第一章 聖女召喚ダメ絶対①
その日、王都の空に赤い巨大な光の陣が浮かび上がった。
人々はそれを見て囁き合った。言い伝えによると、空に文様が浮かぶのは異界から聖女が訪う印なのだと。
知らせを受けて中央神殿に向かっていたデルフィーナ・エルサ・ディ・ロレンツィは馬車の窓からそれを見た瞬間、盛大に眉をよせた。
「あんの馬鹿……ついにやってくれたわね……」
神殿の門前につくや、馬車を飛び出す勢いで走り出した。
なんて禍々しい赤だろう。あれが神聖なものとはとても思えない。どこか手順を間違えているに違いない。
彼女の後を部下たちも息を切らせながら追いかけてくる。
中央神殿の東にある古い建物。すでに五十年前にうち捨てられたはずの小神殿にデルフィーナは向かっていた。そこではかつて聖女召喚の術が行われていた。
「魔法庁監査局よ。すぐに道を空けなさい。そこに馬……いえ、王子殿下がいるのはわかっています」
風魔法で音を拡散させて全員に聞こえるように通告する。
「邪魔をするなら強行突破します」
デルフィーナがフードを後ろに払って白金の髪を露わにすると、入り口を塞いでいた神殿兵たちが悲鳴を上げて慌てて逃げ出した。「白炎の悪魔」だとか「壊滅の魔女」だという声が耳に入ったが今それを咎める余裕はなかった。
小神殿の地下にある閉ざされた部屋。禁呪とされ立ち入り禁止になったはずのその部屋の扉が大きく開いて、中では異様な光があふれていた。
聖女召喚の術。五十年前に禁呪となったはずのそれが発動している。
「やったぞ、これでついに私は……」
場違いなはしゃいでいる男の声が大勢の詠唱に混じって聞こえてくる。
「魔法庁です。今すぐ術式を中止しなさい。これは禁術です」
そう言いながら踏み込むと、淡く発光する魔法陣とその周囲に等間隔に置かれた呪具、中央に置かれた祭壇が目に入った。
そしてその前で高揚した様子で笑っている男の背中が見えた。
「コジモ殿下。これはどういうことですか」
その瞬間、デルフィーナの声をかき消すかのように歓声が上がる。祭壇の周囲が、まばゆい光を発していた。
その光が収縮するとゆっくりと人の形を取る。詠唱していた神官たちも喜色もあらわにそれを見つめている。
……ああ、間に合わなかった。喚ばれてしまった。もう止められない。何ということを。
デルフィーナは拳を握りしめた。
豪奢な服を纏ったコジモ王子は、デルフィーナを見ようともせず恍惚と呟いた。
「ついに聖女が……私の前に現れるのだ。私の花嫁が……」
ああもう、どうしてわたしはこいつをぐるぐる巻きに縛って檻に入れておかなかったの。
聖女召喚の禁呪を自分たちの都合で行うなんて。こんなことが許されるはずがない。