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第二章 白炎の魔女と悪役令嬢⑤

「ヒカリはよく長官やデルフィーナ嬢と普通に話せるなあ」

 光里は仕事の合間に図書館に通ってこの世界の知識を学ぶことにしていた。魔法庁職員の制服を着ていたことから、他の職員から声をかけられることもあって、世間話ができる知人も増えてきた。

 光里が長官付きだと聞くと、大概長官やデルフィーナのことを訊ねてくる。

 この日も緑色の紋章をつけた歳格好の近い職員からそう声をかけられた。

「そんなに身構えなくても。理由もなく怒ったりはしないから大丈夫だと思うよ」

 長官とは執務室が別なのでそんなに顔を合わせたことがないけれど、見た目がちょっと冷ややかで厳格そうな感じとはいえ、悪いことしてなければ問題ない。

 デルフィーナも貴族令嬢、みたいなとっつきにくさはないから普通に話しかければ仲良くなれると思うのに。

 ただ、魔法庁の職員が彼らに話しかけづらい理由は雰囲気の問題ではないらしい。彼はちょっと声をおとして光里に耳打ちした。

「それがさ、俺の担当は経理なんだけど、王宮側に予算を渋られたり断られたりすることが多くて。そういうとき長官とデルフィーナ嬢が交渉に行ったら、相手がほぼ確実に手のひら返ししてくるんだ。何なら急にすごく親切になるんだよ。怖くない? あの二人何したの? って思うじゃん。で、他の部署に聞いたら、国王陛下の決裁でもあの人達が行ったら即通っちゃうんだって……」

 うわあ。怖いですね怖いですね……。という声が頭の中で響いてくる。

 あの二人はまるで陰のボスみたいなイメージになってるのか、と光里はちょっと笑顔が引き攣った。

 そう言えば今日はあの二人、王宮に行ってるんだっけ。けどまあそんなヤバいことはしてないと思うし……大丈夫だよな。

「でも、味方なんだからいいんじゃないかな? むしろ心強いと思うよ」

「あ。それもそうか」

 相手は光里の言葉に納得したように頷いた。

 そう。敵なら困るけど魔法庁の者にとっては味方なのだ。

 でも、それだと魔法庁が王宮を牛耳る悪の組織みたいな……いや、考えすぎか。


 この国は女神フィオーレの名を冠している。近隣国とはちがい女神だけを信仰する独自の一神教が多数派を占めている。

 五十年に一度、魔王が目覚めて魔族を連れて侵攻してくる。

 この国では女神と女神が遣わす聖女を尊び、その力で魔族の侵攻を退けてきた。

 聖女が退けてもおおよそ五十年周期で魔族が押し寄せてくる。だからその前に聖女を見つけ出そうとした。見つからない時には異界から召喚していた。

 五十年前の先代聖女は異界人だった。彼女は在位わずか一年で魔族の侵攻を押しとどめた。そして討伐の代償に召喚魔法を禁じることを求めた。禁を破らないように女神への請願の形でその契約はなされた。

 ゆえにこの先は聖女不在になることもありえる。


 書物にある内容はどれも大雑把にこんな感じだった。

 光里は本を閉じると小さく息を吐いた。本を元通り書架に戻してから係員に挨拶して図書館を出る。

 元いた世界と違って本はとても貴重なので貸し出しはできない。革の装丁の立派な本ばかりで、安価なペーパーバックの本なんてないのだから当然だけど。

 休憩時間使ってもそんなに沢山読めないからなあ……ちょっと不便。

 けれど図書館に通った結果、光里にもだんだん自分の置かれた状況がわかってきた。

 どうやら光里と同じく異界から来たという先代の聖女は、この国の聖女頼りな状況に怒っていたのではないだろうか。だからこそ聖女召喚を禁じる約束をさせたのだ。

 それなのに。

 ……二度と使わないと約束してた召喚魔法使っちゃって、あげくに失敗して人違いとか、もうダメな条件揃いまくってるじゃないか。女神様怒ってそろそろ聖女送り出すのやめよっかな、とか言いだしても不思議ではないような……。

 そして実際にまだ聖女は見つかっていない。バチが当たったとしか言いようがない。

 近年魔獣の討伐で効果を上げているのは魔法使いたちだ。実際周辺国では今までも魔法によって魔獣を討伐しているし、魔族の侵入を防いでいるという資料もあった。

 ということは元々聖女いなくても大丈夫なんじゃないの? 少なくとも無理に異世界から召喚しなくてもいいじゃないか。

『聖女不在の時のための魔法庁なのよ。なのに王宮にはまだ神殿派の頭の古い聖女第一主義の貴族たちがいて、魔法のような邪法に頼ってはならない、とか文句つけてくるの。だったら自分たちが魔獣や魔族をどうにかすればいいじゃない』

 デルフィーナがそう愚痴っているのを聞いたことがあった。

 いるよなあ。実際に頑張ってる人たちの横からあれこれ口出す奴。どこの世界でも。そのくせ自分たちは何もしないってのが定番だ。

 文句言ってる彼らにしても聖女を見つけて討伐させようという考えなんだから、結局何もしないんだよな。

 それに聖女一人に国の守護を押しつけるとか酷くないか? 若い女の子に全部の責任被せるとか鬼か。単に聖女を嫁にしたいだけの王子様もいるけどあれは論外だ。

 つまり聖女不在な今、頼れるのは多くの魔法使いを抱えている魔法庁ということになる。

 光里はそう思いながら、図書館からの帰り道をとぼとぼ歩いていた。

 でも、それなら……。

 この先魔族だの魔獣だのと問題が起きたら、その度にデルフィーナは動員されて前線に行くんだろうか。いくら強い魔女と言われていても、彼女はまだ十代の女の子だ。

 それに、ステファノを始め魔法庁にいる人たちも同様だ。聖女の代わりに彼らが危険に晒される可能性が高いのだ。

 ……本当に魔王復活するんだろうか。あのラノベの中では魔王復活は聖女が現れた星躔祭の三ヶ月後だったけど……まさかそんなことには……。

 どっちにしろ五十年周期が近づいているのは事実だ。

 そうなったら、今の平和な暮らしはどうなってしまうのか。

 光里はそう思いながら自分の手のひらを見た。

 僕には人より多い魔力があるとデルフィーナは言ってくれた。魔法も今後教えてくれることになっている。でも、それが魔族との戦いのためだとしたら。

 僕はそれでも魔法を使いたい、と言えるんだろうか。


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