第二章 白炎の魔女と悪役令嬢③
長官室から出てもしばらく戸惑っていた光里にデルフィーナが心配げに言った。
「ごめんなさい。あんまり家族とか血縁とかの話はしたくなかったのよ。ヒカリが辛いと嫌だから」
そうか、僕が身寄りがないとか姉が死んだとか言ったせいか。年下の子に気を使わせていたなんて。
光里は自分の不甲斐なさに気づいて大きく息を吐いた。
「ありがとう。けど、デルフィーナのこと色々自由に聞かせてくれると嬉しい。この世界のことを知るきっかけにもなるし」
「そう。なら魔獣討伐の話でもいい?」
「え? そんなことしてるの?」
いきなりご令嬢らしからぬワードを聞かされて光里は驚いた。
魔獣ってたしか、辺境地域に出没する瘴気で凶暴化した生きもののことだよな? そんなの討伐するのか?
デルフィーナは屈託のない笑みを浮かべた。
「そうよ? わたしの二つ名を聞いてるでしょ。その原因が魔獣がらみなのよ」
「二つ名……」
確かに今まであちこちでデルフィーナの噂をよく耳にした。
『まあ、何しろ白炎の魔女だから』
皆が口を揃えてそう言うのだ。その名前の由来を聞いてみたら、そんな恐ろしいことは口が裂けても言えない、と返された。
白炎の魔女。
最初は彼女の見事なプラチナブロンドのことだろうか、と思ったけれどどうやらそうではないらしい。
家に帰ってからデルフィーナはその物騒な二つ名のついた経緯を教えてくれた。
「学生時代に国境紛争があってね、試験的に魔法学院の生徒も徴用されたの。単位くれるって言われたからすごく頑張ったのよ。そしたら何故か味方からも怖がられてしまって」
「待って。肝心な所が抜けてる。頑張って何したの?」
国境紛争ということは同行していたのは軍隊じゃないのだろうか。学生で軍の作戦に参加させられるというのもハードだけど味方から怖がられるって何事?
「敵軍が魔獣の群れを暴走させてこっちに突っ込ませてきたから、全部焼いちゃったの」
「焼いちゃったのか……」
無邪気に言ってるけど、群れってことは単数じゃない。それを全部焼くって……。
「実は魔獣には他の生きものと違う魔力の特徴があるのよ。それも種族によって違うの。魔獣を感知する魔法具もそういう仕掛けで作られてるの。で、わたしはそれを利用して魔獣だけを標的にして攻撃する方法がないか試してたの。そうしたら人間や他の生きものを巻き込まないでしょ? それで、火炎魔法に魔獣の魔力を追わせる術式を入れてみたの」
いきなり炎に追っかけ回された魔獣は気の毒だけれど、それなら確かに味方に得しかない。魔獣の群れをぶつけられるよりはよっぽどいい。
……けど、それをやりとげたのがこんな小柄な女の子というのは、軍人の男どもにはショックだったろうな。
「つまり……追尾機能みたいなもの?」
「その表現いいわね。焼いたのは魔獣だけで人的被害は出てないわ。森も無事よ? なのに『白炎の魔女』だの『壊滅の悪魔』だの散々な言われようじゃない? 敵軍もそれで撤退したんだから、そこは褒めるところだと思うのに。失礼しちゃうと思わない?」
その場にいた兵士たちは、逃げても逃げても仕留めるまでとことん追いかける魔法攻撃を目の当たりにして、我が身にふりかかったらと想像してしまったんじゃないだろうか。確かに怖い。しかも多数の魔獣に対してやったんだろうし。
まるで繊細な人形のような愛らしさで、そんな最強ラスボスみたいな必殺技を使うなんて……すごすぎないか。
そこでふと、光里の頭の中に唐突に全く別のことが浮かんでいた。
あれ? ラスボス? いや敵役? 悪役?
『この悪役令嬢のデルフィーナって好きだわ。独学で魔法を覚えて主人公の前に立ち塞がるメンタルの強靱さ。魔族を討とうとする主人公に、正義を問うとか格好いいじゃない?』
姉の声が頭の中に甦った。
悪役令嬢。そうだ。姉が好きだったあの小説の中に出てきた悪役令嬢の名前がデルフィーナだった。異世界から召喚された聖女ヒカリと対立して……あれ?
「……どうかした?」
うっかり黙り込んでしまった光里にデルフィーナが問いかけてきた。
「ああ、ごめん。デルフィーナは凄いなと思って、ちょっと呆然としてた」
「でしょう? 褒め称えてもいいのよ?」
そう言って微笑む彼女は愛らしくも生き生きしていて、光里は年甲斐もなく騒ぎ立てる心臓を抑えることができなかった。
そこへステファノが帰ってきた。大荷物を抱えているのを見てデルフィーナが納得した様子で頷く。
「あら、そういえばそんな時期なのね」
「そんな時期なんだよね」
二人は納得しているようだけれど、光里には何事なのかわからない。
「何かあるの?」
「もうじき大きなお祭りがあるのよ。女神フィオーレを祀る大神殿を中心に行うから王都全体がお祭り気分で盛り上がるの。で、魔法学院も祭りに参加して催し物をするのよ。魔法の宣伝になるでしょ? それで催しで売る品を作らなきゃいけないから、みんな家や学生寮に持ち帰って手内職するのよね」
デルフィーナがそう説明すると、ステファノは悪戯っぽく肩を竦めて笑う。
「まあ、今は神殿はお祭り気分じゃないだろうね。祭りの前に聖女を召喚してお披露目したかったんだろうけど失敗して批判の嵐だから。今年は学院の出店ががっぽり稼がせてもらおうと張り切ってるよ」
「……ああ、なるほど」
つまり神殿が王子に協力して聖女召喚を行ったのはそのお祭りが近かったからか。
イベントの目玉ゲストみたいなものだろうか。とはいえ異界から喚ばれていきなりそんな客寄せに使われるなんて聖女って大変なんだな、と光里は他人事のように思う。
あれ? 待てよ。
「もしかしてその祭りって『星躔祭』っていうんじゃ……」
「そうよ。どこかで聞いたの?」
「聞いたっていうか本で見たっていうか……」
いや、確かに見た。




