第二章 白炎の魔女と悪役令嬢⑧
「その……今日はおめでたいこと……でいいんだよね?」
光里が終業近くになって戻ってきたデルフィーナに遠慮がちに確認すると、満面の笑みで頷かれた。
「もちろん。婚約した時からそうしたいと思ってたんだもの。父が勝手に決めてきたから困ってたのよね」
「え? 婚約した時からって……それ……どんだけ酷い相手だったの」
「あら。ヒカリも会ったことあるわ。ほら、聖女と結婚するって騒いでた……」
「あー……あの王子様? え? あの人が婚約者だったの?」
光里は驚いて問い返してしまった。
あの王子様、婚約者の前で聖女を自分の妃にすると言っていたのか。いくらなんでもそれは酷い。人としてどうかと思う。
いくら親同士が決めたものだったとしてもあまりに相手を馬鹿にしている。
彼女はずっとあんな扱いに耐えてきたのか。
光里はデルフィーナに向き直ってはっきりと告げた。
「それは……本当におめでとう。心からそう思うよ」
「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいわ」
あの王子にはデルフィーナはもったいなさすぎる。これは断言できる。
これはぱーっと祝うしかない。彼女には今までの嫌なことを忘れるためにも笑っていてほしい。
馬車で連れて行かれた長官宅は思ったよりも質素に見えた。まあ、それでもあちらの世界で言えば充分立派な豪邸だが。
「ここは別宅だから。王都の本邸になるとわたしだって気後れするくらいよ」
デルフィーナがそう言ってから先に邸宅の前に停まっているもう一台の馬車に目を止める。
「あら、ダヴィデも来てるのね」
「ダヴィデ……?」
その名前は聞き覚えがある気がした。
「ステファノの兄で、今は騎士団で働いているの。あとで紹介するわね」
ステファノのお兄さん。じゃあ今まで会話で何度か出てきていたのかもしれない。
ああ、けど、それだけじゃない。
あのライトノベルに出てきた主人公と恋に落ちる王子の名前がダヴィデだった。銀色の髪のイケメンで、挿絵も如何にも王子様という風貌だった。
あれ? ってことはあの小説ではシルヴィオ長官が国王だったということ?
何かがおかしい。同じ名前の人物が実在しているのに設定が違う。ニアミス的に微妙に重なるのが気持ちが悪い。
偶然というには共通の要素が多いけれど……それでも同じと断言できるほどじゃない。
違うはずだ。というより僕は違うと思いたい。
だって、あのデルフィーナが悪役令嬢だなんてことあるわけないし。そもそも主人公の聖女が来ていないんだから。
主人公の性別改変とか原作無視もいいところじゃないか。元の世界なら炎上案件だ。
とにかく、今日はデルフィーナのお祝いをする。他のことは考えない。
光里はそう決意した。




