい。王家の命令という形を取れば反対できまい」

 シルヴィオはデルフィーナの母と幼い頃交流があったらしい。婚約が決まってからは疎遠になっていたが、父の行状を知ってからデルフィーナを気にかけてくれるようになった。

 確かに。あの実家の状況なら未来の王子妃という金づるだから今までわたしに口出ししてこなかったけど、それがなくなったら適当な成金に嫁がせて金にしようとかやりかねない。

 でも、どうしてこの三人? 彼らをわたしの事情に巻き込むなんて申し訳なさすぎる。


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